僕の中に関西人のおっさんが住んでいる
睦月椋
第1話 おっさんが出現した朝
「アガガッ!」
それはある日曜日の朝、いつもより少し早い目覚めと共に、それは突然始まっていた。
「アガガガガッ!」
まるで顎が外れそうになり、何とも言い難い声にならぬ声を発する。否、これは外れそうではない。外れたのだ。朝、現在の時刻は……。
などと、そんな悠長な時間など全くない今この状況。渾身の力を込めて、僕は自分の顎に向けて掌底を繰り出した。
「んがんん!」喉を鳴らした。
その瞬間、僕の顎は定位置と少しずれた位置に収まり、横から見れば三日月顔だろうものが出来上がった。
【おいおい! そらっ痛いやろ!】
僕の頭の中に突然、おっさんらしき関西弁の声。
その声は、自分が言った声にも思えたが、全く違うおそらく50代であろうおっさんの声。僕は、まだ大学生で声に張りがあるのに、この声は、明らかに嗄れたおっさんの声だった。
その上、僕が思ったのならば、『あぁ! 痛い! 痛いよ!』と標準語タイプ。だが、この声は、関西弁なのだ。
これが、僕と名もなき声関西人のおっさんとの出会いの時だった。誰かわからぬ、名もなき声。しかも関西人のおっさんだ。
三日月型の飛び出した顎をもう一発、掌底を自分の顎に食らわし、僕は再び喉を鳴らした。
「んがんん!」
何とか元の位置に戻った顎だったが、僕の中の疑問は拭えない。早速スマホで《頭の中の声》とググった。すると出てくる言葉には病名がつき、色んな情報が一気に現れる。ほとんどそれは現代では珍しくもないストレス社会と重なる病名がつけられていた。
自律神経失調症、統合失調症、パニック障害、PTSD、心的害ストレス障害など……。全てが心身的病名がつくなんとやら……。訳が分からず、僕は怖くなり検索するのを辞めた。病気なのか?その瞬間……。
【ちゃうってぇ! お前病気ちゃうで?】
又だ!思わず耳を塞いだが、その声は続けて僕に投げかける。
【これからは俺がお前を導くで?】
「ひいいいいいいいいー!!」
今度は本当に声を挙げた。隣の部屋にいた3歳離れた妹の彩(さやか)が僕の部屋に飛び込んでくる。
「何?お兄ちゃん、また虫にビビったん?」
眠気まなこでトボけた声、頭を掻きながら、現れた彩は、落ち着いた様子で僕の顔を見た。
「何声張り上げてんの? 弱虫やなぁ? 朝からうっさいで?」
「ちがうって! ……頭の中で声がした!」
「ハァ? 大丈夫?ホンマお兄ちゃんって変わってるとこあったけどやぁ、ホンマ頭イワシたん?」
「だって、頭の中で関西弁がしたの!」
「あ?関西弁って、あたしら関西人やん!」
「そらそうだけど……」
「使いたくないのは、お兄ちゃんだけやろ?アホみたいに標準語で無理クリしゃべるんやから……。
「うぐぐぐっぐぅ」
「幾らお兄ちゃんの父親が東京の人やからって、いい加減慣れたら?」
「慣れてるし」
「慣れてへんって!母さんたち再婚したんて、何年も前やろ?」
「そうだ」
「大阪に住んで、もう5年やろ?関西人嫌いなんはエエけど、お兄ちゃんも関西人ちゃうん?」
「……」
「虫嫌い、弱虫お兄ちゃんにも飽き飽きやわ」
【お前の妹、なかなか可愛いやん!】
そう言われて僕は何も言い返すことが出来ない自分に腹立たしさを憶える。いや、頭の中の声だけではない。妹に対して、反論も出来ないのだ。それにしても頭の声が気になり、妹の彩に問いただしたところで、手を挙げ知らんぷりされるばかりだった。だから僕は日曜日でも、病院に行くべきか悩み、キッチンの換気扇の前でモクモクと煙を出しタバコを吸っている親父に相談を持ちかけることにした。
「あーん? 声?」
面倒くさそうに対応する父親。偶々だろうと僕の言葉にも耳を傾けずスポーツ新聞のエロ紙面に目をやる馬鹿親父。そんな親父に愛想をつかし、玄関先で愛犬の大吾に餌をやっているだろうと外に出ると、母親が近所の人と大吾の世話をしながら話していた。
「あら?今日は珍しい孝之。どうしたん?朝早くに」
「母さん、俺、病気か?」
そう促した近所の人と母親は、大笑いで切り返した。
【お前の母ちゃんも中々美人やん?】
『やめてくれ!』
母親に対する感情の違いが、自分の中で起こっていることで驚愕した。だが、近所のおばさんを見た瞬間、何かを感じるとることが出来た。だがそれは一瞬の出来事で何か分からずに僕は足元に違和感をおぼえた。
【ヤバイ! あかんで! 戦闘力が違いすぎる! 避けろ!】
言葉が頭を過る。気が遠くなり倒れそうなった。と言うよりも、その声の瞬間だ。青空が見えて、ドンッと大きな音と共に崩れ去り、目の前は真っ黒になった。
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