第10話 はるみたいになりたい

 月曜日になって早々、彼女に会えた。土日は余計なことを考えずに過ごしたけれど、その間にまた上がったり下がったりする気持ちを抑えるのに必死だった。


 こんなに誰か一人のことで悩んだことはない。ましてや出会って間もない同級生のことでなんて、自分はおかしいと何度も思った。けれどこれは生活に支障をきたすので、早めに解決しないといけないんだ。そんなドライに振る舞うことまで考えていたら、ばったり登校中に再会してしまう。


「あれ、千秋おはよう! なんだか久しぶり?」

「は、はる。そうだね、先週の水曜日振り」

「もうそんなに経つんだ。あっという間だよねぇ」


 彼女はごく普通の接し方で、会話をしてくれる。考えれば当たり前のことだ。

 こんなにも腫れ物に触れるような、まるで作りかけのガラス細工を扱うみたいに身構えてるのは自分だけだ。


 かと言って別に遠慮することはない。水曜日と同じように話せばいいのだ、と思いながらも、話題が出てこない。持ち前のコミュニケーション力の乏しさに、隠しきれない動揺が拍車をかける。


「千秋、どうかした? 先週から具合悪かったけど、ちゃんと土日休んだ?」


 すぐにそれに気が付く彼女。たったそれだけで、彼女が自分に気を遣ってくれているのが分かるだけで、心臓が跳ねるのが分かった。


「だ、大丈夫! 流石にちゃんと休んだよ」

「ならいいんだけどね。それにしても深刻そうな顔をしてたから。今日なんかあったっけ?」


 彼女はホッとした顔を隠しもせず、そのまま考え事をするように頭を捻る。考えてみれば聞きたいこと、というのは全部抽象的なことで、何も具体的なことが思い浮かばない。


 何かあったかと言われても何もないのだけど、少しでも話を続けなきゃ。なんて、まるで新入生みたいな自分に嫌気が差す。


「今日、数学小テスト、だからさ」

「え! そうなの? それは確かに頭抱えるよ。でも千秋って成績いいんじゃなかったっけ」

「いや、いいってほどじゃないよ」


 テストの話題になってしまい、なんだか広がらない話題だなと再び後悔する。勉強しか出来ない自分は確かに成績上位にいるけれど、これじゃあ自慢をするような嫌味っぽい話になってしまう。と、そんな風にまごまごしていると、背後からはるの背中が叩かれる。その音に思わず飛び跳ねてしまう。


「はる、おはよう! ねぇ、ちょっと聞いてよ。うちの彼氏がさぁ……」

「あ、おはよー! え、どうしたのどうしたの、あれでしょ? なんかインスタに写真上げてたよね!」


 はると同じクラスの女子が、飛び込んでくるような勢いで話を振ると、彼女も合わせるように目を輝かせて話を続けていく。はると隣合っていた自分はゆっくりと歩く速度を落として、無言で二人の後ろに並び歩く。


 会話の内容もさながら、キラキラしたやりとりを見て、はるがどれだけ自分に合わせてくれていたか思い知らされる。同じ女子高生とは思えない程、まるで二人の守護霊みたいだなと、自分自身を揶揄しながら。


 幸い学校まですぐそこで、玄関に着くとはるは振り返って手を振ってくれて。それに少し遅れて気がつくと、思わず手を振り返して。


「じゃあね、千秋! あ、またどっかタイミング合ったらお昼たべよー!」

「う、うん!」


 と、曖昧な約束だけを残してその日は終了した。お昼になって毎回クラスを覗きにいくわけにもいかず、話す機会にも恵まれなかったから。


 そうして、三日が経過。


 振り返ってみれば自分はこれまで通りの生活で、たまにクラスの友人、莉子達とお昼を囲み、たわいのない、それはそれで無理のない会話をしてた。面白い動画投稿者がいてとか、おすすめのコスメの話、恋人どうこうの話だって、話題として興味はある。


 水曜日は土砂降りだった。授業中も上の空。窓に叩きつけられる雨を見ていると、ガラスが割れるんじゃないかって思うことがある。決して割れることなんてない、なんてことは経験則で分かっているのに。


 そうやって、思い込みが繰り返されていくと、自分の中で本当のことに変わってしまう。考え続けるのは疲れることで、長い間彼女のことを考えているせいか、もう彼女のことはどうでもいい、そう思うようになっていた。そうやって自分に言い聞かせていた。別に今の生活で不自由はないんだから、って。


 ”でも、忘れられない”


 このままじゃ、ダメだって心がもどかしさを訴えていた。自分は、普通じゃない。だから、何か変えなきゃダメなんだ。このまま逃げてたって、変われない。そうだ。


 ”はるみたいに、なりたい”


 そう思ったから、こんなに執着してるんだ。まだたった数回しか話してないけれど、端からみたら気持ち悪いかもしれないけど。今、自分のこのタイミングで出会えたはるだから。


 ”信じたい”


 そう思って、昼休みになるとすぐに隣のクラスを訪れた。

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