第38話 幼なじみの激闘

 教室の中は異様な光景だった。

 対戦台を囲うように、10人ほどの生徒達がいる。これが全員”組織”改め”王国”のメンバーか。

 だが、その中でも最も異様な存在こそ、俺の最も良く知る人物。

 力なくうなだれている奈津の対面に悠然とたたずんでいる人物こそ。


 「……か、奏星、なんで……?」


 親愛なる幼なじみ、一之瀬奏星だった。


 「『なんで?』って、こっちが言いたいよねー?」


 奏星は不気味なくらい笑顔で微笑んだ。


 「優ちゃん、もうカードゲームしないって約束したよね? また、前みたいに一人ぼっちになっちゃうよ? それでもいいのー?」


 「……そんな事言ってるんじゃない!! なんで、奏星がここにいるんだ!? なんでカードゲームをしてるんだよ!?」


 「あたしだってやりたいわけじゃないけどー。仕方ないじゃない? 優ちゃんにカードゲームをやめさせるには、こうするしかないんだからー」


 これが、本当に俺の知っている奏星なのか?

 はっとして、ぐったりしている奈津に駆け寄り、抱きかかえる。


 「……奈津っ!!!!」


 ふと目に入った対戦台のパネルには信じられない物が表示されていた。


 『紙手奈津 ゴールド マイナス10万 退学処分』


 嘘だ。奈津が退学? しかも、それをしたのは奏星だって?


 「……ごめんなさい……負けてしまった……もうあなたの側にいられない」


 震えていて、いつもの淡々としたものと違って、酷く力の無い口調だ。


 「あははー。その女、あたしに紙遊びで余裕で勝つもりだったみたいだよー? ほんっとバカな女だよねー?」


 「奏星……なんで奈津にこんなことを!?」


 「だってー。その女が、優ちゃんをたぶらかして、カードゲームさせるから悪いんよ」


 「……何を言ってるんだ!?」


 「その女がいるから、優ちゃんはカードゲームをしちゃうんでしょ? でも安心して? あたしがその女をこの学園から追い出してやったから。これでもう優ちゃんはカードゲームなんかしなくていいんだよ?」


 そんな身勝手理由で。理屈で。彼女を退学に追いやったというのか?

 もう、我慢の限界だった。


 「……かなせえええええええええええ!!!」


 怒りをこめて幼なじみに向かって叫ぶ。

 だが、彼女はきょとんとした顔をしている。


 「どうして怒っているのー?」


 「奈津は俺の大事な仲間なんだ……!! この子となら、一緒に楽しくカードゲームをやっていけそうだったのに……なのに……なのにっ!!!!」


 「ははっ! やっぱりあたしは間違ってなかったんだぁー!」


 だめだ。決定的に話がかみ合わない。

 一番信頼していて、一番大切な幼なじみのはずなのに、まるで宇宙人と会話をしている気分にさせられる。

 悔しくて唇を噛む。


 「ごめん、奈津……俺のせいで」


 「謝らなくていい。私が弱かったせい」


 「でもっ……!!」


 「ちょっと借金が増えただけ。大したことない。心配しないで」


 そう言って力無く笑う姿は痛々しくてとても見ていられない。

 その借金を返すために、この少女は必死にゴールドを集めていたんだ。

 その努力を全部無かったことにされてしまったんだ。


 「言っておくけど、その女、自分で賭けゴールドを上限まで設定したんだからね? 今までの人はこの人数で無理やり、力ずくで押さえつけて対戦台の賭けゴールドを設定してたっていうのにねー。ホントバカだよねー!」


 奏星がバカにしたようにケラケラと笑うのをキッとひと睨みして、奈津に向き直る。


 「そうなの……? 一体どうして!?」


 「この女に負けたくなかった。自分がやっていることが。あなたからカードゲームを取り上げることが。本当にあなたのためになると思っている。それが許せなかった」


 「奈津……」


 奈津はそっと俺の頬に手を当てる。


 「あなたはカードゲームをしているとき。本当に楽しそうだったから。それを取り上げさせたくなかった」


 そうか。奈津は俺を守ろうとしてくれたんだ。

 この子はいつもそうだ。いつも自分のことなんか後回しで、俺の事を助けてくれる。

 その優しさと、悔しさで涙が零れてくる。


 「紙手奈津すらいともたやすく破るとは――やはりボクの目に狂いはなかったようだ」


 その時、扉を開けて入って来たのは、この集まりの首謀者、皇浦帝だ。


 「見たかいみんな――この一之瀬奏星こそ最強のプレイヤー。神のごときその力を持ち、誰も敵わない――ゴールドが無くなることなどありえない――我々の”王国”は潰えることなど無い!! それどころか、いずれはゴールドを集めきり、世界を手に入れるのだ!!」


