第28話 突撃プリン

「よっしゃ、お前らのプリンは戦いが終わったらウンザリするまで食べさせてやるからな」


 俺は腕に大きな容器を抱えた魔族の精鋭を見ながら声をかけた。

 ドノエルに頼んで人選を(魔族選を)してもらった連中だ。

 その実力に間違いはないだろう。


 そんな精鋭魔族は、俺の言葉に「うおお!」と嬉しさが爆発したように叫び出した。

 ああ、うん。

 そこまでテンション上げてくれるなら仕方ねえ。

 こいつら用のプリンはアスティ用のやつ並みに力を入れて作ってやるか。


「大丈夫なのか?」


 心配そうなドノエル。

 ふふふ、今回ばかりは120%大丈夫だぜ。

 俺は返答代わりに、親指を立てたサムズアップをドノエルに見せた。


「技術を持つ者のうち特に意思の固い者たちを選んだが、果たして作戦を実行する前に頓挫とんざしなければ良いが」


「いやあ実行前にこいつらの意思が砕けても、それはそれで効果は出るよ」


「大丈夫なのか?」


「この作戦用の特別製だからな」


 俺はドノエルに不敵に笑った。

 確かこの表情で笑顔を作ると歯がキランと光ったはず。

 パティスリー王を見てから、俺も鏡の前で練習したもん。



 そうして満をして、俺によって編成された精鋭部隊は戦場へ向かって駆け出して行った。

 小脇に大きな鍋を抱えながら。

 もう一方の手には、とても武器には見えないものを持って。


 うん、こちらには帝国兵を殺す意図は無いんだから丁度良いだろ。



*****



 帝国兵が異常に気が付いたのはすぐだった。

 前方から野太い雄叫おたけびが聞こえてきたのだ、気付かない方がおかしい。

 そして目の前に現れた魔族の姿に異常を感じたのもすぐだった。



 屈強な姿の男女の魔族。

 そこまでは良い、いつも通りだ。


 顔に浮かべるは不敵で恐ろしげな笑み。

 それも良い、それもいつも通り。


 こちらを威嚇するかのようなあふれる闘気。

 それだって、まあいつも通りだ。

 だけれども手に持っている武器はなんだ?


 柄杓ひしゃく……いや玉杓子たまじゃくしか?

 身体の前に装着している物はなんだ?

 新しい防具? いや、もしかして……これはエプロン!?


 そして漂ってくる匂いはなんだ?

 どこかでいだことがある気がする。

 だがとてもではないが、戦場で漂っていい匂いではなかったはずだ。


 しかしそれにしても、これは良い匂いだ。

 そう、この匂いは──。



 帝国兵が答えに辿り着く前に魔族の攻撃が始まり、彼らの意識は失せた。



*****



「ふふふ。魔族はこちらの読み通り、我が帝国兵を殺そうとはしないか。だがこの圧倒的物量差。いつまでつかな」


御意ぎょい。事前に各国にむけた喧伝が功を奏しましたな」


「まあこちらを殺して戦力を減らす事が出来ない魔族など、いやそんな相手ならどんな奴だろうと負けることは無いがな!」


「こちらにり潰されるのが先か、痺れを切らして帝国兵を殺すのが先か、見物みものですな!」


 帝国軍陣地本幕。

 軍を率いるザルツプレッツェル皇子はニヤニヤと笑いながら軍師たちと話し込んでいた。


 顔はまあそれなりにイケメンと言えなくもないが、チャラい雰囲気がそれを台無しにしている人物。

 前『魔王』を倒した勇者、ザルツプレッツェル皇子。

 絢爛豪華けんらんごうかというよりはケバケバしくごてついた衣装。

 全ての指にも宝石の嵌まった指輪が付けられている。


 腰に剣を帯びてはいるが、とても『魔王』を倒したとは思えない身のこなし。

 だが彼が『魔王』の首を帝国に持って帰ってきたのは、紛れもない事実なのだ。

 神の恩寵に目覚めた『真の聖女』も引き連れて。

 彼女ラクリッツもまた、とても聖女には見えなかったが。


 痺れを切らして、と彼らは話していたが、先に自分たちが痺れを切らして飛び道具攻撃を行ったのを忘れている。

 最前線の兵士を巻き込むのも構わずに。


 しかしそれを指摘されても、彼らはこう返すだろう。

 飛び道具の攻撃が通じなかったというが、それが何ほどのものだというのだ。


 物量でもって正面から押し潰せば、たとえ魔族といえども膝を屈する。

 ましてや向こうはこちらを殺せないハンデを背負っているのだ。

 どこに負ける要素があるのだろうか。


 だがそこへ血相を変えて走り込んできた伝令兵の姿。




「皇子! ザルツプレッツェル皇子!! 魔族領入り口に展開している帝国兵が軒並のきなみ戦闘不能になっていると報告が!!」


 その報告に、思わず左の手の平に右手を打ち付けたザルツプレッツェル。

 たったいま話していた内容が内容だけに、戦闘不能と聞いて魔族が帝国兵を殺したと判断したのだ。

 やにわに周囲へ指示を出し始める皇子。


「ははは! とうとう痺れを切らしやがったか、邪悪な魔族ども! 魔王はこちらの手の内にあるというのに気の短い連中だ!! よおし他の国へ援軍の要請だ、伝令兵を集めろ!」


