第13話:挑発する元カノ

 結亜の歓迎会の日。

 俺はいつものバイト先のカラオケ店で勤しんでいた。


 結亜の歓迎会がある、とクラス委員である入江さんに声をかけられたが丁重にお断りした。

 第一にバイトが入っていたというのもあるし、俺みたいなやつが参加したところで喜ぶやつなんていないとわかっていたからだ。

 星矢や入江さんは除く。


 それでも驚いたことに歓迎会がまさかの俺のバイト先だった。駅前から少し離れた場所にあるカラオケ店。駅前にも大型のカラオケ店が構えており、大体の客はそちらに流れていくのでこの店は、閑古鳥が鳴いている。

 それゆえ、仕事もそこまで多くないのでここにした。のだが……。なぜかこの日に限ってはクラスの連中が来ていた。


 おそらく人数が多すぎたのであちらでは貸切が使えなかったのだろうと予想した。


 そして俺は、クラスの連中が使うパーティルームにオーダーを運ぶまでその事実に気がつかなかった。

 幸いバレることはなかった。存在感を最強に薄くしていたから。

 いや……一人、じゃないな。二人にバレた。


 一人は結亜で、もう一人は紀坂。

 結亜はともかく、まさか紀坂にまでバレるとは。

 しかもそれだけじゃなくて、メガネを奪われる始末。


 なんであんなことになったか。俺はあの日の出来事を思い出した。


 ***


「おお。お姉ちゃん、一人〜? よかったら一緒に歌わないかい〜?」

「ええ!? おじさん。酒くさっ!! まだ六時前だよ!? 早くない!?」

「バッキャロー! こんな時は飲まずにやってられるかってんだ!」

「え、知らないけど」

「いいから一緒に飲もうよ〜?」

「目的変わってない?」


 全力で酔っ払いに絡まれている紀坂さんを発見した。


「おじさんの横座ってるだけでいいからさ。ほら、どうせやってんでしょ? お金払ったらさぁ……」

「お金は欲しいけどおじさんタイプじゃないし、桐乃は興味ないなぁ。パスだね」

「あんだとぅ!?」


 絡まれている当の本人はといういとのらりくらりとおじさんからのセクハラなどを躱している。本人は全く意識してないんだろうけど、おじさんをついに逆上させてしまった。


「いいからこっちへこいっ!」

「ちょ、おじさん! 手汗ベタベタ!」


 俺は紀坂が手を掴まれたタイミングで俺は飛び出した。


「お客様。そういう行為は困ります」

「なんだぁ、てめぇ!」


 俺はおじさんの腕を掴み、紀坂から離させる。


「迷惑行為に当たりますのでこれ以上何かある場合は、警察に連絡させていただきます」

「いででで!? け、警察? そんな大袈裟な……」

「大人しくお戻りになられるなら何も致しません」

「わ、わかったよぉ〜」


 おじさんはすぐに逃げていった。

 そしてそこに残されたのは俺と紀坂。


「大丈夫でしたか?」


 裏声で話してみる。


「あれ? 綾辻じゃん?」

「チガウヨ」


 ***


 こうして、俺は紀坂にあのカラオケ店でバイトしていることがバレることとなった。

 あんなことがあったからか、今日も朝、紀坂には元気よく挨拶された。

 それと同時に結亜には睨まれた。


「なんなんだ、一体……」

「何が?」

「いや、なんでもない……」


 授業の合間、星矢と俺はトイレから戻ってくるところだった。

 今朝も結亜は顔を合わせるなり、睨み付けてくる。

 また、何かをやらかしたかと思ったが思い当たらない。まだ、あの件を引きずってるのか? 結亜の勝負下着事件。


「それにしても夢野さん美人だよなー」

「なんだよ、お前まで。彼女いるだろ?」

「それとはまた別。彼女いても美人は目の保養になるだろ?」

「あんなギャルどこがいいんだか。化粧で誤魔化しているだけだろ」

「今時の女子は化粧くらい普通だろ。それに夢野さんはスッピンでもきっと美人だと思うけどな。それにギャルだけあってコミュ力も高いし、田中とかとはもう仲良くなってるしな」

