第12話:やっぱりモヤモヤする元カノ
部屋のドアに手を伸ばした時、私が開けるよりも早くそのドアは開いた。
「あれ? ゆありん、どこいったか心配してたんだよ。遅かったし」
「ごめんごめん。実は道に迷っちゃって。桐乃はどこいくの」
「しっこ行ってくるよ!」
「しっこって……」
桐乃は頭に疑問符を浮かべる。私の反応にわからないといった様子だ。
「まぁ、いいや。行ってらっしゃい」
「い〜っぱい出してくる〜」
桐乃は元気よくトイレへと向かっていった。
そして先ほど座っていた席に座る。
先ほどの彼との件を思い出してからか、少しだけ居心地を悪く感じるようになってしまった。
なんか気分も盛り下がっちゃった。
氷が溶けて薄くなったオレンジジュースをストローでちゅーっと飲みながら、スマホを開いて時間を眺める。
もうすぐ18時を迎えようとしている。
高校生にとっては、18時なんてまだまだこれからの時間かもしれない。だけど私の中では、早く帰りたい気持ちが大きくなっていた。
「はぁ」
今までもこんなことなんていくらでもあった。
ギャルという性質上、付き合いがある人間はほとんど陽キャ。大体の人間は隠キャと呼ばれる人間を好いてはいないし、むしろバカにしている場面に何度も出会していた。
その度に私は愛想笑いをし、曖昧にはぐらかし、嫌な事実から逃げていた。
正直に言えば、自分だって同じだ。
第一印象。初めて変わってしまった彼を見た時、嫌悪感を抱いた。
残念ながら、全ての人間に優しくできるほどできた人間じゃない。彼と別れてからちょっとしたトラブルもあり、そういったタイプの人間が苦手になってしまった。どうしても避けるようになった。
それと昔の自分に戻るのが怖かった。だからそんな中途半端な反応しかできなかった。
それがどうだ。彼がそういう風に見られているとわかった途端、不満を出して。
いつか化けの皮が剥がれて、私という矮小な人間がみんなの前に晒されて。そうなってしまうような気がして。怖い。
「私ってこんなにイヤなヤツだったんだ」
そう小さくこぼした。
「どうしたの? つまらない?」
「え? あ、いや……ちょっと疲れちゃって」
「ふふ。わかるよ。私もちょっと騒ぎ疲れちゃった」
少しセンチな気分に浸っていると入江さんが私の横に腰を下ろした。
「さっきのこと気にしてるの?」
「……ちょっとだけ。入江さんはクラスの賑やかな人にも静かな人にもどちらにも変わらず接しているよね」
「うん」
「それって、疲れない?」
どちらが一方に好かれようと思えば、どちらか一方に嫌われる。
だからどちらかに合わせる。それが一般的な人の考え方だと思う。
「全然。私はどちらも同じ人間だと思って接してるよ」
……神か何かかこの子は。
なんか色々、言葉が飛躍しすぎていて彼女の真意がイマイチ掴めない。
「人ってそれぞれ主義主張があるしね。明るい子も暗い子も。それぞれ自分の中に思っていることってあると思うの。だからどちらか一方を悪と決めつけることなんて私はできないな」
聖母だ。やっぱりこの子は聖母だった。ここにいました、マリア様。
「私、先生になりたいから」
こんないい子があの担任の元で大丈夫なのかと心配になった。
そうして私は少しだけ気持ちが楽になり、彼女としばらく話に花を咲かせた。
「あれ? そういえば桐乃ちゃん遅いね」
「あ、お手洗い行くって言ってたけど……それにしては遅いかも」
「私見てこようかな」
「あ、いいよ。私が行ってくる」
私は祈里の返事を聞かずにまた、桐乃を探しにいくために部屋を出た。
再び、トイレへ行く道中。話し声が聞こえてきた。
「こんなところで働いてるなんて思ってなかった〜。ちゃんとバイトして偉いんだね」
「ちょっと、紀坂さん。ホント、メガネ返して」
「ええ〜、いいじゃん。ど? 似合う? 桐乃もこれでインテリっしょ?」
「いや、紀坂さん全然似合わないね。いや、インテリっていうより、形から入っただけで全く勉強ができない人みたい」
「ああ! それ正解かも!! ってそれバカにしてない? ギャル嫌いだからっていかんぞ!」
「そういうわけでは」
思わず隠れてしまった。
なんで桐乃と綾人くんが? というか、完璧にバレてるじゃん。
私だけがわかると思っていたのに……。
「このこの〜! 正直に言っちゃいな〜?」
「ちょ、やめて」
二人は楽しそうにふざけあっている。というか桐乃が一方的にうざがらみをしていた。
「ん? あれ? 綾辻、ちょっと待って」
「なに──ってちょっ!?」
わちゃわちゃしているうちに桐乃が彼の顔を覗き込んだ。
「ええーー!! 髪あげた方がカッコいいじゃん!!」
「紀坂さん!?」
桐乃はいつかの私と同じように彼の前髪をたくし上げた。
「絶対そっちの方がいいと桐乃は思うけどな〜」
「いやいや、お世辞はいいから。それに前髪はあげたくないから。返して」
「あっメガネ……。ああ〜残念。もうちょっとマッチョで黒かったら桐乃好みなのに〜」
メガネを奪われ、彼の髪型が元に戻り、また目元が隠れる。
それを残念そうに見つめる桐乃。
というか、そこでも黒くてマッチョを求めるのね……。
あれ? でも、それ以外はタイプってこと? なにそれ、モヤる。
「ねぇねぇ、せっかくだし、みんなの前にさっきの髪の毛あげた状態で行こうよ。きっと大好評だと思うよ」
まずい、と思った。
私は気がつけば、そこに飛び出して桐乃の手を引っ張っていた。
「あ、あれ? ゆありん?」
「桐乃、みんな待ってるから行くよ」
「あれれ〜?」
そしてそのまま、桐乃を連れて部屋の前まで戻った。
「どうしたのさ、ゆありん」
「い、いや、みんな呼んでたから」
「そうなの?」
「それより、彼……綾辻がいたことはみんなには内緒ね」
「ええ〜どうしてさ」
「どうしても!」
「は〜い」
桐乃は力なく返事をした後、扉の前で止まった。
「桐乃?」
「ねぇ。綾辻って意外にいいヤツだね! 黒いマッチョが一番だけど、綾辻も悪くないかも!」
そう言って、部屋に元気よく入っていった。
一体なんなの……。
今度は別のモヤモヤが私の中に残った。
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