自分殺しの旅(カクヨム版)
持野キナ子
和歌山、友ヶ島での旅。
少女の眼のように澄んだ川底からカジカガエルの大合唱が聞こえてくる。同時に、川のせせらぎが鳴り響いている。河原で浴衣姿の美女と、日焼けした青年がスイカを頬張り顔を紅に染めている。二人は河原を這う沢蟹を 見付け微笑む……というのは単なる妄想に過ぎないわけで……。
自室で夏の川辺の映像を見ていた僕はyou tubeを消した。途端に僕の部屋はいつもの暗い部屋に戻った。ジメジメしていて薄暗い和室、もうすぐキノコでも生えてきそうだ。思えば夏休みだというのに、僕はほとんど夏休みらしいことをしていない。唯一の夏休みらしい行為といえば、映画のサマーウォーズを観て、ケツメイシを聞き、僕の夏休みをplayしたくらいだ。それ以外はアルバイトへ行き、昼に起床して真夜中まで映画を観ている。僕は二十才で大学二回生なので、大学に進学した高校の同級生も夏休みだ。彼等のSNSなどを盗み見していると、バイトリーダーに任命された、恋人が出来たので花火を見に行く、友人たちと旅行に行きバーベキューをする、だの情報が入ってくる。それらを見ていると僕は、パーティーで皆が仲良く談笑する中、一人でポツンと孤独に隅で突っ立て、盛りあがる他者を怨めしく傍観している気分になる。
まず僕はアルバイトを週2日しかしていない。勤務内容は水族館の警備員で、黙々と水槽前で立っているだけだ。選んだ理由は、僕がコミュニケーションを苦手とする人間だったからだ。
こんな生活だめだ、とにかく現状を打破したい、と思いながら行動しない悶々とした日常をダラダラと過ごしていた。
そんな状態だから、リア充している同級生の写真を見ると羨ましかった。自分も夏休みに友達と川や海へ行き酒を飲んで語りあいたいし、恋人を作って花火大会や夏フェスに行きたいし、アルバイトで活躍し上司に評価されたいし就活に活かしたい、と入学前は思った。同時に大学生活の夏を満喫する自分を想像していた。しかし現実は孤独に自室で過ごす毎日だ。思えば最近は満足がいく夏を過ごせた記憶がないな、と思った。小学生の頃は友人達と池でザリガニや魚を捕獲して楽しむ毎日だったのにな……。
そういえば中高大と共通して夏になれば旅に出たいと思っていたな……。ただ僕はコミュ障なので友人を旅行に誘うことができない。友人と旅行へ行ったと仮定しても、電車内や移動中に会話をすることは恐らく困難なので無理だ……。
「‼」
この時、僕は名案を閃いた。
「旅行する相手がいなければ、一人で旅行へ行けばいいんだ!」と叫んでいた。
旅に出て自己と向かい合い、人生について考える機会にしたいと思った。要するに自分探しの旅である。いや駄目だった自分を捨て去る、自分殺しの旅に出よう。
旅行先はインドやタイ、ハワイの海に行こうと考えていたが、時間的に厳しかったため断念した。結果的に行き先は和歌山県にある無人島、友ヶ島に決めた。早速、大量のノートや小説を鞄に詰め込み、宿の予約もせず駅を目指した。
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