56日目 Google Chrome

 目が覚めたら――ああ、今日は電子の世界らしい。この、実体のない感覚、繋がっている感じ、流れ込んでくる自らの役割――どうやら、今日の俺はだいぶ末端らしい。


 俺が目を覚ましたのは、棲家となっているスマートフォンが起動したかららしい。起動した感覚はあるのに何も見えないのは、俺が画面外にいるからかな。

 しばらく待っていると、スワイプされて俺は画面に躍り出る。……と思ったら、すぐに続けてスワイプされて追いやられてしまう。メガネをかけた男子――中学生くらいだった。若い。ニキビが頬に出ている。


 別のアプリが起動されているのだろうか。しばらく俺は虚無な時間を過ごした後、ふたたび画面に表示され、そしてタップされた。

 よーし開け俺。まずは前回の記録を呼び出し……ストレージが、俺がウェブブラウザである事実を教えてくれる。


 どうやら今日の俺は――世界シェアナンバーワンのブラウザ・Google Chromeになっているようだった。いくら世界ナンバーワンの影響力とはいえ、俺はしがない一端末。神様を殴ろうなんてできそうもない。


 彼の後ろに見えるのは……これは吊革か? 広告もあるし窓も見える。どうやら、電車の中で俺は起動されている。

 彼はそのまま、URLを俺のアドレスバーに打ち込んでゆく。えー、なになに。

 「s」「y」「o」「s」「e」「t」「s」「u」……なるほど?

 電車でどこかに行くらしい、中学生くらいの男の子。彼は熱心に、「小説家になろう」に掲載された小説を読み始めた。当然、俺はそれを表示する役を担っているわけで、情報が全部頭に入ってくる。大歓迎だ。俺がいかに娯楽に飢えているかといったら……マジで、文字ならなんでも読むよ。


 しばらく俺を使っていた彼だったが、電車がどこかの駅に止まると同時に俺を閉じた。

 ……今日は終わりかなー、なんて思っていたんだけれど。


 ◇ ◇ ◇


 次に俺が起動された時、そこは真っ暗な部屋で、スマホの画面が彼のメガネを妖しく照らしていた。

 彼は俺を操作する。「シークレットモード」の俺を。


 彼が何を閲覧したかについては……武士の情けだ。黙っておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る