第12話 天からの授かりもの
「……ありがとうございました」
最低限の礼儀として挨拶をし、席を立とうとしたのだが、
「イ、イカサマだぁ!!! なぁ、お前たちも見ただろう? なぁ!? こんなの、無効だぁぁぁぁ!!!」
半狂乱になってわめき散らす寺岡に、周りの生徒たちはひたすらに困惑している。
「え、イカサマあった?」
「いや、わかんない……」
そんな周りの様子に我慢ができなかったのか、椅子を蹴り倒し掴みかかってきた。
「なんで、あんなカード持ってんだよ!! しかも、あんな都合よく手札にあるなんて絶対おかしいだろうがぁぁ!! イカサマだイカサマ!!! 返せ、俺様の、俺様の、俺様の……ゴールドォォォォォ!!!」
ほとんど泣き崩れる寺岡を見て、逆に冷静になっていた。
既に俺のゴールドは2010。先ほどまで1位だった紙手さんをわずかに上回っている。一方で寺岡のゴールドは840。2位から一気にランキング中間ほどまで下がってしまった。
「……満足、した?」
「ああッッッ!? ふざんけんな!! てめぇ、どんなイカサマしやがった!? お前は、絶対に汚い手を使ったんだ!! 今も、あの時も!!!!」
「……だとしたら?」
「ああッ!?」
「……君たちは、俺がイカサマをしたという証拠を見つけることができなかった。……俺の勝ちに文句を言う人、いないよね?」
「て……てめぇっ!!!」
寺岡の振り上げた拳が、俺の顔面に直撃するまさに直前。
「はい、そこまで~☆」
突然、雰囲気に合わない、超絶明るい声で教室内に入って来た女性がいた。
「葉月ゆず……先生」
コスプレTCGアイドルで先生という個性の塊のような女性は、優雅に俺達の対戦台の前までモデル歩きしてきた。
あっけに取られて、皆一様に固まる。
「私も彼らの試合を見ていましたが、国頭優馬君のプレイ中に、マーキング、通し、すり替え、エクストラドロー……あらゆる不正行為が無いかチェックさせていただいだけど、彼は一切の不正行為を行っていない、よッ☆」
教室の中に監視カメラ があるのは知っていたが、まさか先生が直接見ていたとは思わなかった。
他の生徒たちは、先生の言葉に驚いてまたひそひそと話し出す。
「正々堂々と戦って、寺岡に勝ったってこと?」
「マジかよ。やるじゃん」
「でも、今回はカメラがあったからやらなかっただけなんじゃないの?」
「たしかに」
「それでもあれだけレアカードを集めていた寺岡に勝つなんて……」
「あいつ、金でレアカード集めてるだけで実は弱いんじゃね?」
「かもしれない」
次第に、寺岡に対してバカにしたような目が向けられるようになる。
だが、本人はそんな視線にはまったく気づかない。
「こんな、こんなことがあってたまるかよ……俺様は、俺様は、なんのためにカードをかき集めて……」
「それと言っておくけど、対戦台を占拠して対戦を妨害するなんて、褒められた行為ではないからね? ルールブックに書いてないことはやっても構わないなんて、私は一言も言ってないからね? 対戦は常にフェアに! 先生(ジャッジ)が見ていても、いなくてもねッ!!」
それを聞いた寺岡が、とどめを刺されたようにがっくりと項垂れる。
そして先生はくるっとこちらを向いてビシッと指を指した。
「君も、遠慮せずに対戦しまくってくれていいんだぞッ☆」
「……あ、ははは」
この一戦で最後の対戦にするつもりだったのだが、これで少なくとも今月は退学にならなくて済んだ様だ。
「ゲームで遊びたい人を邪魔するのは、お姉さんが許さないゾ☆ ……オイ!! だれだ今小声で『キッツ……』って言ったやつ!!!」
葉月先生が場を治めてくれた(ただし別の騒ぎを起こしているけど)おかげで安心した。
騒ぎに紛れるように、こっそりと教室を抜け出した。
ふらふらして倒れそうになる足をおさえつつ、なんとか廊下の壁に寄りかかり、座り込む。
「ゲホッ!! ゲホッ!! ゲホゴボッッ……」
胃の中にあった物全てを吐き出しそうになる。これほど緊張したことはなかった。
全国大会の決勝でもこんな辛い思いはしていない。
「あーしんど……勝ててよかったぁ……」
今になって、手の震えが止まらない。
本当は怖くて怖くて仕方なかった。深々とため息をついていたら、いつの間にか目の前に紙手さんが立っていた。
「おめでとう」
「……ありがとう」
「なぜあなたは否定しなかったの?」
唐突にそんなことを言われたのだが、何のことだかわからない。
「……何が?」
「あなたは卑怯な事なんかしていないのに。どうしてそれを否定しなかったの?」
突然のことに、言葉に詰まる。
「……否定したって、無駄だから」
そう。無駄なことだ。
『俺はイカサマなんてやっていない』。
何度も何度も何度も何度も何度も。
対戦相手にも、審判にも、観客にも、友人達にも。
声が枯れるまで、叫び続けた。
でも、誰も信じてくれなかった。
むしろ、みんな納得してしまったのだ。
『ああ、だからこいつはあんなにすぐにチャンピオンになれたのか』
『そうでもしなきゃたかだか中学生の子供が、ここまで勝てるわけがない』
そして、1か月後、俺には永遠に出場停止が言い渡された。
『本当なんだよ……俺は、イカサマなんて……悪いことなんて、してないんだよ……』
何も悪い事をしていない。師匠の教えの通り、常にフェアに戦った。でも、誰も信じてくれなかった。
自分の部屋に籠り、布団を被って泣いていた。
『もう、やめよう? これ以上、優ちゃんが傷つくの、見てられないよ』
そんな時奏星はそういって、優しく抱きしめてくれた。