「……そうなの?」


 歓迎会をしていたくらいだからそうか。クラスの連中ともだいぶ打ち解けているみたいだ。

 田中とか、所謂、陽キャラでチャラチャラとしているやつは、俺にとっては苦手な相手だ。

 田中はこのクラスの中心。人気者。イケメンな方だとは思うが、人をいじって笑いを取るタイプなので、俺はやっぱり苦手。それと女子からも評判はいい。

 しかし、いかんせん隣のクラスの京城けいじょうという生徒の影に隠れがちである。

 というのも、どちらもバスケ部に所属しているのだが、京城が爽やか系イケメンで性格もよく、部内でもエースを努めているからである。

 哀れ、田中。


 そんなクラスの田中くんを哀れんでいると教室に着く。当然次の授業はすぐ始まるので自分の席に戻り座ろうとするのだが……。


「そうだろ? そう思うよな!」

「わかるわー!」

「にひひひひひ、それヤバイ!!」

「あははは、確かに!!」


 俺の机の上に結亜が座り、隣の結亜の席には紀坂、近くにいる田中やその他の男子と楽しそうに談笑していた。


 ……うーん。邪魔っ! というかなぜ、俺の席に結亜が……?

 しかし、それを正面から言えば、何か言われるのは目に見えている。

 どうしようか。


 そう思い、視線を送っているとそれに田中が気がついた。


「おー、なんだ? 綾辻くん」


 田中はこちらに笑いながら話しかける。


「そこ、俺の席」

「知ってるけど」


 結亜が即答する。

 じゃあどいてほしいんだけど。


「……」


 ふん。こうなれば、無視して席に座ってやる。


 俺は話していた結亜たちの間を通り、自分の席に座った。しかし、結亜は一向に俺の机の上から退く気配がない。

 それどころか足を投げ出しプラプラと揺らしながら話を続けている。


 ……。

 眼前には短いスカートから露わになる綺麗な太もも。

 意識しないようにしても嫌でもそっちに視線が吸い寄せられる。

 ゴクリ……。


「あ、また私のスカート覗こうとしてるんだぁ?」


 それに気がついた結亜は悪戯な笑みを浮かべて得意げにこちらを見てきた。

 なるほど……こいつ、前の部屋でもそうだったが……俺を挑発してやがるな?

 いいだろう。受けて立つ。ガン見してやるよ。今度こそは負けないッ!


「…………」


 ………………。

 ………………………………。

 ………………………………………………。


「え? ちょっと、え? な、何か言ってよ」

「……いい脚だ」

「──ッ!?」


 顔を真っ赤にする結亜。

 ふはははは、俺の勝ちだ。俺に勝負を挑んでくるなんて百年早いんだよ!!


 しかし、当然そんなやりとりは紀坂や田中たちにも見られていた。


「むー? 綾辻ってやっぱり、太もも好きなんだ。そんなに見たいなら私の見せてあげようか? それともゆありんのパンツが見たいの? どっち? ゆありんと私のどっちの太ももを舐め回したいの?」

「ちょっ!!?」


 さらに顔を赤に染めていく。完全な自爆じゃねえか。紀坂、援護射撃ご苦労。しかし、俺にも被弾している。

 舐め回すって表現やめてくれないかな? 生々しいから。


「おい、綾辻……お前、それはどーよ。いくら女っけないからって夢野の足まじまじ見るなよ。そういうの気持ち悪いぞ」

「そうだよ!! どっちのパンツに興味があるかはっきりしなよ!!」


 田中や一緒にいた男子たちが一斉に俺を糾弾する。

 なぜ、俺が悪くなる? 悪いのは明らかに挑発してきた結亜で俺は自分の席に座っていただけだ。まぁ、何も言わなかったのもよくなかったのかも知れんが。一方的に俺を悪と決めつけるのは違うくないか。

 これだからこういうやつら嫌なんだ。


 それに紀坂なんかズレてない?

 だけど、ここで反論すれば、揉めることは目に見えてる。


「悪かったよ、夢野。気になるからそこどいてくれるか?」

「う、うん……」

「結亜、こいつに何かされたらすぐ言えよ」

「認めたよ! 認めたよ!! パンツに興味あることは認めたよ!!」


 周りの男子たちがそう言ったところでチャイムが鳴り、自分の席へと戻って行った。

 後、紀坂はうるさかった。


「ご、ごめん……」


 結亜はそれに対し、他の連中がそんな反応を見せるとまでは思ってなかったか少し申し訳なさそうにした。


「いいよ、別に」

「ごめん……」


 結亜は自分のせいだと思っているようだ。

 仕方ない。


「いいもん見れたから」

「なっ!?」


 これで許してやろう。

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