10日目 厨二病の人の右手

 目が覚めたら、手になっていた。

 珍しく、目覚めた瞬間にわかった。俺は、手だ。人間の手。


 ……にしても、他の人の体の一部になるパターンとかあるのね。もうなんでもありだなこりゃ。

 視界には何も見えない。でも「視覚がない」って感じではない。どちらかというと、不思議パワーで生成された謎の視界が、何かで覆われているために暗くなっているって感じ。


「クッ……我が右手に宿る邪神の聖痕が疼く……!」


 えっ。


「聞こえるか、我が右手に寄生せし闇の魔神よ――」


 じゃしんのせいこんってなに。


「我が呼び声に応え、常世を炎で燃やし尽くせ!」


 いや、そんなの無理だよ。俺ただの転生者。腕。


「征けっ!」


 手がぐわんと動き、するするっと視界が開ける。

 左手が、思いっきり包帯を引っ張っていた。


 もう分かった。

 今日の俺は、厨二病の奴の右手に転生している!

 惜しい。これが神のいる世界だったら、ぶん殴る夢に近付けたものを。でも、化粧水のボトルとかアサリとかよりは100倍よい。いいぞ、いい線行ってるぞ。


 ◇ ◇ ◇


 さて。

 せっかく邪魔な包帯が取れたので、手の持ち主を観察する。ちょうど鏡の前で口上を唱えているようだ。闇の炎が鏡に反射して襲ってきたらどうするつもりだったんだろうね。

 顔はかわいい。中学生くらいの年。男っぽい服装をしているけど、声の高さとか立ち振る舞い的には女子っぽい。……は? また美少女のおてて?


 はい。観察に戻る。

 手(俺)には、なんか謎の文様が書いてある。魔方陣的な、封じ込めのタトゥー的な。足元に本とマジックペンが落ちているから、それで書いたのだと思う。その上から包帯を巻くあたり、芸が細かい。いいぞ。神は細部に宿るからな。


「うーん……なんか違う……」


 手を前に向けた決めポーズを解除した厨二病ちゃんが首をひねる。さっきまでの力を入れた声とは対照的なやさしい声だ。


「こう? こう? うーん……」


 色んなポーズを決めながら、鏡の前でくるくるする。

 顔を手で覆い隠してみたり、後ろ向きになってみたり、両手を重ねてみたり。

 俺からすればどれも「ただの厨二病っぽいポーズ」なんだけど、この子は真剣に考えている。

 あっでも、今の一番いいな。かっこよさとかわいさがよくブレンドされてる。君にはそれが一番だ。


『いいぞ、それだ』


 通じるわけないと思って、念じる。すると――


「えっ?」


 彼女が、自分の手の平――すなわち俺を見る。目が合う。うん、やっぱり女子だよ。

 まつ毛長い。かわいい。


「邪神……?」


 嘘。俺の念じたの聞こえてたの。


「気のせい、だよね」


『気のせいだぞ』


「気のせいじゃないじゃん!」


『期待されても俺は炎とか出せないから、じゃあな』


「ちょっと!!」


 後は黙ってよっと。


 このあと、洗濯をしているところに「絶対聞こえたんだって! ママも聞いてみて!」と魔方陣の描かれた腕を突き出す少女と、「変なことやってないでさっさと洗ってきなさい!」と石鹸を押しつける母親の攻防があったとさ。

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