第11話
中学2年生に進級したある日、学校の男の子たちのあたしを見る目が、急に変った事に気づいた。
「へえ」っていうような眼差し。
何だかよく分からない。が、軽蔑の眼差しでないのは分かった。よく目は口ほどにものを言う、と言うが、教室にいても廊下を歩いていても、男子はみんながみんな、あたしを「へえ」という目で見ていた。
程なく理由が分かった。年頃で暇で(ついでに馬鹿な)男の子たちは、身体測定の全校の女子の結果を比較し、校内でいちばんスタイルが良いのがあたしだと判明した、という事だった。
それこそ「へえ」だった。
初めて何かで「いちばんになれた」のだから。
そりゃ、悪い気はしないよ。
「沖本って均整取れているよな」
「全校女子でいちばんだもんな」
「スタイルも良いけど顔も綺麗だよ」
「そうだ、そうだ、沖本は美形だよ」
「声も綺麗だよ」
等々、褒め言葉も尽きなかった。
それまで家でもどこでも、ダメ出しばかりされ続けたあたしが初めて「むやみに褒められた瞬間」だった。変に自信を持っちまったよ。あははははははは。
彼らの期待に応えなくては、と思った訳ではなかったが、その頃あたしはお洒落に夢中だった。まあ年頃だったしね。制服をちょいとアレンジしてウエストを細く見せるように縫いつけたり、薄くファンデーションを塗って登校した。
男の子たちはますます「へえ」という顔をした。そして彼らはどんどんあたしに近づいてきたよ。
「俺と付き合ってくれ」
とか言いながら。同時に何人も何人も来るから、あたしはすっかりのぼせあがっちゃったよ。
その頃には、あたしはもう「結婚出来ないような体」ってどんなか分かっちまっていた。
その日、あたしは学校をサボり、自分に言い寄って来る男の子の中で「いちばんレベルが高い」と判断した(どういう基準だ!)男の子と「ある約束」をして彼の部屋へ行った。
そして「痛い体験」を済ませ(本当にわめき散らすほど痛かった)、家に帰ってきた。
学校を無断欠席した事は、あっさりばれていた。
しかし「もうひとつの事態」も極めてあっさりばれていた。
母さんは、しくしくと泣きながら言ったよ。
「あんた、今日学校さぼって男の子の家に行っていたんだって?」
それがどーした!
「あんた、その男の子とセックスしたんだって?」
母さんは「セックス」に重きを置いて言った。
へ?何でばれたんだろう。あいつ、そんな事言ったのかな?
あたしは処女をゴミ箱に投げ捨て、脱皮したような、おめでたいような、フワフワした気持ちだった。悪かったなんて、これっぽっちも思っちゃいなかったよ。
母さんはいつまでも「見ろ、この悲しんでいる姿を」と言わんばかりに泣いていた。
「あんた、もう結婚できないからね。もうおしまいだからね」
とも言っていた。
そしてその日からこう言うようになった。
「あんた、まさかと思うけど妊娠しているんじゃないでしょうね!」
暴言に新しいメニューが加わった訳だ。
母さんが来る日も来る日もあたしの腹部を睨みつけてる。
超能力者かいな。仮に妊娠していたとして、あんたが睨んだら宿っている赤ん坊がいなくなるんかいな。
あたしは母さんなんか、完璧に馬鹿にしていたよ。睨めばいいってもんじゃないよ!何も分かっていないくせに、バカババア!
父さんは家族とはいえ、一応異性のあたしに
「男遊びしてくれるなよ」
とは言いにくかったんだろうね。気味の悪い生き物を見るような目であたしを見ていたよ。早く消えてくれってばかりの目でね。あたしゃ畳の隙間から這い出てきた新種の昆虫じゃないんだよ。
あたしは父さんも完璧に馬鹿にしていたよ。ハプニングに対応できず、ハーハーため息ばっかりついて!バカ中年!
姉ちゃんは
「化粧すると肌が荒れるよ」
と言った。心配すんな!あたしゃどうせユウレイだ。肌なんか荒れねえよ!あはははははは。あんたこそ、夜中まで勉強してると肌に悪いよ!
あたしは姉ちゃんも完璧に馬鹿にしていたよ。勉強する以外に、自己主張も出来なければ、逃げ道も作れないんだからね!バカ高校生!
もともと家の中で孤立していたあたしが、更に孤立しちまった。
もはや、家族であって、家族ではなくなっていた。
あたしひとりと、あとの3人、になっていた。
母さんは来る日も来る日も言った。
「今日も学校に呼び出された」
「あたしが先生に怒られた」
「顔から火が出そうだった」
「あたしは何も悪くないのに、どうしてこんな目に遭うのよ」
「あたしは被害者よ。あたしこそ被害者。あんたが加害者」
そしてこうも言った。
「あんたは小学生くらいで死んだものと思っているからね!」
今度は死んだタイミングが「幼稚園」が「小学生」になった。
何回殺すんだろうねえ。
学校から帰って来たあたしの顔を見るなり父さんが言う。
「今日、無言電話あったぞ」
だから何だい?悪い事は何でもあたしのせいなんだね!出掛ける時は
「二度と帰って来るな」
って毎回言うし。
学校から帰ったあたしの顔を見るなり母さんが言う。
「あんた、何でここに帰って来るの?」
じゃあどこに帰りゃいいんだよ!
出掛ける時は
「あんたなんて死ねばいい、居なくなればいい!」
って毎回言うし。
ったく、よく似た夫婦だねえ。
当時、あたしはよく手鏡を持ち歩き、しょっちゅう見ていた。中学生がそんな事をしているのだから、周囲には奇異に映ったらしい。だが、あたしは何も自分の顔が大好きで、頻繁に見とれていた訳では断じてなかった。
あたしはね、その頃、ずっと自分が透明な存在に思えてしょうがなかったんだよ。
だって小さい頃から、死んだものと思っていると、ほぼ毎日言われていたのだから。
鏡を見て、後ろの景色の中に自分が確かに映っているのを見て、ああ、あたし透明じゃない。写真を見て、確かにあたし写っている、ああ透明じゃない。そう安堵した。
そして何か派手な事をやらかしてみんながあたしに注目すると、ああ、あたし透明じゃないんだって嬉しくてしょうがなかった。
そういう確認の仕方をするしかなかった。きちんと成長しきれなかったあたしは、年齢よりずっと子どもだった。幼稚な子どもが、ひたすら自分を守っているのだと分かってくれる人はいなかった。
周りのみんなはさも不思議そうにあたしに聞いたよ。
「沖本さんってどうしてそんな風にするの?」
って。
「鏡ばっかり見て」
とかね。
分からなかったんだろうね。どうしても、どうしても、分からなかったんだろうね。派手な格好をし、化粧をして学校へ行き、素行の悪すぎるあたしを、誰も理解なんて出来なかったんだろう。
聞かれるたびに黙っちまったよ。答えたって、何を言ったって、どうせ誰も信じてくれないし。
前に信頼する先生や友達に相談したけど、まともに聞いてくれなかった上にひどい事を言われて傷つけられたしね。テレビの見過ぎだ、とか。
もしかしてこの子の言う事が本当の事かも知れないと思ってくれた人なんて、ひとりもいなかった。みんながみんな、あたしがおかしいと言い切って、みんながみんな、あたしを嘘つき呼ばわりした。本当の事を言うたびに嘘つき呼ばわりされるこのじれったさ、分かんないんだろうねえ。あんたらはこういう目に遭わないんだろうねえ。
みんなは「どうしても腑に落ちない」って顔をして聞いてきたよ。
「沖本さんってどうしてそういう風にするの?」
あたしはひたすらその質問には黙った。
「ねえ、どうして?どうしてそういう風にするの?」
黙って耐えた。そう、言ってもしょうがなかった。
そして、あたし自身は腑に落ちていた。
窒息しそうな日々は続いていた。本当に窒息しそうだった。いつになりゃ、楽に呼吸できる日が来るんだろうと思っていた。
好きな数学さえ勉強しなくなっていった。ドンピシャリと合う瞬間なんて、もうどうでもよかった。数学につられるように、ほかの教科の成績も、どんどん下がっていった。
友達がタバコを勧めてきた。素直に吸ってみる。ゲホゲホにむせ、大人っちゅうのは何でこんなものを好きこのんで吸うんだろう、どっかおかしいんじゃないの?と本気で思った。が、すぐ立派なニコチン中毒になった。そして吸わない友達にタバコを「勧める側」にまわった。
酒やシンナーにも手を出した。
脳がしびれる感覚に酔った。
嫌な事を瞬時に忘れられた。
化粧品や派手な洋服を次々に万引きし、こんなんで捕まる人なんて馬鹿じゃないの?と仲間とせせら笑った。
そう、仲間が出来たんだ。みんな何かしら、どうしようもない不満を持った子たちだった。初めて本当の友達が出来たような気がしたさ。欲しかった仲間に囲まれ、群がってくる男に囲まれ、つらい現実を忘れた。
化粧映えする自分に酔いしれ、スーツが似合う事にうっとりした。足の痛みに耐え、万引きしたハイヒールで颯爽と歩いた。ふくらはぎがキュッと上がるのがたまらなかった。
道行く人がみんなあたしを振り返り、味わった事のない高揚感に胸が躍る。
知らない人が通りすがりに
「お姉さん、綺麗だね」
と囁く。
自分が絶対に中学生に見えない事が誇らしく、鼻高々で闊歩した。
男は次々寄って来る。本当に次から次へと。あたしってこんなにもてたの?ってくらい。実際はもてていたのではなく、ただ欲望を満たしてくれるから寄って来ていただけなんだけどね。
ただ、男の子たちは誰もあたしを罵倒しなかったよ。それはそれはよく褒めてくれた。美形とか、スタイル良いとか、声が綺麗とか。
つまり罵倒ばかりする家族より、あたしの体を触りに来る男の子たちの方がまだマシな存在だったんだよ。
理解できない同級生たちは、あたしを「OL中学生」と呼び、羨望と軽蔑の混じった目で見た。
あたしは
周囲が驚く勢いで
あっという間に堕ちた。
堕ちていくのは楽しかったよ。みんな慌てふためいて何とかしようとするけど、どうしようもなくて手をこまねいてやがる。先生も親も、アタフタしてやんの。
特に親!ハハッ!おかしいったらありゃしない!!ほんの少し前まで、あたしがこの状況を何とかしようとあがいていた。それが逆転しちまった。
あたしは勝ったんだ!この姿は勝利のポーズだよ!そう!あたしのほうが強くなったんだ!
ようやく毎日が楽しくなった。ずっと不愉快な人生だったけど。
そう、天まで届くような楽しい毎日と、楽に呼吸出来る日々がやっと手に入ったんだ!
母さんは当初、さあ!ここぞ母親の出番よ!とばかりに張り切ってあたしを説得した。
「何か吐き出したい事があるんじゃないの?」
だと!
あたしがいちばん吐き出して、捨ててやりたいのはあんただよ!
「学校で何かあったの?」
だと!
学校じゃねえよ!家だよ、家!あたしの抱える最大の問題点、癌は家なんだよ!!それもあんたたち、親!
今すぐ手術して取り除きてえ癌はオマエラ親なんだよ!!
「友達と何かあった?」
だと!
友達じゃねえよ!お前ら親だよ!自分に原因は一切ないと思ってやがるんだから始末わりーよ!痛くもねえ腹探られて迷惑だよ!
「おばあちゃまが悲しむわよ」
だと!
もうばあちゃんは死んでっからね、悲しまないよ!!いつまで引きずるんだい?
「あんたはお手軽な女だから男が寄って来るのよ!尻が軽いから!」
だと!
あたしゃどうせ命さえ軽いんだろ!あんたの言う事、ひとつも当てはまんねーよ!
「あんたのひいお爺さんは、銀行の頭取をしていたような人なのよ」
だと!
