第40話 奏星の嘘

 突然の言葉にあっけに取られた。奏星が? カードゲームをしたかった? そんなわけないじゃないか。

 本人もふん、とバカにしたように同じ事を言う。


 「そんなわけないじゃない。あたしがー? こんな紙遊びを? ばっかじゃないの?」


 「嘘」


 奈津がはっきりと言う。

 生きる嘘発見器の彼女が。


 「奏星……?」


 驚いて彼女の顔を見つめる。

 さっきまで余裕の表情を浮かべていた奏星が、急に焦り始め、目線を泳がせている。


 「ち、違う違う違う!! 違うってばっ!!! あたしは嘘なんかついてない!! 本当はカードなんか触りたくも無い!!」


 「嘘」


 「違うって言ってるでしょ!! なんなのよあんた!?」


 怒鳴りつけ、キッと奈津をにらみつけた。

 動揺を誤魔化すように、手札からカードを出した。


 「まったく……2コスト《[C]クローバーの騎士》! ダイスを振って4ならパワー+4、3なら+3……あっ」


 ダイスの目は6。外した? あの奏星が?

 本人も驚いて固まっていた。


 「あなただって本当はわかっているはず」


 そこに奈津が追い打ちをかけるかのように言葉を投げかける。


 「人は本音を突かれると動揺する。私に嘘はつけない」


 その言葉を聞き、おそるおそる問いかける。


 「奏星……カードゲーム、やりたかったの?」


 「違うって言ってるでしょ!! あたしは、あたしは……優ちゃんと一緒にいたかったの!!」


 「……え?」


 一緒にいたかった? だって?

 確かにカードゲームをやっている時はあんまり奏星と遊んでいなかったけど……。


 「……だってだって、優ちゃんがカードゲームを始めたのに、ママは買ってくれなくて……中学生にもなってそんな遊びするなって……わかってくれなくて!! お店に行っても何買ったらいいかわかんないし!! 優ちゃんのお友達にお願いして対戦させて貰ったら『つまんない』って言われるし!!」


 奏星は癇癪を起した子供のように地団駄を踏む。


 「どうして彼に言わなかったの? 教えてって」


 「だってだって! 優ちゃんはいっつも楽しそうにしてて……あたしのことなんか見えてなかった!!」


 感情を抑えきれなくなったのか、涙をボロボロ流し始めてしまった。


 「なんで……なんでよ優ちゃん!! なんでいつも優ちゃんはカードゲームばっかりであたしを見てくれないの!? 昔だって今だって、優ちゃんがカードゲームしていると、あたしと一緒にいられない!! カードゲームが、優ちゃんとあたしを引き離しちゃうの! だから、だから!! 優ちゃんにカードゲームをやめさせたかったの!! そうしたらまた、あたしだけを見てくれる!! だから、前も今も、そいつに協力したの!!」


 そうか。そうだったのか。ほんのちょっとのすれ違いだったんだ。

 一番近くにいた俺が手を差し伸べていればよかったんだ。

 「ごめん、奏星……気づいてあげられなくて」


 思い起こせば、中学の時に俺たちが教室でカードゲームをやっている時、奏星はいつもつまらなさそうにしていた。

 「奏星もやる?」って聞いても「いい」なんて言ってたから興味がないんだと思ってた。

 でも、そうじゃなかったんだ。素直になれなかっただけで。

 本当は一緒に遊びたかっただけなんだ。


 「何をやっている!! ――早くそいつを、倒してしまえ!!」


 皇浦があせった声をあげる。

 だが、そんな言葉耳に入らない。


 「口出ししないでくれ……これは、俺と奏星の真剣勝負なんだから!」


 「「真剣勝負?」」


 奏星も皇浦もぽかんとしていてる。


 「そうだよ。勝負だよ。……俺と奏星の、真剣勝負だ」


 「まだそんな事言ってるの? たとえ優ちゃんでも、あたしには勝てないってわかるでしょ!? もう無駄なの!!」


 「……運だけでカードゲームに勝てると思わないで欲しいよっ!!」


 デッキ構築。環境。相性。プレイング。

 カードゲームの勝敗には、運以外にも色んな複雑な要素がある。


 「1コスト《[UC]伝令兵》! デッキの中から騎士カードを1枚デッキの一番上に置く! 置くのは《[SSR]孤高の王者―キンググラン》! さらに5コストスペル《[R]緊急招集》!」


