第17章 精霊の献身

第1話 お茶会①

「初めまして、ミオラスと申します」

「初めまして、ファーレンシア・エル・エトゥールと申します」


 初対面の二人は、名乗り合いお互いの出身地にあった正式な礼をした。ファーレンシアはドレスをつまみ上げるエトゥール式の、ミオラスは胸の前で手をあわせて頭を下げる東国イストレ式のものだった。


「シルビア様、あの時は大変お世話になりました」


 ミオラスはエルネストの命の恩人であるシルビアに、向き直り深く一礼をした。


「辺境伯のお身体に、かわりはありませんか?」

「お陰様で――経過としては、どうでしょうか?」

「体調不良などの様子がなければ、もう大丈夫だと思います。念のため、お茶会がすんだら診察しましょう」


 ミオラスはシルビアの申し出にほっとした。


「ありがとうございます」

「では、さっそく、お茶会にしましょう」


 シルビアが明るく仕切った。


「今日は余っても、日持ちする茶菓子を用意しました。新作ですので、共に楽しみましょう」


 シルビアは持参した箱の一つを取り出した。


「変わった箱ですわね……?」

「中の焼き菓子が空気に触れないようにしてます。美味しさを損なわないように」


 使用人がお茶を入れている間に、シルビアが茶菓子を配る。

 シルビアに勧められて薄い焼き菓子を一口食べたミオラスは驚いた。


東国イストレのお茶…………」

「いかがですか?」

「とても美味しいです。でもどうやってお茶の味を焼き菓子に?」

「茶葉を粉にして、菓子生地に練り込んだそうです。気に入っていただけで何よりです」


 シルビアがにっこりと微笑む。

 ミオラスの緊張がとけ、お茶会を楽しむ余裕がでてきた。





 賑やかな笑い声が届く。


「楽しそうだなあ……僕もあっちがよかった」


 カイルがぼやき、アードゥルににらまれる。


「中止にしてもいいんだぞ?」

「だって、何が悲しくて花畑に男3人なの?」


 正直すぎる感想に、エルネストが笑いを噛み殺した。


「不釣り合いで、不毛ふもう極まるじゃない」

「花畑を指定してきたのは、そっちだろうが」

「僕じゃない。ウールヴェだ。こんな綺麗な花畑なら野郎じゃなくて、ファーレンシアと過ごしたいと思うのは当然じゃないか」

「よかったな、アードゥル。められているぞ」

「…………」

「え?」

「その綺麗な花畑を作成、維持管理しているのは、そこの朴念仁ぼくねんじんだ」


 カイルは、あっけに取られた。アードゥルはエルネストの揶揄やゆを完全に無視している。


――アードゥルと花畑……思考リンクが成立しなかった。


「…………四つ目と花畑って、共通点あったっけ?」

「…………エルネスト並みに失礼な奴だな、お前は」


 カイルの反応とアードゥルの文句に、エルネストは再び笑いを噛み殺した。


「大量の四つ目とかけて、豪華絢爛ごうかけんらんな満開の花畑ととく」


 エルネストが唐突に言い出した。


「……その心は?」

「どちらも放置できない」

「……なるほど」

「誰が謎かけをしろ、と言った」


 アードゥルは不機嫌にエルネストに対して突風を起こした。


「やめたまえ、花が散ってしまう」

「そうだよ、歌姫が悲しむ」


 どちらの静止の言葉が聞いたのかわからないが、風はぴたりと止んだ。


「本当に規格外の制御だね」


 カイルが感心する。


「彼を怒らせない方がいい」

「私をいつも怒らせるのは君だ」

「そしてミオラスを怒らせるのは君だな」


 アードゥルはむっとしたようだった。


「歌姫を怒らせるなんて勇気あるね」

「それはどういう意味だ?」 


 アードゥルが聞きとがめた。


「僕はナイフで脅された。エルネストのところに連れていけ、と」

「……エルネストのためなら、彼女はそれぐらいやるだろう」


 アードゥルはミオラスの行為を肯定した。


「で、その歌姫を怒らせるとは、何をしたの?」

「怒らせてはいない。ねさせただけだ」

「女性にとって同義語では?」

「私もそう思う」


 エルネストがカイルに同意をする。


「私達がミオラスの賭け事をしたことに、すっかりおかんむりだ」

「賭?」

「彼女が出かける相手として、私とアードゥルのどちらを選ぶか、という内容だ」

「それは、アードゥルでしょ」


 あっさりとカイルは正解を言い当て、二人を驚かせた。カイルはアードゥルをじっと見つめた。


「貴方はちゃんと自分に賭けたよね?」

「……いや、エルネストに賭けた」

「馬鹿?」


 カイルの口から暴言が飛び出した。


「――おい」

「エルネストに賭けるなんて、自分は出かけたくありませんでした、って言ってるようなものじゃないか」


