第64話わたし、魔法少女になりました そににじゅういち(初まりはわたしたちの意志で始めましょう)

 とか何とか言っても思っても、わたしに緑の目を責める気持ちはこれっぽっちもありはしない。

 たしかに他のひとから同じことをされたなら、かなり不愉快でイラッとする。

 ひとが名前を言うより先に、わたしの名前を訊かれれたら。

 理由も理屈も全部一足飛びに飛び越えて、直感的に嫌だと思う。

 何よりもわたしの勘が、気持ち悪いと感じるだろう。

 それはきっと、自分がひとであることの証明のひとつだからだ。

 自分が関わっているが、ひとであることのひとつの保証になるからだ。

 それがができることこそが、ひとがひとと交流するための最低条件になるからだろう。

 よくわからなかったり面倒だなと思うような礼儀やマナーにも、それなりにちゃんとした裏づけはあるんだなあ。

 などとわたしは勝手に思って好きなように解釈して自由に納得する。

 ホントにそれがいろいろな礼儀やらマナーやらをつくりだした大人の考えと合ってるかどうかは、どうでもいいや。

 ただ単にやっぱり挨拶と自己紹介は大切で、そこには守らなきゃいけないルールがあるんだなと思うだけだ。

 まあ思ってるだけで、

 だけどわたしにそれを訊いたのは他でも何でも誰でもない、わたしのパートナー相棒であるあんただ。

 だったらこんなこと、それこそ今さらだ。

 今さらこんなことで、イラッとしないし不愉快だとも嫌だとも思わない。

 何より気持ち悪いと感じることもない。

 それは最初から、この緑の目と出会ったときからそうだった。

 だからさっきの言葉も冗談半分のからかい半分、本気で言ったわけじゃない。

 言われたほうの緑の目も、いつもみたいに飄々としてるに違いない。

 そしていけしゃあしゃあと「キミでもそれくらいの礼儀礼節は心得ているんだね。良かったよ、試しに確認しておいて」とか何とか言ってくるんだろうな。

 なんて思って見てみれば。

 目の前に、丸い物体が浮いていた。

 えーとこれって、あんただよね?

 多分手とか足とかしっぽとかに見えてたものを、パズルみたいに全部折りこんで折りたたんでるんだろう。

 いったいどういう関節してるんだろ。

 見た目はほとんどまん丸の、蹴ったらそれはそれはよく飛んでいきそうなボールにしか見えない。

 けどこんな反応は完全に予想外だ。

 というかなんでそんな格好に?

 いろいろ訊きたいことはあるけどとりあえず。

「ねえ、何してるの?」

 わからないことは訊くのが一番だ。

 訊かれたことを答える前に訊いちゃったけど、この場合礼儀やマナー的にはどうなんだろうか。

 だとしても、これはしょうがないよね。

「何をしているか、と訊かれたなら反省していると答えるのがこの場合の返答としては妥当だろうね」

 うわ、目の前のボールから声がする。

 しゃべってると思えないものから声が聞こえるのって、何か気持ち悪い。

 それも反省なんていう、この緑の目にはかなり似合わない言葉が聞こえてくるなんて。

 これって空耳じゃないよね?

「はあ、反省ね。それでそんな丸くなってるの?」

 それならせめて肩に手をおくくらでよかったんじゃないの。

「それだけじゃないけど、確かにそうだね。これは俗にいう、キミの顔を見ることができないという状態だよ。ひとに名前を尋ねるときはまずは自分から名乗る。そんなひととしての基本姿勢を、ひととの関係構築の基礎手順を疎かにしてしまったことと、何よりそれをキミに指摘されてしまったこと。それに対する反省とそれ以上のボクの羞恥が結実し、形となって現れた結果が今のこの姿だと認識してくれて相違ないよ」

 、かたちは変わっても中身はおんなじだね。

わたしにはただのボールにしか見えないいまのあんたを蹴飛ばさない理由は、壁に穴が開くからだけだということをしっかり認識するんだね。

「別にさっきのは本気で言ったわけじゃないんだから、反省なんてしなくていいよ。むしろそんな深刻そうな反応されたらこっちのほうが困っちゃうよ」

 無性に蹴ってみたくなっちゃうから。

「キミのその気遣いには感謝を抱かずにはいられない、本当にありがとう。だけどボクが自分の名前を名乗らなかった、名乗れなかった理由を聞いても、キミは変わらず言葉をかけてくれるかい?」

