62日目 『モナ・リザ』

 今日は、平べったい体だ。

 奇妙なことに、頭と、首と、髪の毛と、目と、肩と、背中と、胸と、腰と、腕と、手と――とにかく、人間としてあるべき体のパーツの感覚がしっかりあるのに、平べったいのだ。そして身動きができない。なんで。

 ……ともかく、身動きできないから、神様をぶん殴るのは無理、と。


 目は、はじめから開いている。何せ動けないから、まぶたも動かせない。

 壁沿いにいる俺の前にはプラスチックだかアクリルだかのパーティションがあり、木の手すりがぐるっと俺を護るように空間を仕切り、その更に奥には行列の時によく見るベルトを引き出して通路を作れるやつがさらにぐるっと半円状に立ち並び、群がる人間たちと俺を隔てている。

 ……そう。人間たちだ。

 スマホを持った手をぐいっと伸ばし、少しでも俺に近付こうとしている。

 ……なんなの?


 周りに意識を向けると――天井は、高い。開放的な空間で、左右の壁にはたくさんの絵がかけられている。

 広い部屋の向こう側、俺と反対側の壁には、ひときわ大きな絵画があった。大理石の柱に挟まれた空間に、きれいな青空を背景として、多くの人が集っているシーンだ。昔見たことがあるような気もするけれど、タイトルまでは知らない。

 ……ま、これだけ多くの絵があるんだとしたら、ここはきっと美術館なんだろう。

 そんな美術館で、大勢の人が後から後から見に来てすし詰め状態になるような絵が、今日の俺なわけだけれど。うーん?


 体は動かせないし、鏡とかが都合よくあるわけじゃないから、俺自身が何の絵か判断するのは難しい。

 と、思っていたんだけど。チャンスは意外に早くやってきた。

 俺の真正面にやってきた金髪碧眼のねーちゃんが、ぐるっと振り向いて片腕を伸ばし、自撮りの体勢になったのだ。俺とツーショットが撮りたいらしい。ぐっと目を凝らす。

 小さな画面だったが、そこにあるは、それでもわかってしまうくらいの名画だった。


 黒くゆったりとした服を着て、両手をたおやかに重ねた、少し斜め向きで微笑む女性。

 おそらく、世界で一番有名な絵。


 俺は――『モナ・リザ』になっていた。


 初TSなのに!!!

 久しぶりの人間なのに!!!!


 動けないじゃねえか!!!ちくしょう!!!!

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