チョコレートの魔女
梶野カメムシ
1 小さな恋のものがたり
ものがたりは高一の秋に始まる。
その日、浦野
そこに通りがかったのが、運命の相手である。
ひょいと手を伸ばし、雫のクッキーを一口食べる。
「うん。焦げてるけど、美味しいよ」
かしましい級友たちが言葉を濁す。相手はイケメンで有名な先輩だったのだ。
人見知りな雫の胸に、未知の反応が生じたのはこの時だった。
俗に一目ぼれと呼ばれる現象。
浦野 雫は、恋に落ちたのである。
「バレンタインにチョコ? いいんじゃないの」
幼馴染にして唯一の友人、
引っ込み思案で口下手、人嫌い。典型的なコミュ症の雫に好きな男ができたと打ち明けられた時は驚いたが、何のアプローチもできないのは予想通りだった。
今時のバレンタインは友チョコが中心だが、雫のような奥手には、やはりありがたいイベントである。
「何度作っても、うまくいかなくて」
大量のボウルと黒い失敗作に挟まれた雫が弱音をはく。
芳乃の知る限り、雫が料理をするのはこれが初めてである。菓子作りは女子の定番だが、中でも手作りチョコは難度が高いとされている。
「もっと簡単なチョコにすれば?」
材料を見る限り、雫が挑戦しているのはかなり本格的な感じだ。芳乃も料理は苦手だが、簡単レシピのチョコがあることくらいは知っている。
「先輩に渡すんだもの。中途半端なものは作れない」
「何でも喜んでくれると思うけどなあ」
「駄目。直接言えないから、気持ちが伝わるものでないと」
芳乃はため息をついた。おとなしそうに見えて頑固。ましてや恋する乙女となれば、止められる気がしない。
とはいえ、自分以外に友人も趣味も作らず、塾にも行かずに学年首位を取ってしまう雫のことだ。その頭脳があれば、バレンタインまでにチョコを作れるようになるかもしれない。
それに、こだわる気持ちもわかる。何と言っても初恋なのだ。
説得をあきらめ、芳乃は雫を見守ることに決めた。
「うーん、やっぱ無理だったか」
結局、雫のチョコは当日までに完成しなかった。
市販品を買うことも勧めたが、雫は譲らなかった。「真心こめた手作り」は絶対に曲げないつもりらしい。
「普通に告白した方が早いと思うけど」
それができる雫でないことは、よく知っている。
「じゃ、来年のバレンタインだね」
「そうだね。そうする。
来年こそ、完璧なチョコを作ってみせるから」
リベンジを誓う雫に、芳乃はうなずくしかなかった。
この恋が遥か彼方に突き進むとは、思いもしなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます