静止と静寂の街で
城谷望月
静止と静寂の街で
まさか本当にこの街が静止し静寂にすっぽりと包まれる日が来るなんて、つい数年前には誰も思いもしないことだった。
名の知れた繁華街。いつだってそこには幾多の人の吐息と声と得体のしれないコマーシャリズムが蠢いていて、その一つ一つがなんとはなしに結びついて集合体となり、大きな一つの「街」という生き物になっていたから。
「街」は生きていた。
若者から生のエネルギーをむさぼり、大人から金をむさぼり、年寄りからは煙草の煙をむさぼって。「街」には幾本もの触手があるのだ。その触手の一本一本が、「街」を歩く一人一人の人間へそっと伸びている様が、私にはよく見えていた。ビルが吐き出す油っこい空気と車が吐き出すガスさえも「街」の栄養源だった。すっとビルの排気口に触手が伸びる様があなたにも見えていたはずだ。
私も「街」という化け物が入れたり出したりするエネルギーを好んだ。そこへ行けば私は「街」の触手に絡め取られる。吸血鬼に血を吸われたがる儚げな美少女のように、私はその触手に身を委ねた。
しかし私と「街」のそんな蜜月関係は終焉を迎えようとしていた。人々は外出を制限され、それにおとなしく従った。見えない・聞こえない・触れられないウイルスの存在は、静かに、しかし確実に「街」を孤立させた。
「街」は飢餓状態へ陥った。人々からエネルギーを吸い続けることによって拡張し生きながらえてきた「街」は、その触手の行き場を失った。
仕方なくであろうか。「街」は自分の触手を一本喰った。それでほんの少し、飢えが和らいだ。もう一本、喰ってみた。また少し、飢えが和らいだ。
まだ足りなかった。
もう一本。さらに二本、三本……。
全部喰い尽くした時、「街」は触手では飽き足らず、自分自身をまるごと呑み込んだ。
「街」は消滅した。
外出制限が緩和された時、人々は首をかしげた。
はて、我々はどこに行きたかったのだっけ?
静止と静寂の街で 城谷望月 @468mochi
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