第10話 貴婦人と灯台守と

「ほんっとーに申し訳ありませんでしたー!!」


 冒険者協会の港町バルクリ支部長キーラは、頭でまとめたお団子ヘアが崩れるんではないかという勢いで何度も何度もお辞儀をしている。


 町外れの岬に建っていた『バルクリの貴婦人』と呼ばれた灯台は見る影もない。瓦礫の中から救出された王国騎士団四人――意識を失っているだけで全員生きていた――を灯台守の小屋に運び込んだ俺たちと爺さんにキーラは平謝りだ。


 俺は、なんとか依頼を達成したと思っていたが。


「どういうことなんだ?」

「依頼書、緋色ひいろ封蝋ふうろうは上級冒険者の色だったのです」


 キーラは心からすまなそうな顔をしながら、俺の手にしている依頼書を指さす。


「入会試験用の簡単な依頼は、象牙色ぞうげいろのものをお渡しいなければいけなかったのです……」

「おいおい」


 エリスが、キーラを見上げる。藍色の瞳でジトッとにらみつけるように。


「ということはこれは初めから『太陽石サンストーン飛竜ワイバーン、灯台守に届ける』という依頼であったということか」

「そそそそ、そうなんです」

「であるならば王国騎士団が出張ってくる理由も分からなくもないな」


「つまり」

 俺は、納得しているエリスの言葉をつなぎながら、キーラの顔を覗き込む。

「支部長さんは、おっちょこちょいミスで入会試験のやさしい依頼ではなく、危険な、ひっじょーに危険な依頼を冒険者でもない俺たちに寄越したと?」

「ひ、ひえぇ……申し訳ありませんです」


 泣きそうなキーラに、横からエリスが無表情で畳みかける。


「なんとそれは、上層部に知れたら大問題ではないか。厳罰であるな」

「ひ、ひぃいいっ!」


「これは困ったことだなあ、レクスよ?」

「本当ですなあ、エリスさん?」


 キーラは草のまばらに生えた地面に両ひざをついた。両手を組み、祈るように俺たちに差し出して懇願こんがんする。


「大変申し訳ありませんです! おかみには……上にはどうか……!!」

「まあ、俺たちも鬼じゃないよ、キーラさん」

「レクスさん……!」

「ところで、今回の冒険者の入会試験なんだけど、さ?」

「はい! もちろん合格です! まさかワイバーンを倒すほどの実力者だったなんて、合格も合格ですよ!!」

「うんうん。あとねえ。実は俺たち装備揃えられないし、皿洗いするしかないくらい無一文で、ね?」

「あ、ああ! えっと報酬ははずませていただきますですぅー!!」


 だからどうかーっと泣きつくキーラの亜麻色の団子頭をエリスがもてあそぶ。

「よしよし、よいこだな」


「なんじゃ驚いた。お前さんら、冒険者じゃなかったのか」

 あ然と事の成り行きを眺めていた老灯台守が、すっかり呆れ顔で俺たちに話しかける。灯台がぶっ壊された事は忘れてくれているらしい。


「爺さん、ほらよ」

 エリスが先ほどまで握りしめていた太陽石を老灯台守に渡す。それは、残りかすの魔力すらエリスに吸い取られてヒビ割れ、すっかり輝きを失ってしまっている。ただの石ころのように。

「すまないな。こんな状態で」

「いや、ええんじゃ。ありがとうな」

 老人は、皺のしっかり刻まれた手に太陽石を大事そうにのせて口ひげを揺らす。

「これを眺めながら、余生をゆっくり過ごすよ。それに、これならば誰も盗ろうとも思わんじゃろうて」


 太陽石は、昔馴染みに挨拶をするように太陽の光を受けてキラリと光った。以前の輝きは失った石ころだが、老灯台守の心を照らすには十分なようだ。


 俺はすっかり風通しの良くなった『バルクリの貴婦人』を見上げながら、両手を青空に向かって伸ばす。なんだか腹が減ってしまった。


「さあて、一度港町に戻って昼飯にでもするか」

「キーラの奢りでな」

「いくらでも奢りますですぅーっ!」


 すみれ色の髪を風に遊ばせながら、不穏な言葉を口にするエリスに、キーラはひざ立ちのまま抱きついている。どれだけエリスが食べるか知らないキーラに同情しながら、まあ、自業自得かと思い直す。

 酒場の店主も、ならば俺たちの再訪をきっと喜んでくれることだろう。


 こうして俺は美女――いや、美少女か――賢者エリスと出会い、そそのかされて冒険者となった。俺たちの前途多難な旅は、始まったばかりだ。


「……ということで、いいのかねえ」


 俺の言葉は岬を吹き抜けた風に消えて行った。

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