『あたしが一緒にいてあげるから。ね? 優ちゃんを悪い奴らから守ってあげるから』
そうして俺はカードゲームをやめた。
俺の噂は瞬く間に学校中に広がり、一緒にカードゲームをしていた友人たちは離れていき、そうでないクラスメイトたちもバカにしたような目を向けてきた。
あまりにも空虚で満たされない日々だった。
ただただ無意味な時間が 過ぎていくだけだった。
「私は」
紙手さんはぽつり、と呟くように口を開く。
「私は。あなたがそんな人間ではないと。あなたがずるい手を使っていないと。いつだって正々堂々戦っていると。知っている」
「……なんで?」
驚いて、顔を上げる。
どうして、誰も信じてくれなかったのに、この少女だけはそんな事を言ってくれるのか。出会ったばかりのはずなのに。
「だって。あなたは私の」
顔はいつもと同じ無表情だ。だが、いつもとは違って瞳が潤んでいた。
まるで、『銀雪の女王』の氷が解けたように。
ドキドキして目が離せない。
「やあやあ、こんなところにいたのかいおふたりさん! 探してしまったよ!」
揃って慌てて目を逸らしたのだが、俺も紙手さんも顔が真っ赤だった。
そんな様子を見て武束はにやにや笑っていた。
「いやーすまないすまない! 邪魔する気はなかったんだが!」
「…………」
さっきまで溶けそうだった瞳の温度が一瞬で氷点下まで下がった。
心なしか、普段よりも冷たくなっている気がする。
「さすが優馬殿。僕の渡したカードは役に立ったようだね」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
寺岡に勝つには、《孤高の王者―キンググラン》を使うしかないと思った。しかし、あれは緑のカード。使うには緑色を中心にデッキを組むしかないので、俺の手元にある青デッキは使えない。
だからあの場で唯一手を借りられそうなのがこの男カードを借りた。たったそれだけのことだ。
こいつの初期デッキは緑で、しかもそれらのカードはトレードの弾になりにくいこともあってほとんどそのまま残っていたのだ。
「まぁまぁ、こちらも『覇者』のカードをちらつかせられては、こちらも言うことを聞くしかないからねぇ」
「よく言うよ。……言っておくけど、まだあげたわけじゃないからね」
初期デッキと『覇者』のカードじゃあまりにも釣り合わない。
だから、貸し一つということで頭を下げて貸してもらったのだ。
「しかししかし、よくあの短時間でデッキを組めたものだね」
「ああ……まぁね」
デッキなら、ずっと頭の中で作っていた。
カードゲームはもうやめた。だから考えないようにしていたはずだったのだが、授業中でも家にいる時も、気づけばカードのことばかり考えてしまっていた。
実際のカードはほとんど触ることはなかったが、ずっと対戦を見ていたこともあってカードプールは頭の中に入っている。あれとあれのコンボが強そうだから、もし自分だったらこんなデッキを組む……そういう事をずっと考えていたのだ。
だから、実際にデッキを組むとなった時にすぐにそれを形にできた。
もちろん武束もまだカードを集めている途中だ。だから思い通りのデッキになったかと言えばそんな事は無いのだが。
「あのカード。どうしたの?」
「そうだそうだった! あんなカード、僕のコレクションにはなかったはずだぞ? どこで手に入れたんだい?」
ただし、まだ誰も見たことの無い、SSRのカード。《孤高の王者―キンググラン》。
あのカードだけは別だ。
あのカードは、入学式の日、校舎の前で空から落ちてきた。
あの日、奏星に取り上げられて捨てられたあと、どうしても気になって再び拾いにいったのだった。
カードゲームはもうしない、卒業した、なんて彼女の前でかっこつけたが、明らかにキラキラ光っているレアカードだったことが引っかかって見つからないようにこっそり戻ったのだ。
彼女にとっては紙切れだっただろうが、自分はカードショップのショーケースに並んでいる数千円や数万円するカードを知っているだけに、あのカードを道端に捨てておくなんてできなかったのだ。
もちろん、持ち主が見つかったら返す気だったのだが、衝撃的なことが立て続けに起きたせいですっかり忘れていたのだった。
だが、あのカードが今回の勝負の決め手になった。
「……天からの授かり物、かなぁ」
偶然か必然かはわからないが、誰かが俺の目の前に落としたのだ。
一体誰が、どんな目的で? わからないことだらけだ。
「でもよかった。勝って」
「うむうむっ! せっかく『覇者』の所持者に貸しを一つ作ったのだから、退学などされては困るというものさ!」
紙手さんは正直すぎる武束をチラッと睨みつけたが、本人はまったくこたえていなかった。
彼女はため息をつくとこちらを向き直し、
「対戦しよ?」
そう言ってさっきと同じように手を差し伸べてくれた。
俺は戸惑いながらもその手を掴もうと……。
したのだけれど。
「……えーと……また、今度お願いします」
カードゲームをやるやらないは置いといて。
疲労のあまりに、腕が上がらなかった。
今は満身創痍。まともにカードを持てるかどうかも怪しい状態で、とても対戦できなさそうだった。
「そう」
彼女はそれだけ言うと、くるっと背を向けて教室に戻って行った。
あとに残された俺と武束は、思わず顔を見合わせて肩をすくめた。
「やれやれ。女心というのはわからないものだね」
「……そうだね」
でも、なんとなく不満そうにしていることぐらいはわかった。
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