 「「「うおおおおお!!」」」


 周りの生徒達は、皇浦の演説に熱狂する。

 ただ一人、奏星だけは不満そうに口を尖らせている。


 「ちょっと。あんまり調子に乗らないでよねー。あたしは優ちゃんのこと以外興味ないんだから。あなたとこのくだらない連中がどうなろうと、あたしには関係無いんだからねー」


 こんなの間違っている。恐怖による民衆の支配なんて。

 でも逆らえば次に標的にされるのは自分になる。そんな状態では誰も逆らうことなどできない。

 放っておけば、この”王国”が教室を支配することになる。

 その支配を支えるのは奏星の力。

 カードゲームは素人のはずの奏星だが、それでも彼女の持つ”絶対的な力”を使えば勝つことなど容易なはずだ。

 今この学園にいる誰にも倒せない無敵のプレイヤー。それが奏星だ。


 だが、逆に言えば。

 この女さえ倒せば。皇浦の頼みの綱は無くなる。

 ならば、迷う事など無い。すっと立ち上がり、叫ぶ。


 「奏星!! ……俺と勝負しろ!!」


 一同、ぽかんとこちらを見てきた。

 本人が呆れた声を上げる。


 「はぁー? あははー。優ちゃん。まさか、あたしに勝てるなんて思ってないよね?」


 「……勝つさ」


 それを聞いて、奏星は面白そうな顔になった。


 「ふーん? じゃあ、あたしが勝ったら優ちゃんはもう二度と、絶対にカードゲームはしないって約束ね? あーでもそれだけだと約束を破った罰にならないかー。もうその女と二度と会っちゃだめだよ? それに、やっぱこんなバカげた学校は2人でとっととやめちゃおっか。それで、今度は2人で一緒に住むの☆ それで24時間ずーっと、あたしと優ちゃんの2人きり☆ もうカードゲームなんかさせる余裕ないくらいあたしに夢中にさせてあげるから☆ 夢みたいでしょ☆」


 キラキラと目を輝かせて、うっとりしながらそんな夢みたいなことを言っている。

 だけど、そんなのまっぴらごめんだ。


 「いいか、奏星……ド素人の奏星に、俺が……王者(チャンピオン)の俺が負けるわけにはいかないんだよ!!」


 俺は教室中に響き渡るような声で憤然と叫んだ。


 「皇浦、それから他のみんなも……お前達はみんな、間違っている!! それを、俺が証明してみせる!!」


 それを聞き、首謀者は不敵に笑っている。


 「いいだろう――本来キミはあとに取って置くはずだったのだが――ここでキミを倒してしまえば、障害はほとんど無くなる」


 俺と奏星は対戦台についた。

 賭けゴールドは上限の10万。


 『国頭優馬 所持ゴールド4300 戦績 10勝0敗 ランキング1位』

 『皇浦帝 所持ゴールド500 戦績 4勝10敗 ランキング30位』


 対戦台に表示されているのは、奏星ではなく皇浦の名前だ。


 「彼女はアカウントを持っていないからね。本来はこの校舎に入ることすらできないのだがボクらの力で解決した」


 その方法は俺でもわかる。

 この校舎にはIDカードをタッチしないと扉が開かず、入ることはできないのだが、IDカードを持っている人間がいれば何の問題もない。

 思ったよりここのセキュリティには穴が多い。

 それに皇浦のアカウントを使って奏星が対戦するのも、本来は代打ちというイカサマになる。

 だが、ジャッジのいない今、証拠を押さえたくても多勢に無勢だ。

 やはり、この状況を変えるには俺が奏星に勝つしかないようだった。


 「はやく終わらせよー? こんなくだらない遊び」


 確かに遊びだ。遊びだけど……くだらなくなんかない。

 それをわからせてやらねばならない。

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