第62話わたし、魔法少女になりました そのじゅうきゅう(わたしの意志ではもう寝る気満々なんですが)
苦しい、暗い、息ができてない。
ハッと我に返って気がついて、真っ先にその三つの言葉がわたしの頭を駆け抜ける。
何か中途半端に分厚い布が、顔に押しつけられてるような感覚。
すわっ、まさかこれが噂に聞く拉致誘拐というものかなんて思ったのも一瞬だけ。
そう思うとほぼ同時に、わたしなんかをさらってどうするんだというごく簡単な理屈に否定される。
だったらそんな変に物好きなひとは、どこにもいはしないだろう。
そもそもわたしは家の中にいたはずだ。
戸締まりだってちゃんとした。
ならそこまで妙に気合いのはいったひとも、ひとりもいはしないだろう。
そんなふうに否定に否定を積み重ねて、いま自分がどうなってるかを把握していく。
別にむなしくなんかないもんね。
だって実際そうなんだもん。
自分のことをわたしが選んでわたしが決めるのは当然のことだけど。
他のひとがわたしを選ばないでわたしに決めてくれないことも当前だった。
そんなことより何より、ついさっきまでわたしはいったい何をしてたんだったっけ?
とようやくそこまで思いがいたって全部思い出したとき、自分がどうなってるのか理解できた。
「プハーッ、死ぬかと思った!」
理解できた瞬間、わたしはガバっとお布団から顔と身体をまとめて起こす。
そうして思いっきり新鮮な空気を肺に送りこむ。
ああ、危なかった。
どうやらわたしは緑の目と話しながらお布団を引っ張りだしてる途中で寝てしまったらしい。
そのまま顔面からお布団にダイブして。
うちのお布団は固いから、顔がめりこんだら張り付いたみたいになっちゃったんだ。
それにしても、うつ伏せで寝ると死ぬかもしれないってホントだったんだ。
まさか身をもって知る羽目になる日がくるとは思いもしなかった。
その惜しくもわたしを殺しかけたお布団は、しがみついていたわたしごと押入れからずり落ちてしまっている。
時計を見れば、眠っていたのはほんの少しだけだったみたいだ。
そのほんの少し寝ていたあいだに、どうしようもなく
なぜかうっすらお母さんのことがこころに残ってるけど、なんか関係あるのかな。
まあいいや、どうせお花畑の向こうから手をふってたとかそんなんでしょ。
お母さんがわたしにそんなことをしてくれたことは、生きてたときには一度もないけど。
それでもこんなことは、そういうことにしておいたほうがきっといい。
死んだひとが夢のなかにでてくるなんて、
そもそもわたしは夢を見ないから、そんなことあるわけないけど。
それでももしお母さんが、夢のなかで死んでても現実に生きててもわたしに手をふってくれたなら。
わたしはその手に、どんなふうにして応えていたんだろう。
「睡眠はとても重要なものだから、キミが話している途中で眠ってしまったことについてボクは何も言わないよ。ただより快適な睡眠を取るために、寝相についてはもう少し配慮した方が良いとは思うけどね。それともその潰れた蛙みたいな格好が、睡眠時におけるキミの基本的な姿勢なのかな?」
そんな
まるでこころにこびりついているものを、全部払いさっていくように。
「そんなわけあってたまるか。それより見てたんなら起こしてくれてもいいじゃない。危うくおやすみも言わないまま、二度とおはようを言えなくなるところだったじゃない」
そのすっきりと軽くなったこころで、わたしはいつも通りに文句だけを言葉で返す。
わたしのこころをキレイにしてくれたことは、ありがとうを言葉にしない。
言わなくても伝わるなんて思っているわけじゃなく、
こんなのでも、わたしの信じるパートナーなんだから。
ただ感謝の気持ちを持つことだけは、決して忘れることはない。
「そうなんだ。ボクはてっきり睡眠時でも何らかの信仰心を形にして示しているから邪魔しちゃいけないんだと思ったよ。それに
……これでも一応、感謝の気持ちだけは忘れないようにしよう。
「あんなの一回やれば十分だよ。一回やって結果がでたのに二回も三回もやることないでしょ。もうホントに眠いんだから邪魔しないでよ」
「だからボクは何も邪魔なんてしてないよ」
そうだったね。あんたは邪魔も何もしなで見てただけだもんね。
「でも一刻も早く睡眠を取るというのは賛成だ。そのためにも迅速に、キミのせいで乱れた布団をきちんとしかないとね」
「言われ、なくても、スタコラサッサだよ、っと」
もう眠いうえに面倒くさくなってきたわたしは、半分布団を蹴るようにして床に広げて敷いていく。
「それはあまり行儀がいいとはいえない行為なんじゃないかと、ボクは注意せざるをえないよ」
何もしないで見てるだけなら、何も言わないで見ていてよ。
「今日だけは勘弁してよ。あしたからはちゃんとやるからさ」
「それはいつまでたっても何もしないひとが言うことだね。キミの言う明日とやらはいつ来るんだい?」
「そんなの寝て起きたら勝手にきてるよ。わたしが何もしなくたってさ。それに
言いながら枕だけはちゃんと両手で持って、お布団の頭の位置に置く。
よし、これで準備できた。
これでやっと寝られる。
「それじゃあおやす……」
「
言いながらお布団のなかにもぐりこもうとしていたわたしを、緑色の言葉が縫いとめる。
どれだけ眠くて疲れていても、その言葉の意味を、そう訊かれたことの意味を訊き返すことはしなかった。
「ホントに思ってるよ。
「待って。まだ最後にひとつだけ、どうしてもやらないといけないことがあるんだ」
「ぐー」
「寝たふりは駄目だよ」
「なに、まだなんかあるの? お風呂に入ってごはんも食べて話も聞いたし訊いて応えて訊かれて答えたのにこれ以上なにがあるっていうの?」
口にだして言わないけど、これ、二度目だからね。
仏の顔も三度までって言うけどわたしは仏さんじゃないんだから。
なんといってもまだ生きてるんだから。
ちゃんとかどうかはわかんないけど。
「うん。明日になる前にどうしてもやっておかないといけないことなんだ。本当は今日を始めるために一番最初にやるべきことで最も大切なことだったのに、全てが終わってしまったあとの一番最後になってしまった。御免ね、こんなときになってしまって」
「だから別に謝らくたっていいってば」
わたしはもそもそとお布団から這いでながらそう答える。
一度入ったお布団からでるのはかなりしんどい。
「で、なに?」
それでもなんとか起き上がり、正座して向かい合う。
これからのやり取りにはこの姿勢が一番いいと、何となくそう思ったから。
「ありがとう、ちゃんと向き合ってくれて。それじゃあ最後になってしまったけれどまずは訊かせてもらうね、本来なら最初にやるべきだったことだった、一番初めに訊くべきことだったことを」
「だから、それってなあに?」
これも言わないけど、二度目だからね。
「ボクに、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます