第42話 カードゲームバカ
翌日。
緊張した面持ちで学校に登校したが、隣の席に奈津の姿はない。
武束の姿はあったが、残念ながら今は構っている時間は無い。
鞄を置くと即教室を飛び出し、目的の場所のドアをノックした。
「……失礼します」
この校舎内にも、入ったことのない場所はいくつかあるが、ここもその一つだ。
3階にある理事長室。なぜ本校舎ではなくこのT組専用校舎である第7校舎に理事長室があるのかは謎だ。
「どうぞー」
返事があったので、そっと扉を開ける。
「やぁッ! いらっしゃいッ!」
「……いや、何してるんですか葉月先生」
部屋の奥、ドラマで会社の社長が座ってそうな大きな黒い椅子に座っていたのは、誰であろう、葉月ゆず先生だった。
「いやーこれで『実は私が理事長でしたッ!』ってやりたかったんだけどッ! やっぱ無理があったか~」
葉月先生が理事長……うん、無いな。
「本物の理事長は今手が離せないからッ! 用事なら私が代わりに聞くよッ?」
ふぅ、と息を大きく吐く。
「……
退学と隣り合わせのT組に所属していることの数少ない特典。
華戸学園は何でも願いが叶う。ただし、ゴールド次第で。
10万ゴールドの銀パックと1000万ゴールドの金パックがあるが、等級によって叶えられる願いに制約がある、と言っていた。
昨日の戦いで、俺は銀パックを買えるだけのゴールドを得ている。
先生は手元に置いてあったタブレットの画面を見た。
「うんうんッ。銀(シルバー)パックね。確かに10万ゴールド持ってるね。それじゃあ、願い事は何かなッ?」
すぅ、と息を大きく吸った。緊張の瞬間だ。
「……退学になったみんなを復学させてください」
「……」
葉月先生は、面白い物を見るような目でこちらを見ていた。
「イベント戦で俺たちと戦った呉屋君を含む4人。紙手奈津。それから……皇浦帝。借金も帳消しにしてくれると助かります」
先生はしばらくじっとこちらをみていたが、はぁ、と大きなため息をついた。
「君さぁ。わかってるッ? 何でも言っていいんだよ? 銀パックといえど、向こう十年は遊んで暮らせるお金とか、都会の一等地のマンションとか、超高級車とか。そういう豪華な物、なんでも手に入るんだよッ?」
「……いりませんよ、そんなの」
一般庶民である俺には、そんな高価な物貰っても持て余すだけだろう。
普通に暮らしていければそれで十分だ。
「それに、わかってる? 賭けゴールドの上限が10万なのは、1人の犠牲と銀パックが等価だってこと。6人の復学と借金帳消し。こんなの、全然釣り合ってないんだよッ? しかも、他のみんなはともかく、皇浦帝君までッ?」
「……はい」
「彼、君にとっては憎い相手じゃないのッ? 幼なじみちゃんを利用して、君を『
「……やっぱり、聞いてたんですね。俺達の会話」
「なんでそう思うのッ?」
前回の寺岡との対戦中でもそうだが、先生が教室に入ってきたタイミングがあまりにも良すぎた。
「……対戦の内容は全て記録されるって言ってましたし。対戦時刻も、どんなカードを使ったかも……『会話』もそうなんじゃないかなって」
これは正直半信半疑だったのだが、先生はあっさり認めた。
「そうだねー。対戦に関わることは全て記録されるよッ」
「……じゃあ、皇浦たちが生徒達を退学においやってたこと、知っていたんですね?」
「…………」
先生はちょっとだけバツが悪そうに目を逸らした。
「把握は……できてなかったのよッ。おかしいって事はわかってたんだけど……色々邪魔されてねッ……」
どうやら先生側にも色々あるようだ。
だが、俺はそんな事には構っていられない。
「……先生。ルール違反のせいで退学になったのなら、それを帳消しにするのは当然じゃないかと思います」
「うーんッ……」
痛い所を突かれた、という顔をしていた。
そう。10万ゴールドの銀パックと5人の生徒の救済は、本来は通らない交渉だ。
だが、学校側の落ち度があることを突けば、なんとかなるかもしれない。
「……前に優しいだけじゃやっていけないっていいましたよね?」
「うんッ。言ったねッ?」
「……俺は全然優しくなんか無いですよ。これは、ただの自分勝手です。俺はみんなと楽しくカードゲームがしたいだけの、ただの子供ですから」
もしかしたら、余計なお世話なのかもしれない。そう思って悩んだりもしたが。
「……皇浦は、T組は勢力争いで、競い合い、蹴落とし合うのが普通だって言ってました。でも、俺はそうは思わないんです。みんなで助け合っていけば、誰も退学にならなくて、みんなが幸せになれるようなクラスにすることができると思いますから」
先生はさらに深々とため息をついた。
「綺麗事だし、とんでもない理想論だねッ。とてもカードゲームするのを拒んでいた子の言う事とは思えないよッ」
そう言われると、苦笑せざるを得ない。
「それは……無理して大人になるの、やめたからです。カードゲームを好きなままの俺でもいいって言ってくれる人がいましたから。別に、今は子供のままでもいいやって思うようになりました。だから、次に同じようなことがあったとしても、俺はきっとまた同じ選択をします」
お手上げとばかりに両手を挙げた。
「そっかー……やっとわかったよ。君はただのカードバカだったんだね」
「ええ……そうだと思います」
「まったくッ……開き直ったバカほどたちの悪いものはないよッ」