 何を言ってるんだこいつは。

 それはいまになって言うような言葉じゃないだろうに。

「今さら何言ってるのさ。あんまりわたしを。丁度いいから言っておくけど、。お母さんでもなければあんたでもない。わたしをかえるのは、かえていくのは、かえていいのはこの世界でもどの世界でもわたしだけなんだかね。だからそんな、さっさと言いたいこと言えばいいよ。わたしだってあんたの名前、知りたいんだからさ。それともわたしのこと、信じてないの?」

 ちょっとずるい言い方だけど、これはわたしのホントの想い。

 伝えたいと思って、伝わると信じるわたし言葉だった。

「違う、そんなことあるわけない。でも……そうだね、キミのその優しさと強さには、本当に敬意を表さずにはいられない。だからキミが、ボクも包み隠さず本当のことを話そう。ボクが自分の名前を今迄キミに言えなかった理由は、……恥ずかしかったからなんだ」

 あ、名前を教えてくれるんじゃないんだ。

 ていうか恥ずかしいから!?

「ああ、その顔は信じてないね?」

「まさか、信じるよ。ただあんたの口からそんな言葉がでてきたことが信じられなかっただけだよ」

 だってその理由は、あんたに一番似合わない言葉だって思っちゃったから。

「でも自分の名前が恥ずかしいって、もしかして、あんた自分の名前が嫌いなの?」

 わたしは自分の名前、好きだけどな。

 

真逆まさか。ボクは自分の名前に誇りを持っているし、これ以上にボク自身を表した名前はないと断言できる。だけどそれとは全く異なる別の感情で、恥ずかしさを覚えてしまうことも事実だ。

 はあ、それならいいけど。

「でも教えてくれるんでしょ? それとも教えたくないくらかわった名前なの? わたしはどんなヘンな名前でも笑ったりなんてしないよ」

「それは勿論キミに伝えるよ。それに特段変わった名前ってわけでもないよ。ただキミの名前を先に訊いてしまったことに関しては……」

「だからそれはもういいよ。初めから怒ってなんてないんだから。それでもあんたが気になるっていうんなら、わたしが許すよ。ぜーんぶまとめて許します。だからこの話はこれでお終い。おっけー?」

「本当は良くないことだけど、今だけはキミの言葉に甘えさせてもらおう。うん、おっけーだよ」

 よし、よし。それでいいぞ。

「これでやっと話が戻ってきたよ。それじゃあ訊かれたのはわたしだから、わたしからするね、大切なことなんだからやらなくちゃね」

 そしてはやく終わらせて寝たいです。

「その意見にはボクも全く同感だ。それにキミがそう言うなら、いや、キミがそう言ってくれるなら、もう一度キミにお願いしよう。ボクに、キミの名前を教えてくれないかい?」

 ここから始める、最後まで残ってしまった、最初に終わらせるべきだったこと。

「うん、いいよ。じゃあ何かヘンだけど、初めまして。わたしの名前は満映他こいしみちばたこいし。十才の小学四年生。好きなものはわたしの好きなもの全部。嫌いなものはわたしの嫌いなもの全部。今日魔法少女になったばかりで、今日から魔法少女をやっていく、あんたのパートナーだよ。だからってわけじゃないけど、たとえそうじゃなくっても、、よろしくね」

「こちらこそよろしくね。そして初めまして、。ボクは個体番号十一番目の六十九、識別名称は灯らない街灯No Answerだよ。ボクの持てる全てはものはキミのためにあると誓う。ボクに出来る全てことをキミのために使うと盟う。そして何があってもどんなことになっても、ボクはキミと一緒にいると約束する。そのための、ずっと続いていくことを、ボクは心から願っているよ」

 このとき緑色をした十字の目が、いったい願ったのか、それはわたしにはわからない。

 それはこの世界の彼女なのかもしれないし、他のなにかかもしれない。

 それでもひとつだけわかるのは、きっと間違いなく願ったのだろうということだけ。

 そしてここが、最初から終りなんてなく、最後まで続き続ける、これからの始まり。

 そんななかでもずっと残り続けた大事な欠片。

 ふたりで繋いでふたりで紡いだ、これが初めの始まりだった。

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