第3話邂逅、そして会敵の朝✗3

 さて、と。

 一息ついたことだし、そろそろ一呼吸入れて覚悟を決めなきゃならんときだな。

 俺はいま我が愛しの妹がいる居間と、それを隔てる扉の前、即ち我が家の廊下に立っている。

 この扉を開けたとき、俺の日常は一変する。

 まさしく土壇場。

 これこそ修羅場。

 そんな地獄番外地に、俺は一歩を踏み出さなればならない。

 なにゆえ我が家の憩いの場に足を踏み入れるのに、かような覚悟が必要なのか。

 どうして我が家のこんなところに、これほどの死線が引かれているのか。

 それは考えても詮無いことだ。

 何故なら、答えななど既に出ているのだから。

 全ては俺が悪い。

 故に我が愛しの妹が怒っている。

 ならば俺が罰を受けるのは必定。

 だからこそ、俺の肩に死神が手を載せている。

 うむ、これこそ一点の曇もない状況確認と現状認識。

 流れるように無駄のない起承転結。

 人生とは、常にかくありたいものだ。

 って、そんな訳があってたまるか。

 何が一点の曇りもない、だ。

 これからの惨状を考えれば、赤黒い斑に染まって俺の視界はレッドアウト大確定。

 どこが流れるように無駄がない、だ。

 流れるのは俺の血ばかりで、体は合理性の欠片もない造形にこね回されることに大決定。

 これじゃあ色が見えるだけまだマシな、お先真っ暗もいいところだ。

 そこで俺は窓の外へと視線を移す。

 ああ、なんて清々しく晴れ渡った青空だろう。

 耳を澄ませば、微かに小鳥のさえずりが耳に届いてくる。

 一日の始まりを告げる朝としては、申し分のない輝きだ。

 そして、死ぬには絶好の日和だった。

「むくにぃ、降りてきたなら早くなかに入ってきて。朝ごはんが冷めちゃうよ。わたし冷たいごはんなんて食べたくないよ。もしそんなこととになったら電子レンジじゃなくて、むくにぃを使ってごはんを温め直す方法を発明して開発しちゃうからねー」

 我が愛しの妹よ、せめて提案する程度に留めておいてはくれまいか。

 もちろん俺はお前のためなら、自分に出来得る全てを行う。

 だが同時に、自分には限界があることも業腹ながら知っている。

 身の程は、弁えている。

 いまの俺では、お前の望みを叶えてやれない。

 しかし己を犠牲にすることでその願いが叶うなら、俺はこの身を捧げることに些かの躊躇もない。

 それで我が愛しの妹が、食卓に新たな革命を起こした寵児としてもてはやさられるなら、そこに一体何の迷いがあろうか。

 ただひとつ口惜しいのは、俺はそのときその姿を見ることが出来ないだろうということ。

 その時の俺は、きっと人間として正しい姿をしてはいないだろうから。

 だがそんな些事はどうでもいいこと。

 ただ唯一の心残りは、我が愛しの妹の晴れ姿をこの目に焼き付けることが出来ないことのみ。

「むくにぃ、早くしてよ。わたしは我慢の出来る子だけど、それにも限度という限界があることくらいむくにぃなら知ってるでしょ」

 ああ、そうだったな。我が愛しの妹よ。

 俺に限界があるように、我が愛しの妹にも限度というものがあるのだったな。

 いや、どんなことにも程度があり、そこには限界と限度があるのだろう。

 それでも我が愛しの妹の行動を目の当たりにすると、毎回ついついそれが頭と心から吹き飛んでいってしまう。

 あれでも己を律しているというのだから、流石は我が愛しの妹、本当に大したものだ。

 もしも我が愛しの妹が本気の本気、百パーセント中の百パーセントの力を発揮したら果たしてどうなるのか。

 それはこの世界が終わる日にでも、ゆっくりと拝んでいみたいものだ。

「むくにぃ~! ねえ、聞いてる~! わたしもうそろそろ、というかもう駄目もう無理もう限界! いまから三つ数えるうちに入ってこなかったら、わたしの我慢は臨界突破します! それじゃまずはい~ち・・・・・・・・・」

「待て待て待て。我が愛しの妹よ。いますぐいくからそこまでだ」

 こんなところで、こんな素晴らしい朝を終わらせるのは勿体ない。

 そして世界の滅びを回避するには如何なる言葉が適切か。

 定番の挨拶に付け加えるオプションを考えながら、俺は居間への扉に手をかける。

 そして何も浮かばないまま出たとこ勝負を腹に決め、我が愛しの妹が待つ地獄へと死線を超えて一歩を踏み出した。

 

 

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