第54話 〜お兄ちゃんは武器を手にしたようです〜

「へっ……?」


 突然の前方からの突風で、俺はバランスを崩した。

 そして踏ん張ることも出来ず、そのまま訳も分からずに後ろへと倒れる。


(ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイ! 最後にしくった……! 早く起き上がって、逃げないと……)


 起き上がるために肘をつこうとした寸前、頭上では『』が空を切る音がする。目線を上げれば、それは銀色に光る剣先だった。


「チィィィイイッ!!」


 俺頭上から、いつの間にか追いついた道化師が、忌々しそうに舌打ちをする。剣が空振りしたそこは、丁度先程まで俺の首があった位置だった。

 道化師は素早く剣の柄を持ち直すと、俺の喉元を目掛けて振り下ろす。


「わっ、ぶねぇ!!」


 俺は慌てて、横へ転がっては回避する。その勢いで、片膝をついた状態で何とか起き上がることが出来た。道化師はというと、俺の首の代わりに地面に突き刺さった剣を引き抜くと、俺の方を睨みつける。


「あと少しでシタのニ……。運のいい方デスネ」

「そうだな。運は俺に味方をしてくれたみたいで、嬉しいな……!」


 俺は念の為に、首元を触って確認する。大丈夫、まだ首は繋がってる。

 冷や汗が頬を伝う。あの突風……。もし、あの突風がなくて、俺が倒れていなかったら……。俺の首と胴体は、今頃お別れしていたに違いない。

 倒れたのは不幸中の幸い……、本当に運が良かった。


(しかしマズイな……)


 道化師との距離は、僅か数メートル。ここまで距離を詰められてしまったら、武器も持っていない生身の俺では、抵抗しようが無い。


「なぁ。さっきのことは、マジで謝るからさ。ここは一つ、話し合いで解決……」

「無理、デスネ☆」


 道化師からにこやかに即答され、俺は小声で「ですよね〜……」とすぐに諦める。


(せめて武器になるものでもあれば……!)


 俺は道化師から一切目をそらさずに、そっと瓦礫へと手を伸ばして探る。ふと、何か丸みを帯びた細い棒のようなものが、手に当たる感触がした。

 俺はチラッと目を向ける。そこには瓦礫に埋もれた、細い木の棒があった。

 上に視線を向ければ、盾と二本の剣がクロスしている看板が下がっていた。


(……ってことは、ここは武器屋の前なのか? ……ならこの木の棒は、木刀か何かか?)


 よく見れば、所々に壊れた盾や鎧が散乱している。これは先程まで、道化師がしらみ潰しに俺を探していた名残だろうか。


(この際だ、木刀でも何でもいい! 武器になるなら!!)


 俺は木の棒を掴んで、勢いよく引き抜く。そして構え――――――!!




「……はへっ?」




 ……て、俺は思わず間抜けな声が出てしまう。

 そして目の前の道化師はと言えば、こらえきれなかったとばかりに吹き出しては、腹を抱えて笑いだす。


「プフフッ♪ それは一体、なんのご冗談デスか?」


 俺の掴んだ木の棒……、それは木刀などではなかった。

 1メートル程の細く長い……パンやお菓子の生地を伸ばすために使う、一家に一本はあるような、あの調理器具の……。




「麺棒!!」




 俺は思わず、口に出して叫んでしまった。


(何で麺棒!? しかも何で、日本式の麺棒!?)


 明らかに、この西洋風な街並みの、ファンタジーな世界には似つかわしくない。蕎麦やうどんなどを伸ばす際に、使うような。日本人には特に親しみのある、あのフォルムの麺棒だった。


 俺は武器になると思って掴んだものが、まさか麺棒だなんて思いもしなかった。故に「西洋風な街並みなら、それなりの麺棒を使えよ!」などと、半ば現実逃避気味に、意味の分からないツッコミを入れてしまう始末だ。


(クソっ! 某親善大使な赤毛主人公だって、チュートリアルくらいまだまともな武器だったぞ!)


 初めてプレイした時、最初の武器が木刀だったことに対して軽く怒ったことを後悔する。俺の最初の武器が、まさかの『麺棒』だ。アイツの方が断然まだマシじゃないか。

 しかもこの世界で初めて掴んだはずなのに、そのフォルム故に、手にしっくりと馴染んでしまったのが、さらに悔しい。


「そんなモノで、一体どうやって戦うのデス〜?」


 道化師はニヤニヤと、俺のこれからの動向を伺う。クソ、馬鹿にしやがって。

 麺棒だって、職人が一生懸命作ってんだ! ……多分!




「馬鹿にしやがって……。麺棒でだって、抗ってやんよ!」




 俺は麺棒を道化師に向けて、睨みつける。格好つけてはいるが、持っているのは麺棒だ。木刀じゃない、麺棒だ。大事なことなので何度でも言う、武器は麺棒だ。


「それは楽しみデス……ネ☆」


 そう言って、道化師は地を蹴って急接近してくる。剣を持った腕を、大きく振りかぶる。剣の切っ先……、確実に狙うは――――――。




「俺の……っ、首!!」




 俺は直ぐに首を守るように麺棒を縦にし、棒を両手で中間あたりを持って受け止める。一撃が重い。耐えきれるだろうか、俺とこの麺棒は……!?