それがあたしとどういう関係があんだよ!行為を咎めるならまだしも、あんたの場合、プライドの掲げ方が違うんだよ!そこでそんなプライド振りかざすなよ。
それにあんたにプライドがあるように、あたしにもプライドってあんだよ!小さい頃からあたしのプライドを散々傷つけておいて、何がひいお爺さんだよ!
ひいお婆さんは何をしていた人なんだ!揃いも揃って、ひいひい言わしたろか!
煙草をブカブカ吸うあたしに母さんが言う。
「あんた、煙草は百害あって一利なしよ!」
体罰だって百害あって一利なしだよ!
「あんた、おばあちゃまが煙草吸っていた時に、フーッて吹きながら手で扇いでいたじゃない」
「だから?」
「だからそうしていたじゃない」
「だから何?」
「だからそうしていたじゃないって言っているじゃない」
「だから?その先言ってみて」
「だから…だから…煙草嫌いだったじゃない」
「今は好きだから吸っているんじゃん」
…整然と反論したあたしに絶句し、口をパクパクさせる母さん。急に開き直ってこう言った。
「1本もらう!」
そして勝手に1本取り出し、ライターで煙草を炙りながら火を付ける。
ボーボー燃えてあぶねーだろ!ったくもー!違うよ。煙草ってのは口に銜えてライターの火を先端にあてがい、吸いながら火を付けるんだよ。相変わらずアホだねえ。
「今日から毎日1本ずつもらうから!」
だと!
それで禁煙するとでも思ってんのか!ってか、親が子どもに取る態度じゃないんだよね。まず自分が子どもになって甘えて来るその態度。もう嫌だよ、クサレババア!!!
学校から帰ってきたあたしに母さんがまた詰め寄る。
「ねえあんた、何でこの家に帰って来るの?」
黙れドアホババア!お前こそどっか行け!
出かけようとするあたしの格好を見て、母さんがまたわめく。
「どうしてそんなに胸を強調するの?!」
胸元にブローチ1個付けただけでそんなに言うかよ。どこまで人の神経逆撫でするんだよ、このババア。もう黙れよ!死ねよ!!
「もう二度とこの家に帰って来ないでよ!」
って、捨て台詞もいらねえよ。
風呂上がりにドライヤー使って髪を乾かしていたらこう言った。
「中学生がドライヤー使うなんて考えられませんって美容院の人が言っていたわよ」
バーカ、それはホットカーラーだろ!テメエ、英検2級取っておきながらドライヤーとホットカーラーの区別もつかねーか!ドアホ!頭直せ、このぼんくらババア!
ドライヤーなんて小学生だって使うんだよ!髪が濡れたままだと風邪引くだろ!
飲み残しのジュースを流しに捨てたらこう言った。
「あんた、酒なんか飲んで」
酒じゃねえよ、ジュースだよ!匂い嗅いでみろよ!バーカ!蓄膿症かよ!
好きな煙草の銘柄は「ジョーカー」だった。チョコレートっぽい味がして、細くて長くて、あたしに似合ってるって思ったよ。
母さんが言う。
「あんた、洋煙(ようもく)なんか飲んで」
ヨウモクって、ふっるい言い方するねー!!飲んで、とか。煙草は飲むんじゃなくて吸うんだよ!
あーあーウケるぜ!ババア!!ヨウモクを飲むねー!!和モクならいいのかい?
あはははははははははははは!!!ヨウモク!ヨウモク!
「美容院行くからお金頂戴」
と言ったら
「パーマは駄目よ」
と即答する母さん。誰がパーマかけるって言ったんだよ、ドアホ。
「どうするの?」
って聞いてくれるならまだしも。何でそう人の神経逆撫でし続けるかねえ。
「水飲む」
と言ったら
「ビールなんて駄目よ」
と言う母さん。誰がビール飲みたいって言ったんだよ!聞き違いもたいがいにしろよ!耳掃除しろよ!耳垢ババア!
「生理用品買ってくるからお金頂戴」
と言ったら
「あんた生理来たの?」
とのたまう母さん。頷くと
「あー!良かった!!」
と大声で言う。要するに妊娠していなくて良かったって言いてーんだろう。
どこまで人の神経逆撫ですれば気が済むかねえ。もういい加減にしてくれ。
元々干渉し過ぎの母さんが、輪をかけて干渉するようになった。
朝も
「話があるの」
と言って、あたしを早めに起こして説教しやがったし(眠くて聞いちゃいねえよ!)、夜も寝ているあたしの布団へもぐりこんできて、延々と説教をこいたし(うるさくて寝らんねえよ!)、そりゃあ頑張ったよ。
「マリは元々気が弱いし、強く言えばすぐひるむわ」
父さんにそう言っているのが聞こえたしね。
「裁判の時だってそうだった。強く出ればいいわ。強く出れば」
とかね。
母さん、甘いよ!あたしゃ叔母さんと違って、ばあちゃんの財産目当てにグレてるんじゃないんだよ!あはははははは。それに母さんは裁判に負けたじゃん!
自分の意に反し、まったくひるまずワルサをやめようともしないあたしにじれ、今度は泣き落としにかかった。
「マリは元々情に弱いし、泣けば同情して言う事を聞く筈。今までもそうだったもん」
と姉ちゃんに言うのも聞こえた。
だが、これ見よがしに床で泣きくずれている自分を、平気でまたいで遊びに行っちまうあたしに驚愕した。
母さんの説教も、嘘泣きも、まったく効かなかった。あたしは全然心なんて痛まなかったよ。あたしの心からの訴えに、本当の涙に、まったく応えてくれなかった母さんだからね!
何を思ったか
「父さんの会社に行って、父さんが働く姿を見せればいいんじゃないのかしら。そうすれば父さんを尊敬するようになるんじゃないのかしら」
とかほざくし。バーカ!そういう問題じゃねんだよ!頭使え!頭!!脳みそはどこだ!
「どうして普通に出来ないのよ。みんな普通にしてるじゃない」
だと!それはうちが普通じゃないからだよ!普通の親じゃないからだよ!
