第5話「うやむや」

 レクリエーションも終わり、夏休みも後半に差し掛かる。なぜか今日はレクの時行った街に彼女と二人きりで歩いている。あのテントウムシ漫才の後、現地解散した後に彼女からLINEが来た。どうやら写真撮影中に見つけたカフェがあったけど、一人じゃ入りづらいとのことで一緒に行かないかという誘いだった。プライベートでの誘いが彼女から来るなんて夢にも思ってなかった。二つ返事で了承して、当日まで無敵の気分が続いていた。

 そして当日、予定通りそのカフェに向かう。確かに敷居の高い、というか個人経営で常連客ばかりいそうなモダンな店構えだった。受験期もこういったカフェは利用したことはない。入ってみればなんということはない、空調も心地よく店の雰囲気に合わせた調度品の数々も見ごたえがあった。写真部とはいえそこまで活動に熱心じゃない二人ですら、許可を取っていくつか撮りたいぐらいだった。彼女は紅茶で私はコーヒー、後はそろってレモンのタルトを注文してみた。カスタードの量もレモンの酸味も理想的でとても美味だった。何よりこれ単品じゃなく、コーヒーや紅茶とセットで考えられている甘さとクリーミーさだと感じた。もちろんコーヒーだけでも絶品だが、二つ合わさる相乗効果は計り知れない。

 そう、組み合わせ。私たち二人はどう見られているのだろう。サークルの先輩後輩という関係は街中じゃ誰も気付けない。親しい男女が仲睦まじくカフェでお茶をしているようにしか映らないと思う。あの客も店主にもきっとそう見えているはずだ。周囲からどう見られるか、それこそレクの最中は気にしないと結論付けた。だが、こうやって客観視できる状況/発想になってしまうとそうも言ってられない。見え方を気にする以上、どこかに見せつけてる傲慢さもある気がしてならない。私は女の子と楽しく話しながら歩いてるぞ、と見知らぬ人に披露する優越感。そんな下卑た気持ちは断じてないと否定しつつも、じゃあこれほど公衆の面前での二人の有様を考え込むのは何故なのか。思考を繰り返す程ドツボにハマっていく感覚がする。結局心の内なんて誰しも読めないのだ。万が一直接訊けることがあっても、それが本音かは判別できない。内に秘めたものを誰彼構わず読み取れたら、こんなに自意識が過剰になることもないのだろうか。

 食事を堪能するつもりが余計なことを考えてしまった。食事中は無理して話さないことが彼女との暗黙の了解となっていたおかげで、変な沈黙は続かなかった。カフェを出た後は、二人で一つずつ行きたい所を出し合った。彼女は駅ビルの商業施設を巡ること、私はそれに合わせる形で施設内にある輸入雑貨店を物色した。我ながら控えめな要望だった。カフェで考えすぎて少し疲れたのか、あまり彼女を歩かせるのも申し訳ないと思った配慮だったのか。ともかく駅ビル内をくまなく散策した後、簡単な雑貨を買って解散となった。

 その日の夜、カフェでの思考の続きをしていた。心の内が読み取れるなら、彼女は自分に対してどう思ってるのかも分かるはず。でもその場合、ここまで彼女に興味を抱いただろうか。分からないからこそ知りたい気持ちが膨らみ、今までの自分じゃ行えなかったことにも次々と挑めた。知らないことを聞きたいからこそ、会話を何度も重ねることができた。謎を解きたいという探求心が全てを動かしている気さえする。回答を知った上で問題を解く勉強法もあるというが、私には不向きだと感じる。

 しかし、ならこの気持ちはなんだろう。私はこれまで非恋愛主義者だった。それは今でも同じつもりでいる。だが客観的に見てこれは異性へのアプローチに他ならない。違う、と否定をしたくなった。先輩を慕う想いだってあるし、友情を成立させたい気持ちだってあり得る。前者は恋愛感情を含まなくても良い訳で、後者に至っては明確にそれを否定できる。そうか、私は先輩と「友達」でいたいのか。気心知れた間柄で気軽にLINEを送り合うこともできるし、プライベートで会うこともいとわない。くだらないことで笑え合えるし、変テコなコミュニケーションだって交わせる。これは恋心では断じてない。しいて言えば友情なのかも知れない。仮に先輩が同性であっても成り立つ関係なのだ。ならば、無理に恋愛へと結び付ける必要すらないじゃないか。これからも慕う先輩であり友達だと思えば、今みたいに葛藤や不安を抱えることもなくなって余計な考えも払拭できる。LINEの通知に一喜一憂することも減るだろうし、誘いが空振りでもショックはそれほど受けなくなるだろう。それでいいじゃないか。原点に立ち返って非恋愛主義を貫き通せばいい。いや、それどころか明確に否定する否恋愛主義者になってもいい。先輩との友人関係が続くのならば。

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