「……っ!」




 その威力と衝撃で、踏ん張りきれなかった俺の体は、簡単に吹き飛ばされた。俺の体は水切りのように、地面を軽く数回跳ねて転がる。思わず痛みで咳き込みながらも、慌てて上半身を起こし、自身の首や麺棒を確認する。




 まぁ、なんということでしょう。俺の首はおろか、麺棒には一切の傷がついていなかった!




「麺棒強えぇぇぇぇええ!!」




 感動のあまり、つい本音で叫んでしまう。

 咄嗟に掴んだ麺棒だったが、これは当たりだった。麺棒だと馬鹿にして悪かった! お前は最高の麺棒だ!!


 俺が麺棒に対しての評価を、音速手のひら返ししている一方、道化師は忌々しそうに再び舌打ちをしている。よし、これなら少しは身を守れる!


「見たか! 俺の最高の麺棒相棒を!!」


「棒だけにな!」と、妹にならってドヤ顔気味に麺棒を道化師へと向ける。一方、道化師は剣を一振して、俺を睨みつける。


「本当に……腹が立つ程、運のいい方デス……ネ!」


 そう言って、道化師は距離を詰めて剣を振る。俺は何とか剣筋を目で追っては、次の攻撃を見極めて予想する。……とは言っても、ゲームや体育などで培ってきた動体視力と反射神経で、ギリギリ首や急所を麺棒でガードしていると言ったところだ。


 一瞬の瞬きも許されない。それが命取りになるということが、分かっているからだ。

 剣先が服をかする。強化してるとは言っても、所詮はただの洋服。切りつけられる度に、少しずつ裂け、破れた所から腕に痛みが走り、切り傷が出来る。


「フンッ!」


 剣にばかり気を取られていれば、横っ腹に道化師からの蹴りを一発、まともに食らってしまった。


「ぐっ……、かはっ!!」




 俺の体は、数メートル吹き飛ばされる。




「……っ、オエッ!」


 遅れてやってきた腹の痛みで、胃から逆流してきた汚物を、その場に吐き出す。

 道化師はそんな無様な俺の姿を見て気分を良くしたのか、ニヤニヤと笑いながらゆっくりと近づいてくる。


「フフフッ、とてもいい眺めですネ☆」


 胃がカラになるほど吐き出した俺は、咳き込みながら道化師を見る。


(クッソ……、体力的にそろそろ本気でヤベーな……)


 若干霞み始めた視界を、頭を振っては、眉間に皺を寄せて睨むように力を入れる。麺棒を支えに、ふらつく体に鞭打って立たせる。


「アナタも、そろそろ限界でショウ? 先程ワタシに啖呵を切ってましたが……それももう、時間切れでショウ? 結局アナタは、ワタシを。哀れで惨めな姿を晒すのは、もうお辞めなサイ」


 そして剣先を、俺に向ける。


「だから大人しくその首を差し出し、楽におなりなサイ♪」


 道化師は清々しいほどの笑顔で、俺にそう言う。絞められたり、切られたり。蹴られて、ふっ飛ばされたりで、苦痛に歪んでは軋む体。本当、正直に言えば、今すぐ楽になりたい。

 今の俺にとって、道化師の言葉はまるで悪魔の囁きと言うよりも、救いの言葉のように思えてくる。


(死ねば、すぐに楽になれる……)


「それもそうだな……。ココで無駄に足掻いて、もがき苦しむより……。サクッと首をはねれば、楽になれるんだろうな……」

「そうデスよ☆ さァ、優しいワタシが一思いにアナタの首をはねて差しあげま……」

「だが断る!!」

「……!?」


 俺は道化師の言葉を遮って叫ぶ。




「俺はなぁ! さっきも思ったが! すんげー、諦めが悪いヤツなんだよ!!」




 そして麺棒を左手で持っては後方に引き、棒の先端付近を右手で支えるように構える。重心はやや、後方へと落とす。

 小さい頃、何度も練習した……。久々だが、体は覚えている。


「まだ惨めったらしく、足掻くつもりデスカ!」


 俺の構えに警戒した道化師が、剣を構える。


(じいちゃんには『絶対に人に向けて使うな』と、キツく言われてたが……。コレは自己防衛だ!)


 俺は深く息を吸い込んで、グッと止める。麺棒を持つ手に力を込め、と共に勢いよく前方へと突き出す!


「即! 悪! 斬……っ!!」


 昔読んだ明治時代を舞台の、流浪人が主人公の某漫画。その登場人物の一人が使っていたこの技を極めたくて、段位を持ってたじいちゃんに軽く剣道を指導してもらってた。


 まぁ、この不純な動機を知られた時は、流石にこってりと叱られたが。


「ぐっ……!」


 俺の渾身の突きの攻撃は、道化師の右肩に直撃した。本当は腕を狙いたかったが……素人の攻撃にしては、当たっただけマシ!


 道化師は苦痛に顔を歪めるが、怒りの宿った瞳で落としかけた剣を左手に持ち替える。その際に俺の右腕を軽く切りつけ、すぐに首を狙って剣を振る。


「……っ!!」

「死ネェェエェエエエエ!!」




 道化師の叫びが、周辺に響き渡った。

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