所で、あたしが不良になったらあたしを殺して自分も死ぬんじゃなかったのかい?早く殺せよ!出来ねーくせに!!
そしてハプニング対応出来ない父さんは、呪文のようにこう言った。
「男の子は勉強の出来る女の子が好きなんだよ」
あほ抜かせ!あたしが生まれて自分がどんなに迷惑してるか考えろと言ったのは誰だ!だったら勉強なんてしたってしょうがねーだろ!生きているだけで迷惑で邪魔なんだろ!断言するんだろ!だったら迷惑ついでにもっとぐれてやらあ!
「誰のお陰で学校行ってる?誰のお陰で生活してる?」
ってまだ言うかよ!貧乏サラリーマン!
公立でっせ!義務教育でっせ!
そしてその頃から父さんと母さんが、ぴたっと喧嘩をしなくなったんだよ。あんなに毎日大喧嘩していたのに、不思議でたまんなかったよ、どういう訳だい?
遅く帰ったり、無断外泊をしたり、男の子と遊んだり、段々やらかす内容が派手になればなる程、二人は団結していった。
おーおー、そうやってあたしの事を二人で仲良く相談していてくれよ。喧嘩していられるよりずっといいよ。ずーっとね!!
あたしは大人になってから知ったが、父さんが毎晩寝る時に母さんをねちねちいじめていたらしい。
「お前が悪い、お前が。子どもたちを焚き付けるから。お前が全部悪い」
眠りつくまで父さんはそう言っていたそうだ。母さんはそれが嫌で、何とかしようと焦っていたらしい。
決して二人は仲良くなった訳ではなかった。
14歳のあたしは体だけデカくて、心は幼稚なまんまだった。母さんは焦り狂いながら怒鳴り続けた。
「あんたは死んだものと思っているからね!」
じゃあ、何していてもいいんでしょ?何していても!何していてもね!
「そんな事するなら死んでよう!お願いだからもう死んでよう!ほらあ!死んでったらあ」
お前こそ死ねよ。ババア。もうじゅうぶん生きただろ!
「最悪よ!あんたもうおしまいよ!今度こそ本当におしまいよ!」
何回あたしを殺せば気が済むのかい?それにおしまいって普通1回でしょ?あんたの「おしまい」はエンドレスじゃん !
所有物じゃねえよ、あたしゃあんたの所有物じゃねえんだよ!所有物が自分の意志を持って何かするのが許せず我慢もならないなんて、おかしいんだよ。支配の下でしか何も出来ないのかい?んーなん、おかしーだろ!
過支配、過干渉、過剰反応、猿芝居、交換条件、価値観の強要、もううんざりだよ!家が居心地良きゃ居るけど、居心地悪いから居たがらないんだよ!
無条件に何かしてくれた事なんていっぺんもねえじゃねえか!いつもいつも何かしら交換条件振りかざして、思い通りにならなきゃヒステリックにわめいて、被害者づらして、脅して、罰則掲げて、否定ばっかりして、自制心壊れてんの、お前らだろ!どっかおかしいのもお前らだろ!おかしーだろ!おかしーだろ!!!
何故そうしなくてはいけないのか、またはどうしてそうして欲しいのか、説明してくれた事なんて1回もねーじゃん!
「どうして?」
と聞いても
「どうしても」
としか答えてくれないし
「なんで?」
って理由聞いているのに
「なんでも」
って答えにならない答え返してくるばっかりだし。理由もなく従わされるこっちがどんなに嫌な思いしているか考えてくれよ。世間体ばっかり気にして、肝心のあたしの気持ちなんて考えた事もないんだろうが!
どんなに傷つけても自分の所有物だからいいんだ!くらいに思ってんだろうし!散々傷つけられて、ズタズタになったあたしを、周囲は支えるどころか、あたしが悪いって言い続けてもっと傷つけるし、親は親で漬物石みたいにずっしり乗っかって、身動き取れないようにした上に
「言う事を聞けー」
とわめくわ、暴力振るうわ。それのどこが躾なんだよ!
父さんは相変わらず
「口で言って分からないなら、体で分からせる!」
って暴力を正当化しているし、勝手に決めておいて
「約束だろう」
とか言っていた事もあったし。終わりのない我慢なんて出来ねーよ!今まで我慢したならこれからも一生我慢しろってか?ふざけんな、ばーか!
どっちが加害者だよ!何で分からないんだよ!低能!!
「黙れ!黙れ!お前、誰のお陰で学校行ってる?誰のお陰で暮らしてる?」
ってもう聞き飽きたよ!黙れってこっちのセリフだよ!
正月に、親戚の所に行くからお前も来いっつーから支度してやったっつーのに、あたしの格好を見た途端に
「何なの、その格好は!いかにもツッパリじゃない!!」
とぼざくし。
わりーかよ!化粧きめて、タイトスカートきめて、金色のサンダルきめて、わりーかよ!
「だって本当の事じゃん、何が悪いんだよ」
って言ってやったさ!母さんだって何回もあたしにそう言ったじゃん。
そしたら
「本当の事言えばいいってもんじゃないよ!」
とわめくし。その言葉、そっくりお返しするよ。
あたしがやめてくれと言う事を強行してから、決まってそう言ってたじゃん。
結局あたしを置いて、3人で親せき廻りするんなら最初から支度させんなよ。バーカ!
「あんたなんか恥ずかしくて連れていけない!」
って捨て台詞も余計だよ。
そうそう、同じクラスの大村マチコとは特に仲良くなったよ。マチコもあたしと同じで、親の暴力に苦しんでいた。
「お前なんか大村家の犠牲になって当たり前だ!」
と言われ続けて育ったそうだ。
「お前、病気するなよ。金がかかるから」
だの
「事故で死んでね。お金になるから」
とか。酷いよねー。実の親が言う事かね!ってか、人が人に言う言葉じゃないよね!
