第4話「むし」
夏休みに入った。大学生のそれは長く、およそ1か月半に及ぶ。学食に二人っきりで行くようになったとはいえ、プライベートで会うことは皆無だった。それこそきっかけがなく、それほど距離を詰めてはいないし、いけないと思っていた。そんな折、一回だけ彼女と会う機会があった。それはサークルで集まって学園祭で展示する写真撮影を行うレクリエーションだった。もちろん自由参加で、そのレク中に撮った写真のみ展示というルールもない為、毎回部員の3割程度しか参加者がいない。彼女がそれに参加することをLINEで知った。というより私から尋ねた。迷わず私の参加も決定し、その日を心待ちにした。
当日、快晴の中キャンパスに集合して、電車で4駅ほど離れた地域に皆で向かう。大学がある場所より都会で映える景観も多い街なので毎年ここを訪れるらしい。特に組み分けとかは決めておらず、各々決められた公園なり街角なりで自由に撮影を始める。被写体は街の風景と決められている。肖像権の都合とか色々あるらしい。私はどうにかして彼女に話しかける作戦を練っていた。幸いにも彼女は自由に撮影しており、誰かと組んだりグループで行動したりはしていない。チャンスはいくらでもあるのだ。だが一人でいる所に、これまた一人で向かうと目立たないだろうか。別に周囲からどう見られても良いのだが、男女二人きりは色々噂されるんじゃないか。学食の時も、実はそれとなく窓際の隅に私から誘導しているのを思い出した。これは完全に無意識で、今この状況とリンクしたことで思い浮かんだのだった。そんなことを考え続けていると、プツンと糸が切れたのか諸々の思考がどうでも良くなったきた。男女一緒だから何なのか。そんなことで噂する方が間違っている。男女間にだって友情は成立するし、ただ先輩と後輩の良好な関係とも取れるだろう。周囲だって二人きりとは言えずとも男女混合で撮影しているではないか。やけっぱちになって、私は彼女に近づくことを決心した。
向こうは驚きもせず、写真の撮れ具合はどうか私に訊いてきた。適当に撮ったのを何枚か見せる。その中の一枚を見て彼女がヒャッと声を上げる。写ってきたのはテントウムシだった。なんとこれが苦手とのことだった。虫嫌いは分かるが、テントウムシがダメな人は初めてかも知れない。実は私自身も虫は大の苦手だが、それはクモやゴキブリといった代表的なものばかりだった。トンボやアリなんかは大丈夫だし、テントウムシなんて持ってのほかだった。そのことを言うと反論してきた。クモやゴキブリは地を這う虫という点で共通だから区別されるのはおかしい、と。いやいや、速度が違う。テントウムシが俊敏に駆け抜けたら怖いが、ノソノソと動くさまなんて可愛らしいじゃないか。そう返答すると、今度はじゃあ虫じゃなくて素早く動くもの全般がダメなんじゃないか、と飛躍した意見を飛ばしてきた。ぶつかったらどうしようとかの恐怖はあるけど、それは違う恐怖の種類で…。とそんなことを話しながら草むらに二人して腰を下ろす。話し合う内に議論なのか漫才なのか分からなくなってきた。相手の突飛なボケにツッコミを入れる構図みたいで面白くなってきた。すると地面につけた左手に違和感が。モソモソとテントウムシが腕にのぼってきたではないか。私も思わずヒャッと素っ頓狂な声を上げる。ポカンとした彼女が理由を知ると思わず笑いだす。結局、そっちもテントウムシが怖いんじゃないかと糾弾してきた。不意打ちだからと反論したくなったが、それよりもおかしさがこみあげてきて私も笑った。もはや周囲にどう見られているかなんて些細なことだと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます