乙女の化生に紅を

久末 一純

第1話錬金術師:フェルメルス・ジェルルド・ローゼンクロイツの記録/1

 ”どうしてこんなことになってるんだっけ”さっきから何度も考えているけれど同じ原因と結果がメリーゴーランドのようにぐるぐると廻り続けるだけで、そこにどんな変数を入力し変化をもたらそうと試みたけど、その回転の始点と終点は変わることはなかった。

 どれだけ脳みそを高速できりきりと音が鳴るほど回して演算を繰り返し、考えた数は両手に足の指を足してもなお足りないほどなのに、、弾き出さられる解答は全てたった一つの同じもの、とにかく最悪という最低の答えだった。

 こういった戦術思考、状況分析といった頭脳労働は私の担当であり一応は得意部分であるはずなのに、この体たらくには自信を失いそうになる。

 現状を観察し、正確に認識し、委細漏らさぬ解析により、完全なる理解に至り、不可能というをただの実現可能な技術とする。

 錬金術の基礎にして究極でもある。この未知を歩む者なら、最初に教わり脳に刻む思考であり世界の見方だった。

 そんなことは仮にも末席とはいえ錬金術師の端くれである私こと、フェルメルス・ジェルルド・ローゼンクロイツの脳にもしっかりかっきり刻まれている。

 そしてそれこそが今このとき最も必要なものだった。

 どんな教えもその持ちうる意義を活かされるべきときが必ず訪れる。だからこそ終わりなく学び続けるのだろうなあという思考が頭をよぎったが、そんなことを考えている場合じゃない。

 そうこうしている現在も死線の上を命懸けで戦かっくれている大切な二人の仲間、断八七志流可たちばなしるかとニーネを助けるために。

 私が無為な思考で無駄にしたコンマ一秒の間にも加速度的に大絶賛進行中の命が危険なこの現状を何とかするために。

 何としても持ち直し、取り戻すべきものだった。

「錬金術師ならば脳は常に冷めたく凪ぎ、透徹した客観的な視線と精神を持て。一つの結果に辿り着くために思考を極限まで絞り込め。そして必要なものは全てかき集め、不要なものは全て捨てよ」と師に教えられた。

 しかし生来の強迫観念じみた心配性と無意味な後悔を繰り返さずにはいられない精神性も。横道に逸れるどころか脇道と見れば足も首も勝手に突っ込んでいく思考形態も。逆境に陥るほどに嵐の海より激しく波打ち、沸き立つほどに熱を持つ脳みそも。

 自分を構成する全てが師の教えに反し、否定しているとしか

 この心の脆弱性こそがフェルメルス・ジェルルド・ローゼンクロイツの考える欠点の全てに起因するものであり、唯一にして最大のであるのだが、錬金術師は心などという不確かなものに実存を見いださない。

 故にフェルメルス・ジェルルド・ローゼンクロイツが錬金術師としてよりもさらなる高みへ到達するため階段を昇るのか、それとも深淵を底へと至るためより深きへと踏み込むのか、それはまだ未確定で不確実な未知の先にある未来だ。

 そのためには何よりもこの修羅場を潜り抜け生きて帰らなければならないのだから。

 どくりどくりと身体に打ち付けるような心臓の鼓動と、轟々と響く耳を流れる血液の大合唱が余計に心を削り取る。

 それでもここまでぐしゃぐしゃになった脳と精神と思考で何とかしようと考えるより、一度全部にしてから現状の打開策を組み直したほうがより合理的かつ建設的だと、発想に行き着いた。

 そのためにまず素数を数えながらハンニャシンキョウを唱えようと混乱の極みに達したところで、頭の中でメリーゴーランドが今日何度目かもわからずに廻り始める音がした。

 今はそれどころじゃないと、お願いだから止まってと、心の底から叫んだがそんなことはお構いなしに誰も乗っていないことにも構うことなく回転する。

 これではまた最初に逆戻りだ。メリーゴーランドが廻るたび最初に戻る。

 脳の中で止めたくても止められないメリーゴーランドがどこか錆びついた音を鳴らしながら回転しているのが感じられた。

 その耳障りな音を感じながらも、この苦境にはまり込んだときから一時として手を止めることなく続けられている後衛としての仲間への支援と補助だけ途切れることはない。

 自分の手札が相手に対して決定打にならない以上、できることは少しでも仲間を守ること、そして仲間の助けになること。

 高速かつ複数の並列思考の意識的な同時処理と無意識的に取捨選択された完全な身体動作との連動は、昔から嫌というほど嫌になるほど刷り込まれたいる。

 今では不随意運動の最優先上位として肉体に

 本来ならば前衛と遊撃の二人がかき回し作り出した空きを狙い自分が敵を一掃する。もしくは自分が二人の動きに合わせ相手を崩しその隙をついてとどめを刺す。または三人が独立して動きつつも、それぞれが互いを有機的に支援、補助、援護を行うのがいつもの戦い方だった。

 最初は一人だった。それがいつの間にか二人になり、偶然がもたらした最大級の幸運としか言いようのない出合いを経て今の三人となった。 

 三人で一つ、一つが三人それが私たちだった。たとえ何処だろうと、何があろうと、誰が相手だろうと、三人で乗り切ってきた。

 それが今はありったけの不幸を吐き出しきった偶然のおかげで完全に一人が三つに分断された。

 いかにあの二人の実力でもこの状況では互角以上に持ち込むのは難しい。私の支援と援護で何とか現状維持はできているが、消耗戦なのは明らかだ。一分一秒毎に勝機はなくなり、生還の可能性も絶たれていく。

 何とかするにどうすればいいのか。どうにかするには何をすればいいのか。

 一番答えが欲しい問いに限って何の解答も得ることができず、自らの尾を咥える蛇のようにいつまでも廻り続ける。

 そしてもう一つ脳の中で廻り続ける、錆びついた音を鳴らしながら回転していたメリーゴーランドが、軋んだ音をたてて止まる気配を意識すまでもなく感じ取る。

 その回転の終わりとともにやってくるものが何なのか、うんざりするほどに分かりきっていたが、何故か受け入れるという決断に違和感はなく、それ以外の選択肢は考えることすらなかった。

 次こそはやってみせる。

 楽観でも自棄でもなく、ただ明確な決意と意志のみを漲らせ、の到来を牙と爪を研ぎ澄まし、手ぐすねを引いて待ちわびる。

 たとえ幾度となく同じ解答誤答に辿り着こうと、絶対の時間制限があろうとも、間違っているという自分自信の確信が何度でも正しい解答正解へと歩を進ませる。

 ”諦め”という概念が存在しない。

 心は限りなく脆弱だが、折れたことは一度たりとも存在しない。

 それがフェルメルス・ジェルルド・ローゼンクロイツの最大の利点であり、錬金術師として最高の資質の一つだった。

 そして都合二百三十二回目となるの訪れを、あますところなく脳に刻んだ二百三十一回の《トライアル アンド エラー》試行錯誤の経験をもって怯むことも臆することもなく対峙する。


 ”どうしてこんなことになってるんだっけ”


 死ぬまで繰り返される呪いのようなその言葉を”あんなのどうってことなかったね”とただの過去へと変えるために。

 この地獄を覆し、必ず三人揃って生還するために。

 また三人で笑い合うとき、”そういえば”程度のいつも通りの記憶の一つにするために。

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