マチコのお母さんはよくこんな事も言っていたそうだ。
「あんたを宿したって分かった時、毎日首まで冷たい水に浸かっていたのよ、産まれないようにね」
びっくりし過ぎて絶句するマチコに、お母さんは更にこう付け加えた。
「なのに産まれちゃった」
産まれちゃって悪かったね!マチコはずっとそう思っていたそうだ。お母さんはマチコが小さい頃、崖から突き落としたり、車の通りの多い所にドスンと突き出したり、散々死ぬように死ぬように仕向けたそうだ。
「なのに生きちゃってる」
生きちゃって悪かったね!マチコは悔しくてたまらなかったそうだ。
あたしとマチコは、心から分かり合えたよ。
学校の帰り、一緒に道草食った後、地獄みたいな家に帰る際に、必ず笑顔で頷きあったしね。
「お互い頑張ろう」
「お互い生き抜こう」
って無言の合図だった。
マチコはあたしの悩みを初めて本当に理解し、心から信じてくれた友達だった。嘘つき呼ばわりなんて1回もされなかったよ。あんたってどうしてそうなの?って聞かれた事もいっぺんもなかったしね。
ああ、この世の中にあたしの話を信じてくれる人がいたんだ、って本当に嬉しかった。
学校に行けば、明日も明後日もマチコに会える。
マチコと話が出来る。お互いどんどんグレながらも、お互いが心のオアシスみたいな存在だったさ。
あたしが初めて持った親友がマチコだった。
マチコもきっとそうだったろうな。
家に帰ってきたら、父さんと母さんがあたしの部屋を「がさ入れ」している真っ最中だった。まったく姉ちゃんの部屋をがさ入れしたかと思えば、今度はあたしの部屋かよ。
「勝手に部屋を荒らすんじゃねえよ!」
怒鳴ってやったさ。二人が同時に振り向いて、口々に怒鳴り返してきやがった。
「お前、見られて困る物を持っているなよ」
「あんた、これ何よ!何でこんなにいっぱいあんのよ!」
万引きしたスーツや化粧品の事を言っているのだった。
「友達にもらった」
平気で嘘を言った。一切心は痛まなかった。
「嘘!どこかから盗んできたんでしょう!」
だったら何だっつーの!母さんが手に余る洋服や化粧品を、次々に紙袋に詰めている。
「どうする気?」
「捨てるわよ!こんなもの!汚らわしい!」
母さんが紙袋ごとリビングに行っちまう。本当に捨てるのかね?って思った。
「お前さえ生まれてこなければ、俺たちは幸せだったんだ!」
父さんが怒鳴り、リビングに行っちまう。
そうかねえ?あたしが生まれる前はあんたたち、幸せだったの?ったくよ、着る服がなくなっちまったから、また万引きしなきゃいけねーじゃん。あほ!
母さんがあたしの部屋に、青ざめた顔で来た。
「父さんが、あんたにこれ渡せって」
手には3万円が握られている。
「こづかいが少ないから万引きなんかするんだろうって」
ラッキー!てなもんよ。悪い事(一応悪い事って認識はあった)した上に、3万ももらえるなんて。遠慮なく受け取ったよ。
母さんは「どう接していいか分からない」って顔のまま、茫然と立っている。ぴしゃり!襖を閉めてやったさ。あんただって何回もあたしを閉めだしただろ!
母さんがあたしの部屋に「入り浸って」いる。
うぜーよ。早くリビング行ってくれよ。ここはあたしの部屋だろーが。部屋の押し入れの中に、父さんの着替えやら何やらが入っているにしても。
何か言いたそうな、何て言えば分かるだろうかってそのツラ、やめてくれよ。いつまでそこにいるんだよ。
…って思っているとやっと口を開いた。
「どうすればやめる?」
「は?」
主語も述語も、何もねーから分かんねーよ。
「だから、どうすればやめる?そういうの」
また言う。
「そういうのってどういうの?」
と聞き返したら、また不機嫌満々で言うんだよ。
「だから、そういうの」
主語を言え!主語を!!
「そういうのをどうすればやめるの?」
主語がねーんだよ!万引きか、化粧か、男漁りか、夜遊びか、主語を言えっつーの!金を渡せばやめるとか何とか言わせてーのかよ!逆交換条件だろ!あほ!
…黙っちまう母さん。あーあー、うぜー、早くあっちへ行けええええ。
…と思っていたら、今度は別の角度から来やがった。
「大村マチコさんと付き合うの、やめて」
「は?何で?」
「なんでも」
答えになってねーだろーが。
「どうして?」
「どうしても」
また始まったよ!「どうしても攻撃」と「なんでも攻撃」。
「大村マチコさんと付き合うと、あんたがおかしくなるから。だから」
「マチコはあたしの大事な友達だよ」
母さんは断固として譲れないって感じで言う。
「とにかく、大村さんと付き合わないで。電話ももう取り次がないから」
そして部屋を出て行った。勝手な事言うなよバーカ。用がありゃ電話くらいくんだろ。
だが母さんは、マチコからの電話を本当に取り次いでくれなくなった。マチコだけじゃない。あたし宛ての電話は一切取り次いでくれなくなった。
「いませんよっ」
と受話器を叩きつけるように切る母さん。
「約束でしょ?」
だと。そんな約束してねーよ。勝手に決めておいて何が約束だよ!
あたしの友達はみんなこう言ったよ。
「マリに用事があって電話しても取り次いでもらえないんだよね」
「マリのお母さん怖いからさ」
「この前マリとただ話したくて電話したら、マリのお母さんに、御用件は?って聞かれちゃって、別にってつい言ったら、じゃあ居ませんって切られたわ。じゃあ居ませんって…」
って、散々言われたよ。
こっちも母さん宛の電話を切ったろか!
リビングでだらだらとテレビを見ていたら、母さんが見るに見かねてという感じで言った。
「あんた、もうすぐ受験って認識あんの?」
ねーよ、ねーよ、それがどうした。
「マリ、あんた、高校へ行かないんだったら、そのテレビを見なさい」
んな事言われて、誰がテレビ消して受験勉強するかよ。知らん顔して見続けてやった。
しばらくして母さんは言った。
「そう、あんたは高校へ行かないのね」
おーおー、そうだよ。なんせユウレイだからね!
