第31話邂逅、そして会敵の朝✗31

 私の脳髄はアーサの魅力溢れる言葉により一瞬で茹で上がり、すっかり魅了されている。

 その幸せのヴェルテクス状態を全力で維持し、私は無言のまま作業を再開した。

 アーサの滑らかで瑞々しい肉体の感触を夢想しながら、私の指は蜘蛛のように蠢き蛇のように這い回った。

 しかしそれでも、アーサの素肌には触れることが出来ない。

 憎い、私とアーサの間を隔て仲を割く、このスーツの存在が心底憎い。

 ことアーサを鑑賞する場合において、貴様が途轍もなく優秀で有能な仕事を果たしていることは認めないほど私も頑なではない。

 貴様をアーサが着用することで、その可愛らしさと愛らしさは私の脳内計算において十割増しとなっている。

 そして何より、普段は持ち前の元気の良さと闊達さの奥に隠されている鬼子。

 私が密かに目をつけ狙っていた垂涎もののエロティシズムを引き出し、遥かに向上させている現状を受け容れることもやぶさかではない。

 だが、こうして直に接触する機会があったならば話は別だ。

 いま現在の状況において、貴様はただの邪魔者だ。

 いや、いまの私にとっては敵であるとすら認識している。

 そう言っても過言ではない。

 貴様がっ! 貴様がいるからっ!

 私はアーサと直接触れ合い、睦み合うことが出来ないのだ。

 貴様に解るかっ! この無念と遺憾と口惜しさがっ!

 貴様さえっ! 貴様さえいなければっ!

 私はいま頃モザイク処理されたR-30の天国にいたはずなのにっ!

 やってくれたのう、やってくれた喃!

 貴様だけは、この、私が許さんっ!

 この恨み、いつか必ず晴らしてやるっ!

 そのときまで、覚悟を決めて首を洗ってまっていろ!

 などと私の的外れな八つ当たりの罵詈雑言は、とどまることを知らず脳内に響き続けた。

 そもそもこの理屈にもなっていない憂さ晴らし、前提からして間違っている。

 私の仕事はアーサのスーツに不備がないかを確認し、その点検をすること。

 だというのに、本来主役であるはずのスーツの存在を否定しては本末転倒である。

 げに恐ろしきは人間の怨念と執念。

 恨み辛み嫉みは、容易くひとの正常な思考を侵食してしまうのだ。

 などと自己分析に思考が一周したところで、とりあえずは自己完結。

 まだ心のなかにどす黒いもやが渦巻いているが、とりあえず無視。

 心中に流れる赤い涙が止まらないが、それもまた気にしない。

 いまは我慢だ、堪えろ私。

 私の描く桃源郷は、

 そのときまで、この身と心を清めることに努めよう。

 というわけで何とか強引に自分を納得させ、私の意識は作業に戻る。

 そんな一連の徒し事あだしごとに意識と思考が囚われていたあいだにも、私の手と職業意識は機械的に仕事を続けていたようだ。

 どうしてそんなことが解るのかといえば、これまでアーサの愛しい声がひとつも聞こえていないからだ。

 私がその気になっていれば、こんな静寂はありえない。

 そう思いつつ顔を上げると、アーサは手を頭の後ろで組んで余裕綽々の構えを見せていた。

 そしてなんということか、ご機嫌に鼻唄まで口ずさんでいるではないか。

 この私を目の前にしてその姿勢、流石はアーサと言うべきか。

 先ほどまで自分がどんな目にあっていたのか、頭のなかからすっかり抜け落ちているらしい。

 ちなみにこの所見は、決してアーサの記憶がザルだと言っている訳ではない。

 きっと、そう、間違いなく、持ち前の切り替えの良さと早さによって為しえた姿だろう。

「どったのー? キルッチー。なんかさっきまでと違って随分おとなしいね。全然くすぐったくもないし、へんな感じもしないよ。あっ、もしかして疲れちゃった?」

 ・・・・・・・・・などというふうに、まさしく上から目線の言葉が降ってくる。

 本人にはそんな意識や自覚などまったくないのだろうが。

 だがしかし、そんな姿を見せられて私が黙っていられるはずがない。

 クックックッ、いいだろう。アーサ。

 君のその挑戦、受けて立ってやろうではないか。

 その澄ました顔を、快楽と悦楽で歪ませてあげよう。

 その陽気な鼻唄を、淫靡な喘ぎ声に変えてあげよう。

 フフフ、待っていなさい。アーサ。

 すぐに君のこの私、キルエリッチャ・ブレイブレドがココロのスキマにお邪魔してあげるからね。

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