第10話本幕/柏手の一=チャンバラの巻/その三~剣戟娘:断八七志流可の章~

「いい名前だね。カルシュルナさん。響きがとっても気に入ったよ。うん、しっかりと心に刻んだ。だから、僕はきっと何度でも思い出す。あなたを殺したそのあとも、あなたと交わったこのときめきの時間の全てを」

 そう言うと、カルシュルナさんはにっこりと微笑んだ。

 それは今の僕には到底真似出来ない、大人の魅力に満ちていた。

 いつか僕もあんな表情をフェルやニーネに見せられるよう、これもしっかり覚えておこう。

「ありがとう。勝手なお願いをきいてくれて。それに、私の名前を褒めてくれて。私ね、これでも自分の名前が結構気に入っているのよ。けれどあなたも素敵なお名前ね。タチバナ・・・・・・・・・って、もしかて断八七でいいのかしら?」

 あー、うん。多分カルシュルナさんの正解です。

 僕の名前の上に重く載っかった冠。

 それが世間様の間でどんな意味をもって囁かれているのかは、訊かぬが花といったところかな。

 そんなことは訊くまでもなく、大体分かっていることだしね。

「はい、きっと断八七であってます。とはいえ確かに僕は断八七に名を連ねる者ですが、席次は未だ末席。まだまだ未熟な若輩者に過ぎません。ですからカルシュルナさんが想像するような、他の断八七の方々とは未だ天と地ほどに差があります。なのでカルシュルナさんのご期待にお応え出来るかどうかは正直、分かりません。お恥ずかしい話ですが、カルシュルナさんをさせられるかどうかについては甚だ怪しいところというのが、僕の偽らざる本音です」

「それはまた随分なご謙遜ね」

 僕の言葉を聞いて、カルシュルナさんの笑みが深くなる。

「さっきまでのあなたの佇まい、構え、身のこなし。そして振るう刃の鋭さを観れば一目瞭然。あなたが只者ではない、本物のつわものだってことくらい私にだって分かるわよ。あなたは、私の期待を、存分に満足させてくれる。それに何より、、なんて言ったら、あなたは怒るかしら?」

「いいえ、真逆まさか。あなたの一手は凄まじかった。あの突きの向こうに、僕は間違いなく自分の死を見ましたよ」

 そう、だからこそだ。

 このひとは僕のことを、あらゆる意味で殺せるひと。

 だからこそ、恐怖を覚えずにはいられない。

 逃げるなんて考えられない。

 だからこそ、心の昂ぶりが収まらない。

 立ち合わずにはいられない。

「ありがとう。そう言って貰えるなら、私の剣も捨てたものではないようね。しかし困ったわね。あなたのような兵と刃を交える機会、剣士の端くれとしては僥倖以外の何者でもない。けれど、一介の勤め人としはあなたのような障害にぶつかったことは紛れもない不幸だわ。全く、ままならいものね。人生というものは」

「ええ、確かに」

 僕はカルシュルナさんの言葉に同意し首肯する。

「確かにあなたとは何の制限も制約も無い場所で、お互い心逝くまで好きなだけ刃を交えてみたかった。でも僕は、ここであなと出会えたことを不幸だとは思いません。ただあなたのような兵と出逢えた幸運にだけ、感謝したいと思います。それに剣士がふたり、互いを殺す為に刃を向けあっているんです。だったらもう、さよならだけが人生ですよ」

 そう言いながら僕は半身をカルシュルナさんに向け、両足を肩幅に開いてしっかりと地面を噛む。

 そして右の太刀を肩に担ぎ、左の大剣を下げて地に触れる寸前で止めて、構えた。

「そうね。あなたの言う通りだわ。さよならだけが人生だというのなら、今この瞬間を楽しまなくちゃ

 そう言って、カルシュルナさんも構えをとった。

 僕と同じように半身を向け、右足を軸に両足を大きく開いて腰を低く落とす。

 そうして上半身はまるで弓を番えるつがえるかのように、剣を持つ右手を引き左手をゆらりと前にだす。

 それは紛うことなき刺突の構え。

 彼女の必殺にして最速の死の一手。

 その揺るぎない芯の通った構えだけで彼女がどれだけの修練を積み、どれ程の修羅場を潜ってきたかが見て取れる。

 その構えを見ているだけで、僕の笑みは自然と深くなっていく。

 自然と、心のなかの何かが笑みと共に顔を出す。

 きっかけは、何だったのか。

 フェルの鳴らす、花火の音だったかもしれない。

 ニーネの叫ぶ、可愛い雄叫びだったかもしれない。

 けれど、それは不要な情報。

 己の刃を構えたそのときから、視えているのは互いのみ。

 如何にして相手の刃を掻い潜り、己の刃で死を与えるか。

 それだけに、全神経を集中する。

 そして、動いたのは僕からだった。

 相手に確実な死を運ぶ為、きっちり三歩で間合いを詰める。

 その、三歩目を踏み込んだ瞬間だった。

 僕の持てる最速より尚疾く、彼女の峻烈極まる突きが放たれる。

 それは冷たい夜の空気を焦がす流星となって、僕の生命に死を告げた。

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