母さんがケーキを3個買ってきた。これ見よがしに父さんと姉ちゃんと仲良く食べてやがる。
「あんたにはないよ。あんた、あたしの言う事聞かないから」
だと。ハハハハハ!ケーキくらいでひがむかよ!ガキじゃねえんだ!
母さんがあたしの髪飾りと好きなアイドルの切り抜きを勝手に捨てた。
「あんた、あたしの言う事聞かないから、あたしもあんたの言う事聞かない。あんたの好きなものひとつずつ取り上げていく。しまいに何もないようにする」
だと。
「それが嫌ならあたしの言う事聞きなさい」
誰がてめえの言う事聞くかよ。バーーーカ!
こっちもてめえの仕事の道具を捨てたろか。
母さんがまたわめく。
「こんな恥かかされる毎日もううんざりよ!死んだほうがましよ!!」
だから言ってやった。
「じゃあ死ねよ」
母さんが、まさかこんな答えが返って来るとは思わなかった、という顔をする。
「あんた、あたしが死んだらどうするの?」
間髪入れずに言い返す。
「喜ぶ!」
口をパカッとあけたまま、絶句してやんの。
面白いから何度も言ってやったさ!
「喜ぶ!喜ぶ!喜ぶ!喜ぶ!!!」
「それ本心?」
「もちろーん!」
「じゃあ死ぬ!あたし本当に死ぬ!」
「おう、死ねよ!未遂ではなく確実に死ねよ!」
高らかに笑うあたし。
涙の出る嘘泣きで頬を濡らしてみせる、わざとらしいアホ面母さん。
勝った!勝った!あたしの勝ちいいいいい!!!
…夕方、電気も点けずにソファに座っている母さん。右手にカミソリ、左手首に切った跡。わずかに血が出ている。さあ見ろ、自殺未遂したんだ、と言わんばかり。
知らん顔でカップ麺を作り、部屋で食う。食い終わってカップを捨てに来たら、まだ同じ格好でいる。じっと動かない母さん。
わざとらしいんだよ!自殺未遂なんて初めてじゃねえだろ!本当に死ぬ気があればもっと深く切れよ!まして、人前でやるなよ!
父さんが帰って来て
「どうしたの?」
と聞いている。
「マリが、マリが…。あたし被害者よ」
と母さんが答える。
おーおー、珍しく慰め合っちゃって!バカ夫婦め!
夜、ベランダに出た。
ふと振り返ると、父さんが中から突っ立ったままあたしを見ていた。
「お前なんか居なくなればいい。こいつが入って来なければいい」って目をしてる。そのまま、すっと窓に近づき、鍵をかけた。しかもカーテンまでさっと閉めやがる。
アダルトチルドレンめ!てめえの考えている事なんかミエミエだ!そんな事であたしを閉め出せるとでも思ってんのか!
硝子戸を力いっぱい叩く。ガンガンガンガン!
割る勢い叩く。ガンガンガンガン!
慌てて窓を開ける、低レベル父さん。窓ガラスが割れるのが困るだけだろ!
「気がつかなかった」
なんて言い訳するな!目があっただろ!目が!!
てめえ相変わらずハプニング対応出来ないアホ中年だな!よくそれで仕事出来るな!誰かに手伝ってもらってんだろ!!
部屋でブカブカたばこを吸ってから寝た。
会社から帰ってきて、着替えをしにあたしの部屋に入って来た父さんが、
「わ!モウモウじゃないか!」
と言って窓をどんどん開ける。
「肺がんになってしまう」
とか、ひとりで喋っているし。おーおー肺がんになれよ、それで死ねよ、うるせーよ!
「お前、そこ座れ」
父さんが言う。
忠犬ハチ公じゃねえよ、と思いながらも座る。
「お前、どういうつもりだ」
どうもこうもねえだろ!と思ったら、母さんが口を開く。
「あんたのせいであたしたちが、どんなに肩身の狭い思いをしてると思ってんの?」
「お前、どうするつもりだ」
「あたしが近所の人に何て言われているか、どんなに耐えているか分かる?」
「お前、これからどうするつもりか言ってみろ」
「お姉ちゃんだって大学受験なのに」
「早く言え」
「あんただって受験あるじゃない」
「質問に答えろ」
…矢継ぎ早に、しかも二人で交互に言うなってーの。混乱するだろ!ただでさえ頭わりーのによ!
「俺の質問に答えろ」
「あたしが何回学校に呼び出されたと思ってるの?」
お子ちゃまだねえ、二人とも。あたしゃ呆れて黙ってたよ。
「お前、今からでも勉強すれば、バラ色の人生が開けるかも知れない」
バカジジイ、オマエの口から「バラ色の人生」なんて言葉が出てくるなんて、ちゃんちゃらおかしいぜ!
「バラ色の人生ってどんなの?」
って聞いてやったさ。
「バラ色の人生ってのは、良い学校を出て、良い会社に就職して、良い男と結婚して子どもを持つ事だ」
父さんが自信満々で答え、母さんも横でウンウンと頷いている。そこだけは一致しているんだねえ。
「あんたらは、バラ色の人生?」
って聞いたら
「灰色だ。お前のせいだ」
だってさ。
「じゃあ学校出ても、会社に就職しても、結婚しても、子ども持ってもしょうがないって事じゃん」
「だからお前のせいだ」
「そうよ、あんたのせいよ。どうしてくれるのよ。こっちは被害者よ。」
どうもこうもねえだろ。あんたら、あたしをどういう育て方したんだよ。
父さんと母さんは、まだ睨みつけている。
本当の加害者は、あんたらじゃないのかい?
そして今日は自殺未遂しないのかい?
