第7話 女らしさと自分らしさ

 自分が自分らしく自信を持って生きていれば、それだけ他人から疑いの目で見られてしまう。だから今でも疑うということには、強い抵抗感がある。そのせいか、自分はいつからか疑われないように、形を変えて生きてきたのかもしれない。


 女の子らしい。可愛い。カッコイイ。男勝り。その都度移り変わっていく性別。自分はどこにあって、どうあればいいのか。


 はるを見て、話をして、思い出した。いつからか自分は、そうやって”私”を隠してきた。


 子供同士で遊ぶ時に、女の子の側に入らなくてもいいように。女の子を強制することから逃げるように。かと言って自分は、男になりたいわけでもない。


 女の子の輪を眺めていると、男の子の輪が声をかけてくれた。男の子の輪の中に入って遊びたい。けれどそれはその時の気持ちで、これからもずっと男の子とだけ遊びたいわけじゃない。


 けれど、その男の子の輪に入ってしまえば、女の子の輪に戻れない気がした。そんな、両方の目が怖くて、いつしか人付き合いが苦手になっていた。


 ただただ、今の今まで女として生きてきて。それ以上、分からないから、誰に相談していいかも分からない。


 自分は自分らしさを無意識のうちに押し殺して生きてきたんだ。


 そんな”私”は、一体何者なんだろう。女性らしい彼女を見てコンプレックスを痛感してるのは、ただの自意識過剰だ。そんなこと分かってる。自分は彼女にはなれない。ならいっそ、これまで通りに。”女性らしい”自分で突き通した方が、楽なのかもしれない、って。


 はるに後押しされるなら。女性として尊敬出来る、彼女に認められるなら。


「千秋ってすごく女の子っぽくて可愛いから、羨ましい!」


 なんて言われたら、今度一緒に買い物誘って、ちょっとスカートとか見てもらおうかな。財布もバッグもピンクやアイボリーにして、チャームの付いた小物、フリルのワンピース、可愛いもの揃えて……。


「ね、千秋。千秋ってば」

「え? あ、ご、ごめん!」


 彼女から言われた言葉、というのは妄想で。昔の回想に入り込みすぎていたみたいだ。

 はるは本気で心配そうにこちらの顔を覗き込んできて。


「ちょっとぼうっとしてた」

「本当、大丈夫? 具合悪かったら一緒に……」

「だ、大丈夫! 本当に大丈夫だから!!」


 少しだけ声の音量が大きくなるとハッとして、申し訳ないという表情のまま何も言わず立ち上がる。食べかけのパンは袋に包んで持ってきたバッグに入れる。彼女が心配そうにこちらを見つめているのが、視線で読み取れた。


「そういえば、さっきの話だけど」


 彼女が先よりも優しく、まるで子供をあやすみたいにして喋るので、自分は思わず背中を向けたまま耳を傾ける。


「私は、別に女っぽいとか、そういう先入観……っていうの? あんまりないんだよね。ほら、私が結構男勝りとか言われて、あんまりいい思いしてこなかったってのもあるし」


「……え?」


 彼女の思わぬ言葉に、ゆっくりと振り返って。はるはそれを見て微笑んで、安心したように続けて。


「それで、今って結構いろんな人いるでしょ。何々らしい、って言葉はもう時代遅れ。私はそう思うな。だって、私自身は女として女磨きしたいって思うけど、皆がそういうわけじゃない。でもオシャレはしたいとか、思うでしょ? それならみんな好きにしたらいいと思うんだ」


 優しくも毅然とした声で、彼女は辺りの風景を眺めながら話してくれた。その言葉が自分に刺さって、身動きが取れなくなっていた。


 やがて予鈴が鳴ると風が吹いて、彼女の髪を靡かせた。はるは何かまだ言いたそうにしていたけれど、食べ終えたパンの袋を丸めて。


「なんて、この続きはまた今度かな」


 そう言って彼女も立ち上がる。何か言わなきゃ。謝るのが先か、それともさっきの言葉への同意? 共感?


 迷っているうちに彼女がポンと、こちらの肩を叩いて。


「悩んでても平気だよ、無理しなくて。うちらくらいの歳だもん、皆絶対何か持ってるじゃん。だから、千秋が言いたくなったらそのうち聞かせてよ。私はこんなだからどんどん話しちゃうけどね」


 にこりと輝く笑顔を見せて、それじゃあまたねと手を振って教室へ走って行った。自分も戻らなきゃ、そう思って歩き出しながら、そっと叩かれた肩の感触を確かめていて。


 ”無理しなくて平気”


 ”自分は、無理をしていたの?”


 ”それは、何に対して。女性でいることに対して?”


 ”それなら、男性にならなければいけないの? それとも”


 変わらず疑問は堂々巡りする。けれど、さっきまでの苦しい自問自答はどこかに霧散してしまった。まるで海の中で溺れ続けているような、そんな苦しみから開放されて。気がつけば足の届く浅瀬で、ゆっくりと浮かんでいる。


 彼女の言葉で、何か掴めそうな気がした。何よりも彼女の強い言葉が、自分に無根拠な勇気をくれて。


「……ごめんね」


 ありがとう、と言うよりも先に、うまく言葉に出来なかったこと、直接言えなかったことへの謝罪を小さく口にしてからゆっくり前を向いて、教室へと歩き出す。彼女との時間が、自分を変えてくれる。そう思いたかった。

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