勿忘草

ゲソフェチ

本編

 長年付き合っていた彼が事故で一瞬のうちに亡くなった。彼の葬儀の翌日。私の下に勿忘草の花束が届いた。


 花束のメッセージカードには彼の直筆で『ごめん。愛してる』の一言。小さな青い花を見ていると、視界が歪み、涙が頬を伝った。このたった一言で許されると思ってるところが彼らしい。いつもケンカするたびにごめん、愛してるって抱きしめられていたのを思い出して涙がとめどなく溢れる。


 落ち着いた頃に考えてみたが、メッセージそのものは彼が書いたもので間違いはない。でも、勿忘草の花束は彼が用意したものではないように思えた。花なんてもらったことがないもの。


 私は彼の葬儀の時にご挨拶したご両親に連絡を取ってみた。どうやら、彼は遺書を書いていたらしい。文面は『守りたい人ができたから、もし何かあったときのためにこれを残します』と書き始められていて、その次に私の家の住所、名前に続き、こう書いてあった。『上記の住所に勿忘草の花束を送ってほしい。その花束には添付してあるメッセージカードも。貯金とか家の中に関することは全て彼女が落ち着いた頃に整理してもらいたい』と。


 私が一瞬思ったのは体のいい遺品処理班かってことだけど、でも、マンションは彼の買ったものだし、家賃はかからないからまあ、私が落ち着いてからやってって言うのは当然か。私の物も少なからず置いてあるわけだし。


 守りたい人ができたから遺書って……って思わなくはないけど、守りたい人と言ってもらえるのはすごくうれしいことだと今なら言える。大切に想ってもらっていたんだと実感した。


 ―――


 彼が亡くなってから1か月が過ぎた。生理が止まってから2か月。自分が妊娠していたことを知る。


 少し幸せだった。彼が残してくれた、忘れ形見なんだと。彼の子を産めることに幸せを感じていた。数か月後までは。


 彼が残してくれていたと思った忘れ形見はあっけなく私の胎内で息を引き取った。それと、私の子宮は子供を産む機能をなくしていた。


 次の幸せなんてあるわけがなくて。ただ暗闇を進んでいるようで。今もなお彼を愛し続けて。


 何もなく、仕事をして、月日が過ぎて、私は息を引き取った。

 

 ―――


 死んだら彼に会えるのかもと期待をしてみた。でも、死後の世界というやつは何もなく、ただ真っ白な世界だった。


 ただ、永遠に、今では苦しくもあるもう手に入らない幸せを見せ続けられるだけ。情景に対して何かを思い出すたびに心が押しつぶされそうで。ほほえましくなんてもう思えなくて。


 幸せになれなかった私への彼からの呪いなのではとすら思えて。


 私は愛する彼を憎んだ。憎み疲れるとそこからは意識も精神もなく。ただ虚無が広がっていただけだった。


 END

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