「あんた、そこ座んなさい」
母さんが言う。
父さんと夫婦茶碗よろしく、ソファに並んで座っている。
「あんた、おかしいのよ」
「そうだ、お前がおかしい。断言する!」
「あんた、病気よ」
「そうだ、頭がおかしいんだ。断言する!」
「あんた、病院へ連れて行ってあげる」
「そうだ、キチガイ病院に入院だ!断言する!」
また矢継ぎ早に、交互に言っている。
ただ昨日と違って、今日は父さんと母さんの言う事が合っている。お、さすが長年連れ添っている夫婦だねえ。いや別に、感心している訳じゃないよ。あははははは。
二人はまだ被害者づらして、あたしを睨んでいる。姉ちゃんが台所で麦茶に氷を入れながら、背中で聞いている。
もしかして、この家でいちばんまともなのは、あたしじゃないのかな。
母さんがまたあたしの部屋に入り浸っている。
何だよ、もーおーお。早くリビング行けよ。って思っていたらこう言った。
「あんた、今までどんな悪い事したか言ってみなさい」
「何で?」
「いいから言ってみなさい」
あたしは勘違いしちまったよ。母さんがあたしに「歩み寄ろう」としているのかと。だから話したよ。万引きの事、男の子の事、化粧や髪形、おしゃれの事、友達をいじめた事。
話が終わったら、母さんはさも気に入らなそうにウンウンと頷いてから、こう言い捨てた。
「あんたは死んだものと思っているから」
そしてさっさと出ていく。
…なんだよ、死んだものと思っていると言う為に、わざわざ言わせたのかよ。どういう思考回路になってるんだい?はー。こっちがため息つきたいよ。
母さんて何の為にあたしを生んだのかなあ。死んだものと思っている、と言う為に生んだのかなあ。
相も変わらず、あたしの頭の上は疑問符しか並んでいなかった。
母さんがまたあたしの部屋に入り浸っている。
死んだものと思ってんなら、どうして色々ごちゃごちゃ言ってくるんだろう、と思っているとこうほざいた。
「今日、遠藤君のお母さんに会った。うちの子は純朴な子でしたって言っていた」
「だから?」
「だから遠藤君は純朴な子だったって」
「だから何?」
「だから純朴だったって言ってるじゃない」
それがどうした、その先言えよ、バーカ。純朴だったのに、あたしの影響で不純な不良息子になったって言―てーのかよ。
ふざけんな、純朴と言えばあたしだって純朴な子だったよ。てめーの影響で捻じ曲がったんだろーが!まだ被害者づらすんのかよ。加害者のくせしてよ!
テレビドラマの金八先生に影響されて
「こんな先生がいてくれたらねえ」
とか言ってるし、だからどうした!15歳の母になっていないだけ良いと思え!
化粧を済ませ、学校へ行こうとしたら母さんがつかみかかって来た。
「あんた!また化粧して!!!」
「うるせー!」
蹴り飛ばしたが、しがみついてくる。
「その化粧顔で歩かれると近所であたしの評判が悪くなる!」
「知るか!」
振りほどいたらスカートを掴んで離さない。幼稚園の子がお母さんのスカート掴んで駄々こねてるんじゃないだから!
「離せ!」
「嫌!あたしの評判が、あたしの評判が」
「てめえの評判なんかどうでもいいんだ」
「良くない!あたしの築き上げた華道家としてキャリアが」
「関係ねえ!」
どうにも離さない母さん。どんどんしわになる破けそうなスカート。イライラするぜ!
そこへ代休で家にいた父さんが突進して来てあたしを部屋に蹴り込んだ。腕力に訴えるしかない父さん。それだけはかなわず負けるあたし。悔しくて悔しくて張り裂けそうになる。
ちょうどそこにあったテニスラケットで父さんを力いっぱい殴った。反撃してくると思わなかったのか、びっくりしている父さん。遠慮会釈なく殴ったった!
このテニスラケットは、いつか箪笥の後ろに落ちていて、無くなった、お前が隠したんだろうと責め立てられたラケットだ。こんな時に凶器になるとは!
まだ悔しい!有り余る怒りを抑えきれず、力いっぱい壁を蹴り続ける。ドスン!ドスン!ドスン!壁も襖も何度でも蹴ったる!!!
「やめろ!俺の家だ!俺の家だ!壊すな!壊すな!壊すなあああああああああ!」
焦り、半狂乱でわめく父さん。壁に穴が開いた。襖もズタズタになり、中身が見えている。あれえ、壁や襖の中ってこんな風になっているんだねえって、感心している場合じゃなかった。
「出てけ!出てけ!俺の家だ!俺の家なんだああああああ!!!!」
へへ!ざまみろ!父さんのいちばん嫌がる事してやった!
力づくでやめさせようとあたしに馬乗りになる父さん。
「お前さえいなければ、お前さえいなければ」
母さんがまた言う。
「あなた、やめて。あなた、やめて」
おーおーてめえの大好きな修羅場だよ!ねじ伏せられ、悔しくて、あらん限りの声でわめく。
そうしたら、なんと!スカート姿の母さんが、ひらりと足を開いてあたしの顔の上にまたがったのだ!近所にあたしの悲鳴が聞こえたら困るからって、また体裁ばっかり気にして!手で口をふさぐならまだしも、股間でふさぐとは!
