5日目 満員電車
目が覚めたら、猛スピードで走っていた。
……いや。「走っている」というのは正確じゃない。人間が走るみたいに、足を持ち上げて前に持っていって蹴ってを繰り返すみたいなことはしていない。
背中から注入された何かが足元まで送られ、そこにいくつかある炉みたいなところで練り上げられ、そして俺の足を回転させている。結構なスピードで。足の下、地面はだいたい滑らかなんだけれどたまにゴトンと溝っぽくなっている部分があって、たくさんある足が猛スピードで駆け抜けるものだからゴトンゴトンゴトンと連続して音がする。痛くはないけれど、ちょっとピリピリはする。
そんな長細く足がいっぱいついてしまった俺の体の中には――たくさんの蠢くものがぎゅうぎゅうに詰まっている。体の中がまるまる空洞になっているっぽい。何これ、卵とか?
今日はなんだろう、これ。うーん。
考えつつ、目を開こうとする。開いた。光がぱっと飛び込んでくる。あ、そういうパターンもあるのね。次からちゃんと試そう。
さて。開けた視界で目の前を確認する。
今日の俺は、電車になってしまったようだった。
なるほど。ということは、俺の中に入り込んでいるのは会社員の皆さんなわけだ。通勤ご苦労様です。
……と。
足だと思っていた車輪の回転数を落とし始める。俺は何も考えていないけれど、そうしなければいけない気分にさせられた。「運転」される感覚ってこんなんなのか。
信号があって、その奥に駅が見える。たくさんの人がごった返すホームを眺めながら徐々に減速して、指定の箇所でぴったりと止まる。
また「運転」されて、俺は側面のドアたちを開ける。今度は車掌の指示だ。ホームドアも同時に開いて、中に詰まっていた人間たちが溢れ出す。
案内のアナウンスが聞こえた。俺はどうやら通勤特急らしい。知らない土地の知らない路線だけれど、今日の俺にできることは、「運転」されて線路の上を走ることだけ。
今日も、神様をぶん殴るのは難しそうだ。
◇ ◇ ◇
順調に終点までやってきた俺だけれど、奇妙なことが起きた。
終着駅でドアを開き、乗客が降り――半分くらい降りた段階で、意識がかき消えてしまったのだ。何も前ぶれがなかったからびっくりした。
目を覚ましたときには、別の路線の別の車両になっていた。身体感覚は全然違うけれど、「中に人がいっぱい詰まっている」ということは同じ。今度の線路は見覚えがある。これ、山手線か京浜東北線だ。駅に着けばホームの表示で分かるか。
……にしても、なんで乗り移ったんだ? 「営業運行中の電車」に転生した、とか?
それだったら山手線は終点がないからこのままだろうと思っていたけれど、やっぱり意識が落ちた。乗客が減ってきたタイミングだった。
意識が戻ると、また体の中にはぎゅうぎゅうすし詰めの人々。
もうわかったぞ。
今日の俺は、「満員電車」だ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます