第8話 ドラゴン大追跡

「おまえがココに居るのはある意味好都合だな。ドラゴンシュネーバレンはもうココにはいない。パティスリー王国へ飛び立った後だ」


 その帝国の冒険者くずれっぽい男は、俺に向かってそう笑う。

 だが俺は顔から血の気が引くのを感じながら、聞き返さずにはいられなかった。


「どういう事だ! なぜ帝国がドラゴンを王国にけしかける必要がある!?」


「お前の国の料理人頭ブルエグからの依頼だよ。ショウタ・ノカシを王国から追放するために、ドラゴンを呼び寄せたのがお前だと噂を流すらしい」


 その言葉を最後に事切れた男。

 だけど俺はそれどころじゃなかった。

 俺を追い出すためだけに、そこまでやるか!?


「くそっ、急いで王国に戻らねえと!」


 死んだ男の身体を地面に落とすと、俺は洞窟の出口に向かって走り出そうとした。

 その俺の肩に、ドノエルが手をかけて止める。

 思わず振り返ってにらみつけた俺に、ドノエルはさとすように話してくれた。


「落ち着けショウタ。今から走って行っても間に合うわけが無いだろう。例えお前にチートがあろうともな」


「だからってココでじっとしてられるか!」


「俺に考えがある」


「なんだ!」


「俺も魔族領に万が一の事態が起こった時のために、すぐに帰れる「足」を連れてきている」


 ようやく俺はドノエルの話に耳を傾ける気になった。

 思い出したからだ。

 コイツの飼っていた「足」の事を。


「例のワイバーンか!」


「そうだ。確かお前は、騎乗スキルとかいうので大抵の動物は乗りこなす事が出来る、と以前に言っていたな」


「使わせてくれるのか!?」


「たとえたもとを分かったと言えども、かつての仲間が困っているのを見過ごすことは出来んからな」


 そこまで言って、ドノエルは目をらして地面を見つめた。

 そして躊躇ためらいがちに続ける。


「すまんショウタ。俺が、俺たちがお前を追い出したのは……」


『ちょっと何やってるのよドノエル、急がないとシュネーバレンがパティスリー王国を襲っちゃうわよ!』


 突然、女の声が洞窟に響き渡った。

 俺にも聞き覚えがある。同じ四天王だった風の精霊シルフィードのカロンだ。

 見回すと、カロンの使い魔のコウモリがパタパタ飛んでいた。


『ショウタ、とりあえず私たちへのわだかまりは一旦わきに置いといて! 早くドノエルの連れてきたカルーちゃんに乗りなさい!!』


 洞窟の入り口でドノエルが口笛と共に呼び寄せたワイバーン、カルーちゃんことカルーカン。

 そいつにまたがった俺は、視界に騎乗スキルを呼び出した。

 騎乗スキルをONにすると手綱たづなを操りカルーカンを空へと羽ばたかせた。

 ふわりと天空に浮かぶと、向きをパティスリー王国へと向ける。

 風切る音と共に俺は、ドラゴン「シュネーバレン」を阻止すべく全力で後を追いかけた。



*****



「息子よ、『魔王』を討伐せし勇者ザルツプレッツェルよ。何故に、わざわざドラゴンを突っついて寝た子を起こすような真似をする? 何故に、我が帝国の息がかかった者とはいえ、あのようなブルエグ小物の言に乗る?」


「父上よ、偉大なるマヌカ帝国皇帝ドランV世よ、これはチャンスなんだよ、ちょっと頭を使えばよ」


「何故にラップ調なのじゃ、我が息子」


「YO! YO! ドラゴンで襲わせ弱った王国、そこ突きゃ労力、少なく陥落♪」


「いや、ドラゴンが帝国に来た時は……」


「真の聖女の守りの魔法で、その辺も完璧♪ 向こうの抗議も、スパイに押し付け♪ 俺たちゃ知らぬと、通しゃいいだけ♪」


「まぁお前の考えは理解はしたが、後ろの楽団はやかましいのう」


「父上考え、古すぎダメだぜ♪ YO! YO!」


「しかもあんまり上手いラップじゃないし」


「うるせえ黙れジジイ」



*****



 すぐに前方に黒い点が見えた。

 それはみるみるうちに大きく広がっていき、やがて輪郭がはっきりと確認できるようになる。

 シュネーバレンは悠々ゆうゆうとした動きで翼を広げて飛んでいる。


 こちらの気配に気付いていてもおかしくは無いのだが、動きに変化は見られない。

 やがて追いつき、奴と並走する。

 シュネーバレンはギロリとこちらを一瞬見ただけで、すぐに前を向いた。

 口元がせせら笑ったように見えたのは気のせいだろうか?


