第15話 作戦成功と思った時には失敗のフラグが立っている?

 良く晴れた天気、広がる青空。

 屋外でもよおし事を行うには最適な条件だ。

 にも関わらずマシュウ王女の心はその天気とは裏腹にくもったままだった。


 彼女の目は指定の調理台の前に立ち並ぶ参加者のほうへ向き、その中で空白の調理台で止まる。

 結局、事態は変わらなかった。ショウタは参加できなかった。

 重い気持ちとともにそう考える。


 ちなみに聖女様ラクリッツはシード枠で、予選は除外扱いらしい。


 審査員席の真ん中に座るブルエグの得意満面な顔が彼女の気持ちをより重くさせる。

 こんな男などに我が物顔をさせている国にも怒りを感じる。

 それなのに、手をこまねいているしか出来ない自分に歯噛はがみ。


 しかし彼女は気付いていない。

 その屋外会場に、どこからともなくとある匂いが入り込みつつあることを。



*****



「はーいそこの旦那、良かったら食べてみてくださいよ。美味いですよ!」


 出店の前に並ぶ行列をさばきながら、俺は通行人に声をかけ続ける。

 声をかけなくても、漂うみたらしあんの香りに道行く人々が興味をそそられてのぞき込む。

 大福も準備して結構な数をストックしているが、俺の想定よりも減るスピードが速い。


 みたらし団子の隣には回転焼きを作るスペース。

 こちらも順調に売れ行きが伸びている。

 みたらし団子の香りと混じりそうだが、そこはちゃんと対策済みだ。


「ねえショウタ、本当にこの匂いをあそこに送り込むだけで良いの?」


「ああ頼むぜ、カロン」


 俺はそばに立つ緑髪の女の子に答えた。

 スレンダーな体つきだけれども、筋肉がしっかりと付いたアスリートな印象を与える彼女。

 四天王が紅一点、マー・カロンその人に。


 カロンは風の精霊だ。

 俺のイメージでは精霊って、魔法を使うときに助けてくれる実体の無い存在みたいなものな感じなんだけど。

 カロンいわくこの世界でも基本はそれで合っているらしいけど。

 彼女は高位の霊格を持っているから実体化できるんだと言っていた。


 ちなみにエルフも風の精霊から進化した存在らしい。へえ~!(この物語での設定です)

 ちなみに一番の自信作だったカステラが一番売れてない。

 なぜだあああ!!