薄い布たった一枚隔てて母さんのすえたような性器の臭い、尿の臭い、便の臭いをダイレクトに嗅がされた。
「臭い!」
と言ったら
「臭くてもいい!」
だと!信じらんねー事ばかりする母親だけど、この時も本当に信じられなかった。娘の口を股でふさぐかね?せめて手でふさげよ!テメエの股間はくせーんだよ!この人はあたしを人間扱いしていないと、何回目か分からないけど確信する。本当に酷い。
その後部屋を出たら、父さんがあたしに殴られた腕をさすりながらテレビを見ていた。あたしの顔見てギクッとしてやんの。あははははは。またラケットで殴られると思ったのかい?望むなら殴ったるで!何がどうでもテレビだけは見るんだねー。
母さんが狂ったようにお経を読んでいる。
線香をバンバン炊きながら、大声で。
そう、いつか小さかったあたしが幽体離脱した時のように、大声で読経し続ける。
無駄だよ、母さん。お経読んでも線香炊いても、あたしの非行は止まらないよ。原因はあんたらなんだからさ。ついでに股間の臭いも消そうねー。
読経後は、ばあちゃんの遺影に向かい、助けを求める。
「お母さん、助けて。マリはどうしてこうなったの?」
無駄だよ、母さん。ばあちゃんは助けてくれないよ。
どんな小さな出来事にも必ず原因と結果ってあるんだよ。そしてそれは絶対に合致しているんだよ。原因は、母さん、あんたなんだよ!よくよく考えてみ。
あんたもあたしの嫌がる事散々したよね?さっきも股で口塞いだし。そんな事したら娘にどう思われるか、後々どうなるかなんて考えないんだろう。母親の股間の臭いを強引に嗅がされた娘がどんな思いをするか考えないんだろう。それはあんたがわめくから、と言い訳すればいいと思ってんだろう。
だったらあたしがあんたの嫌がる事しても文句言えないよね?ねーっ?
担任の先生から、あたしの髪が長いから、切るか結わえるか何とかしてくれと連絡があった。誰が切るかよ。長い髪をなびかせて歩くのは、イイ女のステータスだよ!
父さんが力づくであたしを押さえ込み、母さんに言う、
「押さえているから切ってしまえ!」
「うん」
母さんが頷き、ハサミを取りに行こうとする。こんな時ばかり夫婦で結託しやがって、滅茶苦茶に切る気だろ。みっともない髪形にされるなんてごめんだ!
「じゃあ高校行かない!高校行かない!高校行かない!」
怒鳴ってやった。父さんの手が緩む。母さんもハサミを取りに行けなくなった。父さんの腕を振りほどいて言い続けた。
「高校行かない。高校行かない。高校行かない」
先に変な交換条件したのはお前らだ!宿題しなきゃ飯抜きだの、言う事聞かなきゃ目の前にあるケーキ食わせねーとか。手も足も出なくなった二人を置いて外に飛び出した。
何度も髪を手で触り、切られていない事を確かめる。
繁華街をほっつき回り、夜中に帰ったあたしに父さんと母さんが詰め寄る。
「何時だと思ってる!」
間髪入れずに言い返す。
「うっせー!バーカ!」
父さんが激高する。
「誰のお陰で学校に行っている?誰のお陰で生活している?」
また間髪入れずに言い返す。
「勝手に生んどいて、ふざけんな、バーカ!」
父さんの右手と右足が唸り、滅茶苦茶に殴られ、蹴られる。事故の後遺症もなく、暴力が振るえるようになった訳だ。散々弱々しく吠えていたくせに!
「お前!出ていけ!」
「ああ出て行ってやるよ!」
玄関に向かおうとすると腕を引っ張られる。
「どこ行くんだ!」
「出ていけって言ったろ!」
父さんがまたあたしに馬乗りになる。
母さんがこれ見よがしに言う。
「あなた、やめて、やめて」
また始まった!演技過剰ババア!良い母親ぶりやがってドアホ!また股で口塞ぐか?
ブチ切れた父さんがわめく。
「こんなん追い出したって、どうせどっかの不良にやられるだけだ。だったら、もう、いっそ、俺が」
…は?あんた今なんて言ったの?その先は何?
いっそ俺が、どうするの?
実の娘に、中学生の娘に、言う言葉なの?
いっそ
俺が
何を
するの…?
その夜、殺伐とした空気の中、家族全員が互いに互いを避けながら過ごした。
父さんはあたしを滅茶苦茶に殴りはしたが「そっちの手出し」はしなかった。
いや、母さんと姉ちゃんの見ている前では「出来なかった」のか?
ケツを出せなかった?
それともあたしが抵抗しなければ「やった」のか?
母さんと姉ちゃんが外出している時や、あたしが眠っている時だったら…?
父さんの唯一の武器、それは腕力だ。
あたしを抵抗できなくなるまで殴りつけ、蹴りのめし、
その後
何を
すると
いうの…?
…想像するだけで恐ろしい。
と言うか、想像もしたくない。考えられない。そして誰にも相談できない。
どうせこんな話など誰も信じてくれない。仮に信じてくれたとして、その人があたしに何をしてくれる。どう守ってくれる。それに変な目で見られるのはあたしだろう。悪く言われるのもあたしだろう。
ああ、眠れない。眠っていはいけない。眠ったら父さんに何をされるか、本当に分からない。母さんも姉ちゃんもどうせ助けてくれないだろう。どうしよう。
本当にどうしよう。どうすればこの家から、この劣悪な環境から逃れられる?どうすれば???もう、疑問符しか浮かばない。
やはりこんな家、出るしかない。働いて金を作り、アパートを借りて逃げるしかない。
ああ、誰か、誰でもいいから、誰か、あたしを助けて。ここから救い出して。
あたしが中学生でなければ。どこか、あたしを雇って。この家から出して。働かなければ。何としても働かなければならない。住み込みなら?
安心して眠りたい。家が最悪の場所だなんて。これから常に身構えていなくてはならないなんて。絶対に嫌だ。絶対になぶりものになどならない。絶対に性奴隷にもならない。
冗談じゃない。こんな悩みと恐怖を抱えている中学生がどこにいるの?誰か、どうにかして、あたしを守って。
いちばん信じられないのはこのあたしだよ。
だが本当にやりかねない。小さい頃、風呂に入れてくれた時、体の洗い方が何ともねちっこくて嫌らしかった。にやけていたし。父さんと風呂に入るのは嫌だった。小学生の時も、強引に風呂の戸を開けてあたしの裸を見た。胸を、股間を、凝視した。力ずくでブルマーを脱がせるとも言った。
次は、何を、されるんだろう。
実の父親に、まさかそんな、信じられない。
だがその信じられないような事ばかり起こるのがうちだった。
明日の今頃、あたしは無事だろうか…?
翌日、あたしは中学3年生に進級した。
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