第27話
ここでまたミトコンドリア・イヴ、などとブチ上げてはまんどうくさい、要はつまりぶっちゃけ、人類発祥の地がアフリカの大地にあった、とされていただけのハナシであって、実態はアフリカ系とユーラシア系が存在する。
縄文人以外、は。
人類がアフリカほか起源であるなら極東の住民たる縄文人だってその下流だろうそうだろう、大陸他の遺伝子交配が確認されるハズ、それが、違った。縄文人は来なかった。ここに居た。もちろん弥生ほか渡来人は来たわんさか来た。
我々が継ぐ残滓。
バベルの塔が崩れる前から例のアレでナニな主語述語不要ナゾ言語を操り虫の発する音響を声と呼びRGBの遥か以前より四百を超える伝統色を駆使し万物に神を見出す。
日本、倭、縄文。
私達家族が、私がその裔として連なったもの、どうしてこうなったその源泉。
深香が自分探しの旅を彷徨う道程で行き着いた人物の一人が、次長であった。
次長は彼なり、キクや公安当局から判ったような要領得ないできれば今北産業的明快な、他ならぬ自身の特異体質であるそれを理解したかったので、幸運な出会いであった。
魂の交歓。
貴方は誰。そういう君はまた随分な人生を過ごしてきたようで。
深香は破綻していた。
父を殺し母に殺された。昇級した、小学6年の春である。
加えて、性行為への渇望と拒絶によるアンビバレンツ、小六が追う課題としては重篤に過ぎた。
深香の編入先で、彼女がさせこ、公衆便所であることはクラスでは即日、全校にも1週間もあれば洩れなく周知された。
彼女が拒まなかったからである。
授業中だろうが教室の片隅で順番待ち待機列が途切れないとなると、学級崩壊学校壊滅待ったなしである。徐々に確実に転入のハードルは上がり、文字通り行き場の無くなった深香が不登校モードに入るのは必然の事態だった。
それでも木食は縁起を静観し続けた。彼女にとり学校が、義務教育の不全が何だというのか。最初期を思えば自発的に行動可能な現在の深香に木食は何の不満も不安も抱いて居なかった。
そして自然、深香の教師は木食となった。乞われるままに木食は深香を導き、自分に不足があればこれを補い鍛えた。
この頃の木食は深香に問われるまま、崇徳との友誼から京都での跳梁とキク、当時の秦野との死闘から当家に今日まで奉公に至る云々、爪の先から尻の毛まで丸々総て望んで吐き出し聞き取られてしまっていた。幼少の三毛が目の前の初老の紳士と同一の、じゃあ、と彼女は言った、今度は深香が木食に恩返ししないといけないのね。
そのお言葉だけで千念にて候、と木食は、それを、この土岐をじいは御待ちして居りました、信じておりましたと顔を伏せて男泣きに泣いて賞した。
そして縁起は、学究の徒深香と道を示す次長を道縁せしめる。
非言語、思念直通、全情報相互共有。
半精半人、物界と霊界の狭間に息る。
一語にすれば先祖還り。
次長は、縄文人であった。
これは単なる事実であり、それ以上のものではない。
というのは、キクを始め次長本人すらその事実を認識していなかったからだ。
キクは国内での法力管理官僚機構、核査察ならぬ法力査察で大和体制での法力運用の一元管理、つまり一国に国軍や警察が複数存在しては混乱の元であるし何より危険、霊界に於いてはその事情の特殊性に鑑み、より以上、慎重厳正な対処が求められる。刃物を振り回す暴漢でも相応の技量があれば民間人がこれを鎮圧する事は決して不可能ではないが、式や鬼を使う者などその事案、事件性の認定からして困難を極める事、容易に推察出来るであろう。
キクは学術組織ではないのだ。次長については一応以上の対応、対処が既に機能もし規格化も完了している、次長はこれ以上キクの貴重なリソースを投入する対象ではないし現在その必要も無い、冷淡かもしれないがない袖は振れぬ。
全交歓により言語も社会組織も不要、その手は全知、全集合無意識野、所謂アカシックレコードにもアクセス可能であり科学技術の錬磨蓄積もまた不要、クリエイティビティ中風雪に耐え得たマテリアル、縄文土器が遺された、と思いねい。
深香との邂逅を通して次長は自分というもの、受け手のない思念の発散とそれに感化された者たち、辛うじて事実の一端を解きほぐし事態打開、鎮静対策を求め接触してきた公安とキクの労苦、それらを漸くにして我が身我が事として受容せしめるに至った。
そして深香は変容を得た。
中学3年の卒業式、祝い酒に珍しく泥酔した父は足元あやしく、娘に支えられ二人仲良く家路を辿っていたが折悪しく、家の近所で酔漢に絡まれ、常なら一喝片手でさばく父の前、ふらつき突き倒され目の前で娘に害が及びそうになるや掴みかかり揉み合い、相手が手にした小刀が父を深く傷つけ血飛沫、救急車が着く間も無く深香に抱かれるまま娘の胸、腹、朱に染めながら死んでいった。そういう事になった。魂が望み妥当性を認め、為された。
思念交歓の副次効果と呼ぶには余りに巨きな、祝福だった。
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