第123話あんた、やっとヤル気になってくれたのかい(そんなに喜ばないでくださいよ)

 さて、どうしよう。

 どうする、どうでる、どうなる、わたし。

 どうしようっていっても、それはこの状況をどうしようって意味じゃない。

 たとえばあの怪物を、どうにかしちゃおうなんて意味じゃ全然ない。

 わたしが選んだみちはただひとつ。

 一目散に、逃げるだけだ。

 肉食獣に見つかったうさぎみたいに、ただひたすら逃げるだけだ。

 言われなくてもスタコラサッサだよ。

 そのためにわたしはどうすればいいのか。

 そうするにはわたしはどうでればいいのか。

 そうしたらわたしはどうなるのか。

 そんなことばかりが、わたしの頭のなかをグルグル回る。

 わたしの前はあの怪物にふさがれている。

 いまわたしたちのいる道は両側を壁に囲まれている一本道だ。

 それじゃあ回れ右して後ろに逃げる?

 あの怪物に、背中を見せて?

 冗談じゃない。

 そんな恐ろしくて怖いこと、絶対にやりたくない。

 じゃあ、どうすればいいのか。

 ここでわたしは最初に戻る。

 さっきからこのくりかえしだ。

 どうにかしなくちゃいけないのに、どうしたらいいのかわからないこのお腹の奥がムズムズした感じ。

 初めて声をかけらてから感じている、背中が焼けるようにヒリヒリした緊張と恐怖。

 一分一秒でも早く、この感覚、あの怪物から逃げ出したい。

 いまのわたしに、余裕なんて一切合切なにもない。

 そこで前を向いて見てみれば、相手は余裕のかたまりだった。

 それなのにあの怪物は、わたしを見て舌なめずりなんてしない。

 ただ牙を剥いて、わたしを正面から見ているだけだ。

 でもだからこそ、スキがない。

 さっき持っていた缶をゴミ箱に投げ捨てたことで、両手が空になっている。

 わたしに向かってつきだされた右拳は相変わらず。

 かわりに空になった左手が、軽く広げられている。

 まるで、どこからでもこいというふうに。

 そんなの、いけるわけないじゃないか。

 でも、わたしの道はひとつしかない。

 この状況から逃げるための道は一本しかない。

 それは、最初からわかってた。

 ただ、あまりにおっかなくって足がすくんでいただけだ。

 えぇーい、もう考えるのはやめた。

 そもそもわたしは、ものを考えるようにはできてないじゃないか。

 最初から道が一本しかないのなら、その一本に、決めるまで。

 女は度胸って言うしね。

 いよっし、覚悟完了!

 当方に逃走の用意あり!

 その度胸と覚悟を実行にうつす前に、ひとつミドリに確認しておく。

「ねえミドリ。いまさらだけどあの怪物とわたし、どっちが強い?」

「それは現時点においては圧倒的に切ることのできない鋏シュトゥンプフ シェーレだね」

 わたしがそう訊くと、ミドリはよどみなく即答した。

「魔法少女の素質してはキミのほうが上質だ。能力的にもあの怪物を上回る部分があるかもしれない。だがある一点だけにおいて、現状のキミでは絶対に手の届かない高みにあの怪物はたっている」

「それって、なに?」

 わたしは恐る恐るミドリに訊いてみる。

 ホントは答えを聞きたくなかったけれど、ここが生と死の分かれ目だと、わたしの本能が言っていた。

「それは経験、だよ。あの怪物が生き残り続ける度に積み上げてきた、それ故に他の魔法少女を寄せ付けない、圧倒的な戦闘経験値だよ」

「それは、まいったなあ」

 まったくもって、ホントにまいった。

 でもそれなら、あの余裕にもなっとくできる。

 けどそれこそが、いまからのわたしにとって一番の障害。

 昔誰かが言っていた。

 修羅場において、自分が体験し積み重ねてきた経験なんだって。

 それでも、わたしにはこれしかない。

 だからわたしはこう言うのだ。

「わかりました。それじゃあ一発、ヤりましょう」

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