第7話序幕/柝の二=雄叫びの巻~怪獣娘:ニーネの段~

 がおーー、がおーーと可愛らしい雄叫びが轟くたびに声にならない悲鳴がいくつも上がる。

 いつからか戦うときにはこうして声を上げるのが自然と癖になっていた。

 それは戦場に臨む者にとってごくありふれた作法。

 大勢で鬨の声を上げ、力の限り大声で叫ぶことにより恐怖をかき消し自らを鼓舞するための儀式。

 それとなのだろうか。

 まさにのように咆哮し怪獣のように猛り怪獣の真似をすることで今ここで戦っているのは、とに思い込み意識をすり替えにすることで無意識に心を守っているのか。

 こんなところ戦場なんかからは逃げ出したい、もうこんなこと戦ったり殺してりなんてしたくないという心の奥底にあるである逃避と拒絶の叫びなのか。

 人間を傷つけていること、そして人間を殺していることに対して贖罪と許しを求める心の懺悔のかたちなのか。

 

 についてフェルや志流可がこのことについて話し合ったのは一度や二度ではない。

 そしてそれだけで話が終わったことは一度もない。

 それは二人がずっと先送りにし続けている答えの出ない、答えを出したくない問題。

 いつか必ず心に誓った。

 だけど根本的な核心であり現状における歪み。

 それはニーネが戦場に立ち戦っているということ。

 即ちニーネが人類も人外もその手で殺しているということ。

 勿論世界中の戦場にはニーネよりも幼い子どもが大量にいることなど知っている。

 そのほとんどが戦うこともできず殺すこともないことも。

 その前にただ無意味に殺されるか。非道を存分に経験してから殺されるか。殺されながらあらゆる無残を味わうか。

 たとえ生き残ったとしても救済も希望もない、苦痛と失意だけがある残酷な生が死ぬまで続くか。

 その事実を二人はよく知っているしよく解っていた。

 けれどそんなことは

 二人にとって見も知らぬ相手が誰だろうとどうなろうと、関係がなければ興味もなかった。

 それが一端の責任ある大人だろうと本来教育を受けるべき子どもだろうと同じことだった。

 実際にフェルも志流可も両手の指で足りる程度の子どもの首を斬り落とし、その頭を盛大に吹き飛ばてきた。

 について思うことは二人には何もなかった。

 いくつもあった未来を一太刀で斬り捨てたことも。何にでもなれた可能性を残らず消し飛ばしたことも。

 

 ただ敵意と害意と殺意をもって自分に向かってくる者を殺すことは至極当然のことだと認識していた。

 翻ってそれは相手にとっても全く同じことだとごく自然に受け入れ理解していた。

 生きることは他の生命を奪うこと。

 そのを最も簡単に分からせ、最も手っ取り早く体験できる。

 それが戦場というだった。

 それを生業として生きる以上、そこで生きる糧を得る以上、戦い殺し殺される。

 そんな覚悟は二人とも、ずっと昔のとっくに前に完了している。

 そこには区別も差別も何もない。

 何もないからこそ、何であろうと、何とあろうと、何でもなく、何ものでもないものの一つに過ぎない。

 あらゆる意味と価値が剥ぎ取られ削ぎ落とされ末に残るただの”自分自身”という全てを剥き出しにされ、全てから解放されただけが在る。

 ただ原初の理と根源の業が律するある種の異界。

 そこでは大人も子どもも、聖人も卑人も、賢者も愚者も、英雄も外道も、王者も下人も、富豪も貧者も、強者も弱者も、人類も人外も、勝者も敗者も、生者も死体も全てが等しくゼロになる。

 だからこそ大切なものはも守るべきものも自分で見付け決めなくてはならない。

 決して失ってはならない。失ってしまってからでは遅いのだから。

 異界であるがゆえに世界のしがらみとは無縁となる、この世で最も平等で公平な場所の一つ。

 入場料は己の命、見物料は力のみ、生きて出口の門を通れるか、それは運命にもわからない。

 そんなところにニーネを往かせることに二人とも

 自分たちは構わない。他のことなどどうでもいい。

 ただニーネのことだけはどうしようもなく何とかしたかった。

 そこに自己矛盾は存在しない。

 誰にだって大切なものや大事なものがあるのと同時に要らないものやごみがある。

 そのなかでさらに優先順位が付けられる。

 二人の場合それがさらに顕著で極端だった。

 フェルも志流可も全く同じ様に自分以外の二人の仲間のことを何よりも大切に想い、大事に思っていた。

 それとは真逆に自分とそれ以外に対してはほとんど頓着しなかった。

 もし二人に、お互い自分の大切なものを手放して手の入れた互いに無意味なプレゼントを贈り合う一応美談として語られる話をしてみれば、二人とも鼻で笑っておなじことを言うだろう。

 「一言確認すればいいだけだ」と。

 そんな二人もニーネに対してははっきりと言えなかった。

 ニーネが戦力として頼りになるのは間違いなく本当だ。

 三人でいれば何処であろうと何がこようと恐れるものなどなにもない。

 なのに自分たちはニーネを戦場から遠ざけたいと思っている。

 それもニーネの幸せ繋がると思っての

 ただという、心のどこかにこびりついた中身のない一般論がそう思わせていた。

 ニーネの幸せを願っているのは間違いなく本当だ。

 ならば取るべき選択肢は二つある。

 一つは勿論今でも当然そうだがニーネのことは何があろうと何をしようと必ず守ると改めて覚悟を決めて腹をくくり、三人でずっと一緒にいつまでもどこまでも行こうと伝えること。

