第4話邂逅、そして会敵の朝✗4

「おはよう斗雅とが! 我が愛しの妹よ。そして遅くなってすまな――」

 結局のところ、妙案なぞ何ひとつ浮かびはしなかった。

 もしかしたらと、一縷の望みを込めて死線を超える。

 だがそこでも、現状を覆す閃きが雷光のように奔ることなどありはしない。

 神の思し召しの如く、現在を好転させる天啓が降りてくるなどありえはしない。

 果たして、世界に見捨てられるとはこんな気分なのか。

 自分が磔にされる十字架を自分で運ぶ罪人よろしく、悲嘆と悲哀に暮れた気持ちに浸る。

 しかし、そんなことに時間を浪費している暇はない。

 何故なら、俺はまだ諦めていないからだ。

 くだんの名言のように、諦めたら試合終了なのではない。

 諦めることさえしなければ、

 その結果導き出された答えは、いつも通りに落ち着いた。

 いつも通りが最適なのだと、平穏かつ安全な解に辿り着いた。

 その帰結として発した言葉が、先の爽やか極まる朝の常識だった。

 定番の挨拶に月並な謝罪。

 これがいつもの通りなら、斗雅は確実に許してくれない。

 暴力、説教、論破の三羽烏が、徒党を組んで怒涛の勢いで押し寄せてくる。

 その三本柱が、いつも俺を責め立てる。

 しかしそこにこそ、我が愛しの妹の愛情があることを俺は識っている。

 それこそが我が愛しの妹、斗雅の愛情表現なのだと俺は解っている。

 だから俺はいつも歓喜と喜悦を伴って、甘んじて受けるのだ。

 我が愛しの妹がこの愚兄に向けくれる愛に、それ以上の愛をもって応えるのだ。

 だがしかし、今日は少々事情が違う。

 序盤の第一声はただのジャブ。

 そこから我が愛しの妹の緊張と警戒心を解きほぐし、軽快かつ軽妙なトークに繋げていく。

 そうして斗雅の怒りを徐々に氷解させ、朝食を食べるころにはお互い笑顔。

 そうして笑いながら「いただきます」とふたり揃って唱和する算段だ。

 うむ、何も問題はない。

 ただ懸念と不安の材料があげるとするなら、二点。

 まずひとつ目は、俺には怒り心頭の人間を鎮める会話力など、初めから持ち合わせていないこと。

 そしてふたつ目は、我が愛しの妹の怒りの程度が全く読めないことにある。

 声音とセリフから推し量るに、我が愛しの妹は結構なご立腹だが、まだ頂点を超えてはいないだろうと推察する。

 斗雅の黒瑠璃を櫛ったくしけずったような髪が逆立ち、金色に染まっているということはおそらくはないだろう。

 と、そのときは思っていた。

 だが、その判断が何よりも甘かった。

 先のセリフと共に扉を開け死線を超えたまさにその瞬間、我が愛しの妹は俺に飛びついてきた。

 もとい、飛びかかってきたのだから。

 

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