 ちなみに、どこにこの匂いを送っているかというと……。



*****



「ふむ、3番のパウンドケーキに生クリームをかけた物はもうひと工夫必要ですな」


「ほう、5番のクッキーはなかなか手堅くまとまってますぞ」


「この季節のフルーツを使ったタルトも……」


 ぼたり。


 審査員のひとりが口からよだれをたらす。

 あわててよだれをふき取る審査員。

 それを見ていた隣の審査員が思わず笑う。


「おや、そんなに手に持っている菓子が美味しそうでしたか。羨ましいですな」


「い、いやこの菓子が美味そうなのではなく……」


 ぼたり。


 笑った側の審査員の口からも同じくよだれ。

 笑われた審査員がお返しとばかりに笑い返す。


「ははは。そういう貴方もずいぶんと……」


 ぼたり。


 ぼたり。


 ぼたり。


 会場の審査員全員の口からあふれ出すよだれ。

 正確にはブルエグ以外の人間から。

 ようやく会場に漂う香りに彼らは気付く。


「こ、この香りはあの夜に食べた……!」


「なんだと!?」


 審査員のつぶやきに驚愕きょうがくするブルエグ。

 彼らからの報告にあった、あの若造の菓子の事に違いない。

 き上がる口惜くちおしさの感情と共に頭を走る思考。


 ──こいつらがわしの知らない間に美味い菓子を食っていたのが腹立たしい。


 会場いっぱいに広がる少し焦げたような甘い香り。

 砂糖と醤油を元に作ったみたらし餡の香りという事は知らなくても、食べた味は覚えている。


 たちまち審査員は目の前の菓子の審査どころではなくなった。

 よだれを垂らしながら棒立ちになり、陶然とうぜんと匂いを嗅ぐ審査員。


「お前たちしっかりしろ! くそっ、儂の知らない菓子をお前たちだけ楽しみおって!!」


「ああ、あの菓子をもう一度味わいたいのう……」


 背景にオーロラ模様を背負いながらうっとりと呟く審査員たち。

 よだれを垂らしながら。


「ええい、お前らばかり良い思いをしおって! 儂も食べたいではないか!!」


 思わずそう叫んだブルエグ。

 すぐに彼へ返答する者がいた。


「本当にお食べになりたいのでしたら、ひとつだけ方法がありますよ」


 ハッとなってそちらへブルエグが顔を向けると、そこには彼が小馬鹿にしている『偽聖女』。

 マシュウ王女が我が意を得たりといった表情で彼を見ていた。

 彼女は少し緊張した面持ちながらも毅然きぜんとした態度で語り掛ける。


「分かっているのでしょう? これが貴方が若造と馬鹿にしていたショウタの作ったものの香りだと」


「ぐぬ……」


「食べたくはないのですか? 他の審査員がこれほど陶酔とうすいするほどのショウタの菓子を」


「う、ううう……」


 その時、思いもよらぬ援軍がマシュウの元にやってくる。

 ブルエグに粘り強く交渉を続けていたマシュウと、迷うブルエグにかけられる声。


「ブルエグ、マシュウの言うそのショウタという者を連れてまいれ」


「お、王? なぜこのような場所へ!?」


 それはここに来る予定の無かったこの国の王の顔。

 初老の威厳ある態度の男の姿が審査員席の奥に立っていた。

 王はブルエグの疑問に答えることなく返答を返す。


「それは別に良いではないか。儂もそのショウタという若者が作る菓子を食べてみたいのだ」


 事ここに至っては、ブルエグには王のめいに従わざるを得ない。

 それでもなお、菓子を味わいたい欲望と己のプライドに挟まれた渋い表情でブルエグは王に答えた。


「……ぎょ、御意ぎょいのままに」



*****



 俺の出店の前にいた人混みが、ざあっと割れるように左右に分かれた。

 その向こうから人影がこちらに近寄ってくる。

 ふふふ、この出店の強制撤去かそれとも大会招聘しょうへいの使者か。

 さすがに緊張を覚えながら、俺はその人影を出迎えた。





 ちゃらららら~ららら~♪(例のBGM)


 ──これは一匹狼の医師の話である。

 大学病院の医局は弱体化し、

 命のやり取りをする医療も、ついに弱肉強食の時代に突入した。

 その危機的な医療現場の穴埋めに現れたのが、フリーランス。

 すなわち一匹狼のドクターである。

 例えばこの男。

 群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、

 専門医のライセンスと、叩き上げのスキルだけが彼の武器だ。

 外科医・代紋未知男、またの名を「医師エックス」

『自分、失敗しないので』





「やめろ、危険なナレーションを入れるんじゃない!」


「代紋先生? 誰に向かって話してるッスすか?」


 俺のもとへやってきたと思ったら突然どこかへ向けて叫んだ人影、代紋先生にむかって俺はそう言った。

 本当、あのナレーションはどこから流れてくるんだろう。


 というか、てっきり品評会の関係者が俺を迎えに来たのかと思ったよ……。

 内心ガッカリしたのを隠して俺は代紋先生を出迎えた。


「いらっしゃいませ、珍しいッスね先生。いつもなら患者様の診察と治療に駆け回ってるのに」


 代紋先生はそんな俺の前に、何も答えず少し厳しい顔で立った。

 レンズの入ってないフレームだけの眼鏡を指で押し上げて静かに俺に語り掛ける。


「バウくんにプリンを作ったそうだな」


「……? はい、確かに作ってアスティにことづけましたッス。ドラゴン騒ぎの時にアイツ、よだれと涙を流しながらプリンを見てたから」


「彼の状態を知っていて、なぜそんな事をしたんだ!」


 代紋先生の意外な剣幕けんまくに驚く俺。

 しかし心当たりがないので、考えながら言葉を取り出す。


「ヤツの状態……? 語尾がプリンになってた事ッスか?」


「まさか、知らないのかショウタくん?」


「…………な、なにがです?」


「バウくんをはじめ、魔族の幹部連中はプリンの食べ過ぎで全員糖尿病になってしまっているんだよ!」


「えええ!? アスティは今でも平気でプリン食べてるッスよ!?」


「あそこらへんはもう別の生き物だから参考にはならん」


「何気にアスティの評価がひでえッスね、先生」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る