 これは二人もそしてニーネも望んでいることだ。

 何故ならニーネが戦場に立つ最大の理由は「二人の役に立ちたい」だからだ。

 もう一つは覚悟を決めて腹をくくるのは同じだがもう自分たちには付いてくなと極限まで心を凍らせて伝えることだ。

 涙が溶けて溢れる前に。

 そしてニーネを何をしてでも普通の生活に戻す。奪われたものを、失ってしまったものを必ず全部取り戻してみせる。

 理解の里親を見つけ出し、同年代の子たちと同じ学校に通わせ、家族の暖かさに見守られ、自分の望んだ未来に進み、ごくありれた幸せを手に入れてほしい。

 そのために自分たちにできるこはどんなことでも躊躇しない。

 ニーネの幸せを邪魔する者がいるのならそいつには一度に人生では足りない不幸をとっくりと味わせてやる。

 しかし結局どちらも選ぶこができず、言い出すこもできていない。

 いつか必ずと思いながらそのがこなことを心の底から願っている。

 ニーネの想いに甘え、自分たちの弱さに目を逸し、取るに足らない常識に心を奪われる。

 三人の絆は間違いなく本物だ。誰にも何にも絶てはしないけど、そこに揺蕩う想いは万華鏡のように定まらない。

 もうとっくに人の道など外れているのに。人らしい想いなど最初からないのに。それなのに中途半端に人らしく振る舞おうとする。

 だからこそのだった。

 最後にはそうした自己嫌悪と罪悪感と無力さを二人で朝まで慰め合うのが常だった。

 どれだけ先延ばしにしてもいつか必ずその日がくると知りながら。

 そのがくつことに心の底から怯えなら。

 

 当のニーネ本人はそんなこと一つも考えたことも思ったともなかった。

 ただ二人の役に立ちたい。二人を守りたい。二人に喜んでほしい。

 それだけの、しかしそれ故の強さを持った想いでありニーネの力の源だった。

 だからニーナは自分が何をしているのか正確に認識していた。

 戦うということがどういうことなのか。殺すということがどういうものなのか。

 がおーーがおーーと可愛らしく吠えながら元気いっぱい走り回る。

 そうして走り回る様子と声は無邪気に遊ぶ子どもそのものだ。

 ただし、それは声だけだ。

 その姿はまさに怪獣と呼ぶに相応しい。何だかわからない怪しい獣だった。

 ニーネが両手を広げて走れば巨人と化した両腕が草を刈るのと同じ様に人間を刈っていった。

 十人以上がまとめて身体ごと刈り取られその衝撃に押し潰されて軽く振るった腕に吹き飛ばされていく。

 両足は黒い魔獣の後ろ足と化している。

 そのしなやかなでありながら捻じり合わせた樹木ような発達した筋肉が以上なまでの脚力を生み出す。

 石ころを蹴るように人間を蹴り飛ばせばそれは弾丸以上の速度で飛来し衝突したものの骨を残らず砕き内蔵を吐き出させた。

 ニーナの役割は遊撃。遊撃ってなにすればいいのとフェルに聞いたら「敵の一番嫌がることをして、見方の一番助けになるこをするのよ」って教えてくれた。

 それでわたしは最初敵のなんだかを空を飛びなが片っ端から焼いていった。

 わたしは地面を走り回るのが大好きだけど空を飛ぶのも好きだった。

 そうして得れそうな奴を見つけ次第焼きながら、何だか隠れてコソコソしてる悪い奴や遠くでなにかしようとしてる悪い奴も尻尾ではたき落とすようにやっつけた。

 本当はこのままがいそうな場所まで飛んでいって焼いちゃえばいいんじゃないかってフェルに言ったら「それは駄目よ。一人で行ったら危ないわ。それに私たちは三人なんだもの一人だけで行かせたりはしないわ」って言った。

 しるかも「僕たちが行くまで待っててね。それまでは大変だと思うけどお願いね」って頼まれた。

 二人に心配してもらったのと、頼られたのでわたしのやる気は一気にてっぺんを超えた。

 フェルに教えてもらった通りに敵が嫌がりそうなことを思いつく限り、できる限りやってやった。

 何だか一箇所に集まろうとしてる悪い奴らをそのまま足で蹴散らした。

 一人で妙に急いではしってる悪い奴は上から潰してペシャンコにしてやった。

 他にも何だか奴らは目につく限りやっつけた。

 これがニーネが遊撃に選ばれた理由。機動力や突破力、単純な重量や膂力、広範囲の火力以上にニーネが持ち得る最大の強み。

 相手の急所を無条件で正確に一瞬で見極める眼。そして急所に向けて迷いなく飛び込む果断さと即断力。

 それは皮肉にも二人の想いとは裏腹に戦場でこそ輝く才能。戦士として最高の素質の一つだった。

 そうして大体目につく偉そうな奴はやっつけて、今はなんだか放っておけない気がする場所にいる悪い奴らをやっつけてる最中だった。

 そのときと何かが変わったことに気がついた。

 どこがどう変わったのかわたしにはよく分からないけどさっきまでとは確実に違うことはよく解る。

「ああそっか。これがみんなの言うこれからが本番てやつだね」

 前にフェルがしるかに今夜は本番がなんとかって言ってたけど多分こういうことだよね。

 それにわたしはまだまだ元気だ。

 それを見せつけてやるためにわたしは大きく息を吸い込んだ。

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