 エルネストは黙って拍手した。


「もっと、そこらへんを講義してやってほしい。私が相手だと聞く耳を持たないんだ」

「――」

「あとでファーレンシアに女性の心理をとくと聞けば?」

「姫ではなく、治癒師ではダメなのか?」

「シルビアは貴方並みに男性心理に鈍い」


 さらなる暴言をカイルは吐いた。


「アードゥル並みに鈍いとは?」


 興味津々にエルネストが聞いてきた。


「メレ・エトゥールが外堀を埋めているのに、気づいていない。いや、気づいているのかな?」

「ほほう。メレ・エトゥールは彼女にご執心しゅうしんか」

「今回、彼女を連れてきたのは、エトゥール側の敵意のない証明か?」


 アードゥルも確認してきた。


「いや、単にお茶会をして、新作のお茶菓子が食べたかっただけだよ」

「………………」

「………………」

「これは、世代ジェネレーション格差ギャップというやつか?それとも、カイルこいつめられているのか?」


 アードゥルがエルネストにきいた。


「私にきかないでほしい」

「こいつの価値基準がわからない。恒星間天体の落下と、お茶菓子を同列に並べているんだぞ」

「価値基準が理解できないのは、私も同様だ。過去の彼との会話で何度困惑したことか」

「お茶菓子を重視しているのは、僕じゃなくてシルビアだし、別に同列視しているわけじゃない。お茶会は女性同士の親睦しんぼくの手段だ」


 カイルは首をふって、否定した。


「男同士は、酒でも呑み交わすべきか」


 エルネストがのんびりと提案する。


「体内チップがアルコールを毒素と判断して分解するのに?」

「注射でチップの働きを抑制よくせいするんだ。ちゃんと酔える」

「なんという発想……」

「割と我々の世代では常套じょうとう手段だよな?」


 エルネストはアードゥルに同意を求めた。

 アードゥルもうなずいた。


「連中は、アルコールの中毒性を証明して見せた」

「誰が上手い酒を作れるか競争になったな」

「私は巻き込まれて、散々だった」

「散々?」

「原料である果実、穀物、芋類を栽培させられたんだ」


 とんでもない話にカイルは吹き出した。植物専門家の思わぬ受難だった。


「それで、どうなったの?」

「どうなったも何も、大量の原料調達と発酵管理を、研究課題に仕込まれた」

「うわ……上司は止めなかっんだ?」

「止めるどころか、首謀者しゅぼうしゃだ」

「……やっぱり初代は曲者くせものだらけじゃないか……」

「我々は大人しい方だったよな?」


 アードゥルはエルネストに確認した。


「品行方正、お手本と言われる大人しさだった」


 エルネストの証言にカイルは疑いの視線を向けた。


?」

「私達が、だよ。本当に真面目だったんだ」

「……過去形だね?」

「おっと、正直すぎた」

「それは、他の初代が桁外れに非常識って、いう意味かなあ?」

「ああ、そう解釈してくれてかまわない。確かに曲者くせものだらけだった。私達以外は」


 しれっと、エルネストは自分達を棚上げした。

 カイルは、本題に触れることにした。


「本当にリードと対話が成立したら協力してくれるの?」

「そのつもりだ。ただし、拠点を地上人の拠点にすることは、ごめんこうむる」


 アードゥルは、はっきりと言った。


「エルネストの言う通り、私は地上の文明が存続する価値があるとは思えない」

「死んだエレン・アストライアーが望んだのに?」

「いきなり火種ひだねに爆弾を突っ込むなっ!!!」


 カイルが禁断の話題を出したことにエルネストは蒼白そうはくになったが、当の本人であるアードゥルは無反応だった。


「私は未だにエレンが地上の存続にこだわったことが、理解できないでいる」


 アードゥルは静かに答えた。


「多分、永遠に理解できないだろう。付け加えるならお前達もだ。昔のエレン達のように回避するために無駄な努力をしている。理解できない。このみぞは埋まらないだろう」

「じゃあ、みぞを埋めるために、一緒に過ごそうよ」

「………………は?」

「協力時にやってもらいたいことをリストアップしてきた」


 カイルは衣嚢いのうから高級紙を取り出して、やや唖然としているアードゥルに渡した。

 中身を確認したアードゥルは目を向いた。

 小さな字でかかれた膨大な数の項目があった。


「なんだ、これは?!」

「え?言ったじゃない。やってもらいたいことリストって」


 のぞきこんだエルネストも顔色を変えた。


「あ、エルネストの分は、別にあるよ」

「なんだと?!」


 カイルは同じくふところから高級紙を取り出して、満面の笑みでエルネストに渡した。

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