 ちょっとムカついたので、ポケットに入れておいた握りこぶし大の石を投擲とうてきチートを使って投げつけた。

 当てたオーガチャンピオンの頭を、爆発させるぐらいの威力を誇る投擲だ。

 致命傷は無理でも、多少は傷を与えられるはず。

 そう思っていた。


 ゴン!


 投げた石は、固いウロコにあっさり跳ね返された。

 当てられたドラゴンは体勢ひとつ揺らいじゃいない。

 うーんさすがは魔物の頂点、いくらチートを使ったといっても一筋縄ひとすじなわではいかないか。

 こんな状況でなかったら、ファンタジーそのものなこの光景に胸躍むねおどっただろうけど。


 ……とか関心してる場合じゃない。

 にもかくにも、こいつを地上に引きずり下ろさなければ。


 どこか適当な平原があればいいんだけど、どこが良いかな。

 と、迷ったのも一瞬。

 場所の候補はあそこしか無いと、すぐに結論が出た。


 シュネーバレンは相変わらず我が物顔で空を飛んでいる。

 あの最初の一瞬でこちらを見てから、まったくこちらを見ない。俺を威嚇いかくしようとすらしない。

 ちっくしょ、待ってろよ! もうすぐ吠え面かかせてやるからな!!


「カロン! 付いてきてるか!?」


『なんとかね! カルーちゃんがこんなに早く飛ぶなんて初めて見たわ!!』


 俺がシュネーバレンを睨みながら叫んだセリフ。

 それに対して、打てば響くように答えてくれるカロンの使い魔。

 俺はカロンの使い魔に叫んだ。


「お前、シードルにも使い魔を付けているよな!? 今すぐ彼女にドラゴンの事を伝えて、王国にドラゴンへの対応をさせてくれ!!」


『もうとっくにやってる! 王国はてんやわんやの大騒ぎよ!!』


「そうか、じゃあこれも伝えるように言ってくれ! ドラゴンは牧草地帯の平原に落とすから、そのつもりで準備してくれってな!!」


『落とすって……。なにかアテはあるの!?』


「ああ任せろ! 倒すのは無理でも、地面に落として身動き出来なくするのなら楽勝だ!!」


『……分かった。アンタのその言葉、信じるからね!』


「それよりもドノエルにも早くこっち来るように発破はっぱかけといてくれ!」


『ちゃんとこっちに急いで来てくれてる! カルーちゃんを迎えに行かせたら10分ぐらいで到着するんじゃないかしら!?」


「10分……。その間に戦線をたせる方が大変だな。だけどそっちも何とかするさ!」





 やがて見えてくる目的地の牧草地帯。

 こちらの意図など知りもしないシュネーバレンは、相変わらず悠々と飛行している。

 俺はレンジャースキルの遠視技能を呼び出した。

 遠く街を囲む城壁の上やそのすぐ下に、王国の兵士が散開しつつあるのが見てとれる。


 まだだ、コイツを地面に引きずり落とすのはまだ少しだけ早い。

 兵士たちと連携がすぐに取れる距離まで近寄らないと。

 それもシュネーバレンの火炎ブレス攻撃が、街に届かないぐらいには離れた距離で。


 照りつける日差しが、シュネーバレンの巨大な影を地面に描く。

 そのすぐ近くに、俺が乗るカルーカンの影も。

 地面の影を見ながら、俺はタイミングを測る。



 まだだ、もう少し。

 いいぞ、シュネーバレンコイツは俺を歯牙しがにもかけていないから、全く気付いていない。

 あともう少しだけ。

 王国の兵士たち、ちゃんと対応してくれたら良いけど。

 よし、あそこまで行ったら仕掛けるぞ。

 3……2……1……。

 よっしゃ、吠え面かきやがれデカトカゲ!



「【スキル・影縛り】、発動!!」



 俺は片手に5本づつ両手に合計10本出現させたナイフを、シュネーバレンの影に投げつける。

 狙いたがわず全てが目標地点に突き刺さるナイフ。

 すると我が物顔で空を飛んでいたシュネーバレンは、突然その巨体を硬直させて、真っ逆さまに地面に墜落した。

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