 3枚のうち1枚しか騎士カードが無かったが、これは逆に幸運だ。

 デッキトップから俺のデッキの主役、《キンググラン》が出される。

 呉屋君との戦いでも使った《緊急招集》は本来このコンボが前提のカードだ。

 これなら、運なんて関係ない。


 「こっちも5コストスペル《[R]緊急招集》! 《[C]クローバーの騎士》、《[UC]ラッキーナイト》、《[R]ギャンブラーナイト》!」


 奏星は3枚とも騎士カードを場に出せたが、若干粒が小さい。

 いくら運がよくても、初心者の彼女では、一体だけで強大なパワーと除去耐性を誇る《キンググラン》を捌くのは難しい。

 こちらの残り少ないライフを詰め切ることができない。とは言えこちらもうかつに攻めることができない。

 じりじりとした攻防が始まる。


 「……楽しいでしょ?」


 「……楽しくない」


 「「嘘」」


 俺と奈津の声が重なる。俺にだって、そんな事ぐらいわかる。

 なんせ、奏星は俺の幼なじみなんだから。


 「……運がいいってことは、いつもデッキが最高に回るってことじゃない。そんなの、楽しくないわけがない!」


 「……!! でも、優ちゃんは……!!」


 「それを相手にして……俺は、今こうやっていてとても楽しい!!」


 俺はつまらなくなんかないし、それで勝負を投げ出したりなんかしない。

 むしろワクワクする。なぜなら、それが相手の考えたデッキの、最高の力なんだ。


 「ダメだよ! あたしが勝ったら、優ちゃんが退学になっちゃう!!」


 「言っただろう、奏星……俺は王者チャンピオンなんだ! 負けるわけにはいかない!!」


 奏星の運が強すぎて、誰も勝てない? そのせいで楽しめない?

 だったら、俺が奏星の運を越えるぐらい強くなればいい。

 簡単な話だ。


 「――おい何をやっている一之瀬奏星!! 早く、そいつを倒してしまえ!!」 


 奏星の様子を見て、顔色を変えて何やら喚いている。

 その男をキッと睨みつける。


 「皇浦帝。俺は……君のことを絶対に許せない」


 「――なんだ? ボクに『イカサマ王ダーティキング』に仕立て上げられたと恨み事か? だったらそれはその女に言うんだね――なんせ、全部彼女がやったことなんだから!!」

 

 呼ばれた奏星がビクッと震える。


 「優ちゃん……あたし……」


 「……違う。そんな事はどうだっていい。俺が許せないのは……奏星を利用したことだ」


 以前も、今回も。

 俺の大事な幼なじみを利用して、操って、自分は直接手を下さずなんでも自分の思い通りになると思っている。


 「次は君自身の力で勝負しよう。……正々堂々と、ね」


 「まて――何をする気だ」


 俺は勝負を決めにかかる。


 「3コストスペル《[SR]貫く勇者の剣》!! 対象は《キンググラン》!!捨札のユニットの数だけパワーアップし、貫通ダメージを与えられるようになる!! 《キンググラン》の攻撃!!」


 「――な!?」


 「嘘!?」


 いくら並べても。運がよくても。俺のデッキ構築とプレイングでその上を行く。


 「――やめろおおおおお!!!」


 戦場に立っているのは1人だけれど。ここまで来れたのは1人の力なんかじゃない。

 

 王が手にした剣は、刺し貫く。忌まわしき悪の王を。

 奏星の。皇浦のライフが0になる。

 二人とも、魂が抜けたかのように呆然としている。


 「あたし……負けた?」


 「……ああ、俺の勝ちだよ」 


 いつもと同じように、幼なじみに笑いかける。


 「……どう? 楽しかった? 俺との真剣勝負」


 「……楽しかった……」


 やれやれ、やっと認めてくれた。


 「楽しかったけど……あたし、くやしい。優ちゃん。あたし……また、優ちゃんと対戦したい」


 「……ああ、もちろん」


 ようやく、俺の知っている奏星が戻って来た気がした。

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