第4話:隣の彼
「忘れられない恋」というものを経験したことはあるだろうか。
私には運命の人がいた。否、そう思っていた。
中学生の時、同級生の男の子と付き合った。彼は私と違い、活発で明るく、クラスの人気者だった。運動神経も良かった。中学生の恋というのはごく単純なものだ。だって、ちょっと格好良くて運動ができれば、みんなその男の子ことを好きになってしまうのだから。
私もその一人だった。
彼との出会いは、本当に偶然だった。そもそも運動部だった彼が美術部で大人しく絵を描くことしかしてこなかった私と接点など持つはずなんてなかったのだ。
だからこそ、余計に彼とは運命を感じてしまった。
私から告白して彼とは付き合うこととなった。彼は私のことを好きだと言ってくれた。
お互いに好き同士。この上なく幸せな時間だった。このまま未来が続いて、いつかは……なんて学生にありがちな妄想を恥ずかしげもなく私も彼も口に出してはお互いの気持ちを確かめ合っていた。
それでも今にして思えば、私たちの恋は幼かった。
些細なすれ違いに行き違い。それで彼との関係が終わってしまった。
最後の最後に、お互いの本音をぶつけ合い、その結果、私たちは終わった。
離れ離れになった時は清々した。きっと彼もそう思っていたことだろう。
それでも、あれからいくつかの季節を越え、高校二年生になるほどの月日が経ってわかったことがある。
あんな別れ方をしたとはいえ、私と彼との出会いは、間違いなく運命であったと思っている。
彼の横顔や明るい話し方。ふとした気配りまで。快活で暖かな雰囲気を纏う彼は私の理想そのものだった。
要は未練があったのだ。情けないことに。
そんな彼と別れ、お互いが変わり、あまつさえ、お互いが嫌いな人種へと変貌して再会するだなんてことがあるとは、やっぱり運命って残酷だと思った。
***
私、夢野結亜の隣には現在、変態……もとい、元カレがいる。
まさか、朝の変態が元カレだったなんて。しかも、隣の家で隣の席? どんな確率?
あれだけ爽やかで真面目だった彼が暗黒面に堕ちるなんて人生何があるものかわかったものじゃない。
正直、朝、こんな暗そうで変態な奴が隣の家とか最悪だと思った。ここに転校してくる前にそう言うタイプの輩にちょっといろいろゴタゴタに巻き込まれたことがあったのだ。
見た目は
あの頃はクラスの中心で人気者だったのに今じゃ見る影もない地味男に成り下がっていた。
……でもそれは私も同じか。
今の私は彼と付き合っていた頃とは程遠い姿をしていた。
別にあの頃に戻りたい訳じゃない。今の方が私も気に入っているし。
それでもあの頃のクールで格好良かった私の中の思い出のカレを穢されたように感じた。
それに彼は、
それがどうも私の心をえぐった。今の私を否定されているような気がして。
だから、強く当たってしまった。
「やっぱり占いなんて信用できない……」
すっかり変わってしまった元カレの隣でボソリと呟く。
転校初日になんと運の悪いことか。今日の星座占いで私の山羊座は二位だったのに。
「ああ〜もうサイアク……」
自然とそんな言葉が溢れる。
それが隣のカレにも聞こえていたのだろう。明らかに不機嫌そうな顔をした。
「一々、声出すなよ、うっとおしい」
「……」
昔はそうじゃなかった。こんな嫌味ったらしい性格はしてなかった。
私の中のカレとの思い出がどんどん壊されていく。
「はぁ……そりゃ。愚痴も言いたくなるわよ。久しぶりにあったと思ったらこんな嫌味な男になってるんだもん。あー、もうホント最悪! なんで隣なんかに……」
何度も繰り返し、同じ言葉を言ってしまう。
私だって変わったのは同じ。だけど、憎まれ口を叩かれれば文句を言い返したくなってしまうのは当然だ。
「それはこっちのセリフだっての」
やっぱりは綾人くんは私のことを──。
嫌なことを思い出した。
でももう昔のことなんて関係ない。たとえ、昨日までもし、カレといつか再開できたらまたもう一度、なんて考えていた自分は今この瞬間にいなくなったのだ。
こいつはただの嫌味な元カレ。それ以上でもそれ以下でもないんだから。
そんな状態が続きながらも今日の授業をこなしていく。
二限目以降もカレとはほとんど話していない。
ただ、一限目と違い、何も言わなくても机の真ん中に教科書は置いてくれていた。
昼休みになって、どうしようかと悩んだ。
周りのクラスメイトたちはお弁当箱を開いたり、食堂へ向かったり様々だ。
各授業の間にもクラスメイトたちは積極的に話しかけてくれた。桐乃を中心にクラスメイトはどんどん私と仲良くしてくれる。桐乃には感謝しても仕切れない。
「ゆありん! よかったらお昼どう?」