 いままで以上にきと嬉しそうに動くザルツプレッツェル。

 皇子の指示を伝えようと動く周囲の人間。

 だがそんな彼等へ、言いにくそうに説明を追加する伝令兵。


「あのう、それがどうも殺された訳では無いようなのですが……」


「なに? どういう事だ!?」


「戦闘不能になって倒れているのは確かなのですが、ニコニコと笑顔で『もう動きたくない』と皆が一様いちように呟いているとか」


「なんだその状況は!!!?」



*****



「うおお、これはぁっ!」


 すぽーん!


「くそっ、こっちだ! こっちにもを食らわせろ魔族めぇっ!」


 かぽっ!


「ぐほぉ! 予想していた通りこれは強烈だぁっ!」


 すぽぽぽーん!


「おのれ、おのれ魔族めえええっ! なんと卑劣な攻撃を用意していたのだ、わしにもそれをくれえっ!!」


 そう叫んだ指揮官の男の声にこたえるように魔族が右手の柄杓を振りかぶると、その男の口に向かってを投げ込んだ。

 申し合わせたように口を動かした後、口と目から光をあふれ出させてその指揮官は叫ぶ。


「うおおっ! これは、これはっ! うーまーいーぞおおおおっ!!」


 すっぽーーーん!!

 どういう理屈なのか、男は着ていた鎧を置き去りに空中へ飛び出した。

 着ていたものが置き去りにされているのだから、当然飛び出した本体はスッポンポンのポンだ。


「あふん、素敵な味ぃ! もう儂、うごきたくなぁい(はぁと)」


 いかつい髭面のオッサンがほほをバラ色に染めて裸でそう呟く姿は、一種の悪夢だ。

 しかしそんな彼に見向きもせずに、ショウタが編成した魔族の精鋭部隊は次の獲物に攻撃を始める。

 そしてそんな魔族の彼らに、逃げるどころか群がっていく帝国兵。


 群がった先からすぽんすぽーんと武装を剥がされ……いや、自ら装備を手放して裸で飛んでいく彼等。

 精鋭部隊が通り過ぎた跡には死屍累々、いやさ喜色満面に倒れるムサ苦しい兵士の姿。


 そんな味方をいぶかしげに見ながらも、漂う甘い香りにくぎ付けになって動けない帝国兵。

 やがて魔族の『攻撃』の正体に気が付くと、我先に魔族の精鋭部隊へ突撃していき……。


「うおおっ!」

 

 すぽーん!


 我先にみずから戦闘不能になりに行くのだった。

 ショウタの特製プリンを味わって。




「やっぱすげえな、四天王のショウタ様のプリンは」


 動きを止めず、を止めずに精鋭部隊の魔族の一人が呟く。

 隣の魔族が同じく手を止めずにツッコむ。


「『元・四天王』だろ?」


「え? でも四天王を抜ける前の衣装を着てたぜ?」


「やっぱ四天王追放が表向きのカモフラージュだって噂は本当だったのかもな」


「そんな事よりこのプリン、味わってみたくなるぐらい良い匂いだよな」


「ショウタ様は食べてもいいって言ってたぜ」


「アタイはまだ我慢するわよ。後でアスティ様が食べてるプリンを作ってくれるって言ってたし」


「そ、そうか。その極上プリンをたくさん食べるほうが良いな、俺も我慢しよう」


 そうして精鋭部隊の魔族たちはヨダレをぬぐって前を見据える。

 食欲をこらえるために顔を引き締めて。

 その表情はまさに帝国兵が怯える鬼気迫るもの。


 プリンを食べたい気持ちを我慢するのが、凄まじい気迫となって周囲を威嚇する。

 にも関わらず、彼らに突撃してくる帝国兵。

 口にプリンを放り込まれて、みずから戦闘不能になるために。



 魔族の精鋭部隊の行くところ、すべてに「敵」はいなかった。



*****



「くそっ。おのれ、おのれええええええ!!」


 伝令兵のくわしい報告を聞いたザルツプレッツェル皇子は、口惜くちおしげに顔を歪めた。

 思わず軍議を行なっていた机を、ガンと殴りつける。

 殴った手の痛みで、涙目になりながらザルツプレッツェルはうずくまった。


「うぉのれ、おのれえ! あの役立たずの雑用男の分際ぶんざいでええええ!!」

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