第17話 作戦会議と幼なじみ

 「あなたがいるなら1位を取れる」


 「うむうむ。優馬殿と紙手殿がいればこのイベント戦、上位入賞は夢じゃないとも!」


 やる気十分な2人の俺への評価は過大評価もいいところだろう。俺自身はこのゲームはまだ1回しか戦ったことのないド素人なのだから。

 俺は退学にならなければOKぐらいの心持ちだったのだが、そんな俺でも、優勝賞品の『レイズチケット』の存在は少し脅威に感じていた。

 改めて『レイズチケット』のルールについてミニルールブックが配られた。

 ゴールドのやり取りが発生するランク戦でのみ使用でき、対戦台に着いて賭けるゴールドを設定する時に使用することで強引に相手の賭けるゴールドを釣り上げることができる。思った通り、これは危険な代物だ。


 「どうせなら目標は1位入賞さ! ゴールドをがっぽり手に入れて目指せ10万ゴールドだよ!」


 「それは私も同じ」


 だが2人はそんなチケットには興味ないようで、10万ゴールドで学園に望みを叶えてもらいたいようだ。


 「……俺にはあんまり期待しないで欲しいんだけどな」


 ため息をつきながらつぶやいたのだが、どちらも聞いていない。

 いつもクールな紙手さんも心なしかテンション高めだ。

 とはいえ、チームを組んでくれた2人のためにも多少は貢献しなければならないだろう。2人の期待に応えるためにも、できるだけサポートしなければならない。


 「またまた。何か作戦があるのだろう?」


 「……とりあえず、手持ちのカードを整理したい。あとはどこまでパックを買うべきかも相談したいかな」


 この校舎内だと手持ちのカードをばらすことになりかねないし、T組以外の生徒がいるところでカードを広げるわけにもいかない。

 この第7校舎にいくつかあるミーティングスペースはもう既に全部埋まっていたし、そうなると相談場所は必然的に学外ということになる。

 そう言うと、武束も頷いた。


 「よしよし、ではカラオケにでも行こうか」


 「カラオケ? なぜ?」


 「……カラオケって、カードゲームをするには意外といい場所なんだよ」


 机があるし、防音設備の整った個室だ。

 他の人に迷惑をかけることもないし、値段もお手ごろだし、飽きたら歌う事もできる。


 「あと、ちょっとぐらいなら遅くなっても大丈夫だし……。


 「そうそう。教室では19時までしか対戦できないからね」


 基本的には対戦台に組み込まれているコンピューターが台に置かれたカードを読み取って処理してくれるが、ルールの質問やそれ以外で何か問題があった時、審判(ジャッジ)……というか先生を呼ぶことができる。

 だいたいは葉月先生が対応してくれるが、先生たちも19時には帰ってしまって教室も施錠されるため、対戦ができないのだ。


 「うむうむ。カラオケ亭なら確か駅前の方にあったと思うが」


 「……じゃあ、駅の方に行こうか」


 いつも家と学校との往復だけだから、こうやって外に出るのは久しぶりだし、何よりクラスメイトと遊びに行くのなんて本当に久しぶりだ。

 だが、校門の前まで来た時だ。


 「あ、優ちゃん!!!」


 「……あっ」


 俺がこの声を聞き間違えるはずがない。校舎の方から走り寄ってきたのは、紛れもなく奏星だった。


 「今日は早いんだねっ! やった! 優ちゃんと一緒に帰れる!! ……あ、ひょっとして優ちゃんのお友達? はじめまして! 一之瀬奏星です! いつもうちの優ちゃんがお世話になってます!」


 怒涛の勢いで喋り倒す奏星に、武束も紙手さんも圧倒されているようだ。

 おまけに俺達が家とは違う方に向かおうとしているのを目ざとく見つけた奏星は、さらにテンションを上げてぴょんぴょん跳ねながら俺の腕に、まとわりついてくる。


 「遊びに行くの? あたしも行く!! ねぇいいでしょ優ちゃん!!」


 「……あーっと……」


 いいわけがない。最悪だ。

 奏星がいるときにカードゲームについての相談など、できるはずもない。

 俺がまたカードゲームに関わっているというだけで下手すれば暴れかねないのだ。

 おまけにT組のことを知られたらそのまま俺と一緒に退学届けを出しかねない。

 ここはなんとか誤魔化さねばと俺が何か言う前に、紙手さんが間に割って入った。


 「ごめんなさい。私達は大事な話合いをしなければならないから」


 「え? 大事な話ってなーに? ひょっとして恋愛相談とか!? きゃっ! あたしも入れてよ!」


 「違う。あなたには関係ないこと」


 「あ?」


 紙手さんが淡々と事実だけを語ると、それが癪に障ったのか奏星の怒りゲージがMAXになった。この幼なじみ、瞬間湯沸かし器みたいな速度でキレるのだ。

 女子2人の睨み合いが始まってしまった。やはり言うべきか、この2人、あんまり相性がよくないのかもしれない。

 しばらくそうしていたが、ふいに奏星がこちらを見た。


 「優ちゃん。この子、誰? 優ちゃんの何?」


 「紙手奈津さんだよ。えっと……」


 なんだろう。何と言われても困る。

 友達……と言ったら怒られそうな気がする。まだそこまでの関係を築いている自信は無い。

 うーんと頭を悩ませていると、紙手さんに袖をくいくいと引っ張られた。


 「誰?」


 「……俺の幼なじみの一之瀬奏星」


 「幼なじみ?」


 奏星はべーっと舌を出してドヤ顔をしている。子供か。


 「そうよ。幼なじみで優ちゃんとはもう15年以上お隣さん同士なんだから。優ちゃんはあたしがいないとダメなのよ」


 その言葉に、紙手さんはちょっと顔をしかめた。


 「彼はダメなんかじゃない。あなたは彼の事をわかってない」


 「あんたに何がわかるっていうの? 優ちゃんのこと何にも知らないくせに」


 「知ってる。あなたよりずっと」


 「ああ? あんたに何がわかるって言うの?」


 二人のにらみ合いが恐すぎて、とても割って入れるような雰囲気ではない。


 「いやいや、恐いね。女同士の争いというものは」


 横につっ立っている男は呑気な事を言っているだけで、頼りになりそうにもない。


 「……あ、あのさ、奏星。 俺達、これから3人でちょっと話し合いをしないといけないんだ。だから、その……」


 「優ちゃん。あたしがいたらまずい?」


 「あーいや……その……ごめん、奏星」


 長い沈黙が場を支配した。


 「ふーん」


 ようやく奏星が言葉を発したが、あんまり聞いたことのない、感情の篭っていない声だった。


 「まぁいいや。優ちゃんは優ちゃんの付き合いがあるもんね? 別にやましいことがあるわけじゃ……」


 「……と、ともかく! ごめん! またあとでね」


 慌てて武束と紙手さんの腕を引っ張って逃げるように走り去った。

 怪しまれたかもしれないが、これ以上話を続けると100%ボロが出る。

 奏星が、見えなくなるまでこちらをじっと見つめていたのが怖かった。

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