そして桐乃にそのまま昼食を誘われた。
「うん、ありがとう! 良かったらご一緒していい?」
「へへ。クラスに同じような感じの子いなくて寂しかったんだ〜。それと桐乃のことは下の名前で呼んでっちょ! 桐乃もゆありんって呼ぶからさ!!」
「分かった。よろしくね、桐乃!」
「よろしく〜」
桐乃は今朝、職員室への道を迷っていたところを肩を叩いて、「どったの??」と声をかけてくれた私と同じ
私より数段レベルの高いギャルであることは間違いない。
金髪の髪の端々にピンクや黄緑のカラーが混じっている。まつ毛もすごく長い。どちらもエクステだろうか。私のまつ毛もそろそろ……いいお店を後で聞こうと思っていたんだった。
桐乃は聞けば、もう八年はギャルをやっているそうだ。私とは歴が違う。なんでも歳の離れたお姉ちゃんもギャルらしく、そんなお姉ちゃんを昔から見ていたら気がつけば小学生からギャルをやっていたらしい。ギャル界のサラブレットとはまさに彼女のことだ。
流石本職のギャルは、私みたいに後天的なギャル風の人間とは違い、圧倒的テンポとコミュニケーション能力持っている。それによって朝の短時間であっという間に仲良くなったのだ。
私も少しは、昔ほど内気な自分ではなくなり、明るいキャラクターへと変貌したと思うが天然で明るい彼女を見ると自分もまだまだだと思い知らされた。
「じゃあ、どーする? 桐乃、食パンしか持ってきてないけど! なんか買いににいく?」
「なぜに食パン?」
「いや〜、今お金なくってさ〜。次のバイト代入るまでお昼これだけなんだわ」
ギャルというのは、ファッションに化粧品にその他もろもろ。お金がかかり過ぎてしまう。私もその気持ちは十分によくわかる。だって、私もかなり貧乏だから。それでもギャルをやめる気は毛頭ない。
「じゃあ、購買案内してもらっていい? それからどこかで食べよ!」
「了解なり〜」
こうして私は購買で適当なパンを買った後、屋上へと向かった。
屋上は基本的に閉鎖しているのだが、なぜか桐乃は屋上の鍵を持っていた。
その理由を聞くと「へへ、内緒っ!」と笑っていた。
誰もいない屋上で塔奥の影に座り、買ったパンを手に取る。
桐乃はというと、五枚切りのパンを取り出し、何もつけずにモシャモシャと食べていた。
流石、ギャル歴八年。このレベルになるとワイルドになるようだ。
「!? んんっ〜〜〜!!!」
だけど、飲み物も持っていなかった桐乃は案の定、パンに水分を奪われ、喉を詰まらせていた。
私は急いで購買で買ったミルクティーを手渡した。
「ぷはぁ。ありがと、ゆありん! これ買って返すね!!」
「いいよ、あげる。私まだ飲んでなかったし。それに元からあげるつもりだったしね! 友好の証!」
「ゆ、ゆありん……うぐぅ」
桐乃はなぜか泣き出してしまった。
結構涙もろいらしい。メイク崩れちゃう……。
そうして私たちは、どこの化粧品使ってるだとか、あそこのブランドはどうだとかそんな話に花を咲かせてお昼を過ごした。
「そういえば、あや……つじくんだっけ? 彼ってどんな人?」
「おお、なになに!? さっきもいい感じだったけど、もしかしてあんなのがタイプ?」
どうやら、先ほどのやりとりを見られていたらしい。あれを見て、いい感じだったとは、どういう感性?
「まさか。あんな地味なのタイプじゃない」
私のタイプは……。
ふと、昔の面影が脳裏を過ぎる。
そして桐乃は私の言葉に安心したような表情を見せた。
「ふ〜ん? まぁクラスでは目立たない方だね。ザ・地味男。それがあやつの異名なのだ」
やっぱりそうなんだ。あの頃とは違い、クラスでは目立たない地位を確立しているらしい。
「まっ、それにしてもタイプじゃなくてよかったよ〜」
え? 何その反応、もしかして桐乃は彼のことが好きとか?
それは、ちょっと、なんかヤダな……。なんかわかんないけど。
「いやさ〜、ゆありん。朝、痴漢されそうだったんでしょ? 親友になったゆありんにこれ以上なんかされてもやだからさ! 一応、釘刺しておこうと思って! そうするにも好きなタイプだったらどうしようって思っただけ」
転校初日にしてできた親友の言葉に胸が熱くなった。
でもこうなってくると元カレだったなんて言いにくいな。
「あ、でも事情があるとかないとか、言ってたっけか? だとしても、スカートを捲ろうとするなんて、女子の敵だからね。本当かどうか問いただして天罰を与えないと! まかせてね、ゆありん!!」
……一体何をする気?
なんだかややこしくなってきた。今更、桐乃には元カレだなんてますます言えない……。
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