葉月先生は黙ってしまい、しばらく頭をかかえていた。
俺はどうしたものかと部屋をキョロキョロ見回す。
色んなカードゲームのカードが額縁に入れられてたくさん飾られていたが、その中の一枚に目を止める。
『英雄の飛翔』。かつて行われた『レジェンドヒーローTCG』の初代世界大会優勝者に送られる伝説のカードだ。
さすがにあっけにとられる。武束あたりが見たら驚いてひっくり返るかもしれないレベルの超々とんでもないレアカード。
華戸学園の理事長ともなるとこんなものまで持っているのか。
感心していると、ようやく先生が口を開いた。
「……わかった。何とかしてみるねッ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
優馬が理事長室を出たあと。
「ですってッ。理事長?」
理事長……かつて国頭優馬に王様とも師匠と呼ばれた男は、こそこそと机の下から這い出てきた。
その目からは大粒の涙がだばだばとあふれ出ている。
「……立派になったなぁ……ユーマ君」
「そう思うんなら、顔を合わせて言ってあげればいいのにッ」
「言えるわけがない。みんな、俺が招いた事だ」
手が離せない用などは無く、単に彼が直接会いたくないとダダを捏ねたせいで葉月ゆずが代わりを務めることになっただけだ。
そのせいもあって、若干当たりが強い。
「そうですよねッ!! あなたがこんな学校さえ作らなければ、彼は『
「……わが弟子ながら、きっついなぁ葉月君は」
理事長は苦笑して肩をすくめた。
「ゴールドと”何でも願いが叶うパック”については、本当はもっと平和的な物にしたかったんだけどね。理事会の反対もあって現在の形に落ち着いたわけだが……そのせいで皇浦帝……彼のようにカードゲームに悪意を持ち込む人間が出現してしまった。そのお詫びも兼ねてユーマ君をこの学園に招待したつもりだったんだが……彼には迷惑をかけてばかりだよ。本当に会わす顔すらない」
「ダサッ! 本当にダサイですねッ! しかも彼をスカウトした時にロクな説明をしなかったみたいですしッ!!」
「うう……だってTCG学園だなんて言ったら来てくれないと思ったんだよ……」
子供みたいに言い訳をする師匠を相手に、弟子である彼女もさすがに怒りを堪えるのに苦労しているようだった。
「だいたい、元はと言えば師匠がこの学園にT組なんてクラス作るからですよッ!!」
「……だって、俺の夢だったんだよ」
TCGの強さは、単純な学力で測れるモノではない。だが、単なる遊びではない、大事な才能であり、努力の塊である。それはきっと、社会に活かせるものだ。
それが“王様”のポリシーであり、大事な夢でもあった。
だが、巻き込まれた弟子の方は怒り心頭だ。
「そのせいで理事会に猛反発食らうし、あいつらに皇浦帝なんて『天才』を学校に送り込まれるんですよッ。しかもあの子をスカウトしたの、師匠なんでしょうがッ!!」
「……彼が理事会の皇浦さんの息子だってことはスカウトした時には知ってたけど。まさかこんな大それたことをするなんて思わなかったんだよ……。おまけに教師を金で釣って夜に対戦できるようにしたり、『レイズチケット』を不正入手するなんてね……『レイズチケット』を理事会に提案された時、不審に思うべきだったよ」
しゅんと小さくなる理事長に、葉月ゆずはますますため息を深くする。
「そのせいで、私が弟弟子である国頭優馬君に責められるハメになったんですよッ? 買収された他の教師共に夜の対戦ログを消されるしッ。こっそり残っておこうと思ったら見つかるしッ。大変だったんですからねッ」
「ごめんってばー。でも君を呼んで本当によかったよ。他にこの仕事を引き受けてくれて、僕が信用できるの君しかいなかったんだから」
「おだてても無駄ですからねッ」
「……まぁ、理事会との決着はいずれちゃんとつけるさ。買収された教師たちは解雇したし。代わりを探すの大変だなぁ」
「あーまた仕事が増えるッッ」
彼は目の前の弟子をなだめつつ、もう一人の弟子に思いをはせる。
「……でもきっと彼は……ユーマ君は、この学園で次世代の王になってくれるはずだ。そのための『金パック』なんだから……だが、まだ彼一人の力は足りない。彼はあまりにも優しすぎるからね……でもそこは、きっと仲間が助けてくれるはずだ」
「『王様』は大変ですねッ」
「皇浦帝は恐怖による支配で王になることを目論んだ。それも一つの王のあり方だろう。だが、ユーマ君は違う。平和主義にもほどがあるが……華戸学園T組は、カードゲームを通してお互いに競い合い、そこで普通の教育では得られない事を学び取って欲しいと思って作った制度だ。だが、別に戦争をしているわけじゃない。そういう形もあっていいはずだ」
「自分がカードゲームが好きだからって、莫大な費用をかけてそんな学園を作っちゃうのは本当にバカとしかいいようがないですけどねッ? 理事長ッ?」
「正直それを言われると辛いのだが……さて、休学扱いにしておいたみんなを戻すための書類を用意しないと」
ゴールドがなくなった生徒達は、正式には退学ではなく、休学扱いになっていた。
「初めからこうなるって、わかってたんですかッ?」
「まさか。だが、こうなって欲しいと思っていただけだよ」
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