第26話 王者の過去
中学3年の時。
前の年に俺が全国大会で優勝し、王様こと師匠がカードショップから姿を消した後のことだ。
この時の俺はまだ『
「あの、チャンピオン。デッキ見てもらえませんか?」
「……俺でよければ喜んで」
『王様』と出会った近所のショップで、初心者の面倒を見たり、他のプレイヤーと積極的に関わっていこうとしていた。
王様の代わりをやろうと思ったのだ。それが、彼から与えられた自分の役割だと思ったのだ。
そんなある日。
「……あれ? 奏星?」
店内に、妙にコソコソしながらカードパックを持っている少女の後ろ姿を見た。
なんせ長い付き合いだ。前から見なくても幼なじみだということぐらいわかる。
服装も彼女のものだ。
「どうしたんだ優馬?」
とはいえ、今は学校の友人とフリー対戦中だ。席を立ちづらい。
向こうはこちらに気づいていないのか、キョロキョロしながら辺りを見回して不安そうに店内をうろついている。
そんな歩き方をしているからか、同じようにキョロキョロしながら歩いていた別のお客にぶつかってしまい、持っていたパックを落としてしまった。
「あっ……」
そのまま奏星らしき少女は謝罪もそこそこに走り去っていってしまった。
ぶつかった人は、帽子を深く被っているから顔はよく見えないが、背格好からするにたぶん同じ年ぐらいの子供だ。その子はパックを拾って途方に暮れている。
さすがに何とかしてあげないと、と思って立ち上がろうとしたのだが、その子はそのままレジに向かっていった。
「おいおい、俺の攻撃だぞ? 何ぼさっとしてんだ?」
「あー……うん」
さっきの、本当に奏星だったんだろうか。彼女がどうしてこの店に? 何か俺に用があったんだろうか。いや、そういう感じではなかったか。
そんな事を考えながらしばらく対戦を続けていたが。
「おい、お前それ……レジェドレアの『白金の英雄-シルバーレオン』じゃねぇか! なぁお前、そのカードゲームやってるのか?」
店内に響き渡るような大声でとんでもない単語が聞こえてきて、奥のデュエルスペースにいた俺たちも慌てて飛び出していった。
叫んだのは大学生ぐらいの男で、カードを持っていたのはなんとさっきの子供だ。
「やってない」
「じゃあさ、そのカード、オレに売ってくれないか? ちょうど探してたんだよ。な、金なら払うからさ」
そう言って男は財布から1万円札を取り出した
子供は、じっと男を見上げていたが、静かに首を横に振った。
「あなたは嘘をついている。このカードと1万円では。つりあわない」
「う、嘘なんかじゃねぇよ! だいたいなんでプレイしていない奴がカードの価値がわかるんだよ!」
周りの客もひそひそと指差しているが、本人はそんな事にも気づいていない。
なんせその1枚だけで数百万はくだらない代物だ。目の色が変わるのも仕方ないかもしれない。
だがその価値をわかってない初心者から取ろうとするなんて、到底見過ごせなかった。
「……やめてあげなよ」
「あ? なんだ? てめぇどこの中坊だ?」
男に血走った目で睨まれて心がくじけそうになる。
だが、自分は『
「……初心者から高価なカードを奪おうとするなんて、カードゲーマーの風上にも置けないと思うよ」
俺の友人や周りのプレイヤー達も同調して声を上げる。
「そーだそーだ!」「チャンピオンの言うとおりだ!」「警察呼ぶぞ!」
男はその声を聞いてはっとしたように俺の顔を見た。
「お前、チャンピオンの……」
「まぁ、うん。一応そうだけど……」
冷静になった男は周りの冷たい目に気づいたようだ。忌々しげに舌打ちをした。
「……チャンピオンだからって調子乗ってんじゃねーよガキがっ!」
そういい残して慌てた様子で立ち去っていった。
安心してふぅ、とため息をついた。
「さすがチャンピオンだ」「かっこいい!」
ふと、子供がじっとこちらを見ていてぽつりと呟いた。
「チャンピオン?」
「……ええっと、まぁ、そう呼ばれてるけど」
「私と同じ」
「……ん?」
首を傾げたが、残念ながらその子はそれ以上答える気はなかったようだ。
この時点で、その子供が同じ年頃の女の子だったということにようやく気づいた。
少女は軽く頭を下げて礼を言った。
「ありがとう」
「どういたしまして。君……えっと、よかったら、俺と一緒にカードゲームする?」
『レジェンドヒーローTCG』をやったことがないということだったが、パックを買っているあたり、アニメを見たのだろうか。それとも友達に勧められたのだろうか。
あんまり顔は見えないが、俺の申し出に対してちょっと戸惑った様子だった。
「でも私。わからない。こういうのやったことない」
「……だ、大丈夫! 同じカードゲームやっている人は、みんな仲間だから! ルールは教えてあげるよ! 店には初心者向けの無料スターターも置いてあるし、なんだったら足りないカードは俺が貸してあげるよ!」
同年代の女の子のということもあって、ちょっと前のめりになってしまった。
「おい優馬。ナンパか?」
「や、やめなって……そういうんじゃないよ」
友人たちにからかわれて赤くなる俺を、彼女は見つめながら尋ねてきた。
「これ。どうすればいい?」
貴重なレジェンドレアのカードを指して尋ねてきた。
自分だって欲しくないと言えば嘘になる。だけど、考えた。どうするのが一番この子のためになるのか。
「……大事に持っておくといいよ。貴重なものだから、売ってしまって他の物を買うってのもいいと思うけど……」
しっかりと、言葉を選びながら思っていることを伝える。
「そんな特別なカードが君のもとに来たのは、そういう運命だったのかもしれないからね。……君がゲームを好きになって、そのカードを好きになってくれれば、君がゲームをする理由(モチベーション)になってくれるかもしれない……そうなってくれたらいいなと思う」
「わかった。そうする」
それから、デュエルスペースで彼女のためにルールを教えて軽く対戦した。
「この場合は、俺のユニットの方がパワーが高いから普通にアタックしても防がれてしまうわけだけど……」
「じゃあ。ここでこのカードを使う?」
「……うん、それがいいね」
初めてなのに物覚えもよく、頭の回転も速い。即座に最適解を見つけだす。
実に教えがいのある相手だった。
「あっ……」
ふと、同じカードを触ろうとした時に2人の指が触れ合ってしまった。
「あっと……ご、ごめん」
「いい」
慌てて手を引っ込めるが、俺も彼女もちょっと照れたように頬が赤くなる。
楽しい時間だったが、用事があるということで、1時間ほどで彼女は席を立った。
「楽しかった」
「……そりゃよかった」
正直、そう言ってもらえてほっとしていた。
「俺、よくこの店にいるから。またいつでも来てよ」
「わかった」
彼女はほんの少しだけど、笑って言ったのだった。まるで、冬の氷が解けて春になったかのように。その笑顔に、思わずドキッとしてしまった。
また会いたい。そう思っていた。
だが、彼女はそれから一度もあの店に現れることは無かった。
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