空気になる
真谷大史
第1話
音楽は気分を上げるリモコンみたいな役割として使っている。
歌詞を聴いて思いに耽るような事は理解ができない。
ただのりの良い音を聴いてテンションを高めるだけの消費対象だった。
ある時友人から余っちゃったからと知らないバンドのチケットを貰った。
彼女と行くはずだったらしいがその前に別れたらしい 。
思い出したくなかったのだろう、金は良いと言われた。
一瞬迷ったがタダだしせっかくだからどんなもんか見ておこうと受け取っておいた。
2週間後、夜にチケットに明記されているライブハウスに向かった。
先入観無しに見たかったので事前に調べるのは止めておいた。
会場20分前に着くと、煉瓦造りの真四角な建物にどうやらファンらしい連中20人程が列を成して喋っていた。
新曲が会心の出来だと盛り上がっている。
文庫本を片手に暇を潰した。
気づくと会場時間で、入口前に百人ほど集まっていた。
店員が出て来て整理番号順に並んでくれと指示を出す。
15番だったのでかなり前に並んだ。
順番に呼ばれ、チケットのチェックをしドリンクチケットなるものを買わされた。義務のようで後で交換するらしい。
その後薄暗い店内の細い廊下や階段を進んでいく。
探検をしているようで心踊った。
物販を通り抜け少し歩くと開けた場所に出た。ここが会場のようだ。
すぐ左手の所にバーカウンターらしき所があって、先程買ったドリンクチケットで100%オレンジを交換した。
トイレに行きたくなるのを避けるため飲むのは後にしよう。
周りを見渡す。
立ち見らしく椅子はない。
奥の1m程の高さのところにステージがある。
左にピアノ、右にマイク、そしてステージの壁面すべてに灯りのないライトが張り付いていた。
メンバーは二人なのだろうか。
ステージの手前にはちょっとした柵があって先に入った客が早くも陣取っている。
今回はライブというものを観察してみるつもりなのでちょっとした段差の上で全体が見渡せる場所を陣取った。
非常に小さく音楽が流れているが知らない曲だ、このバンドの曲だろうか。
結構客が入ってきて満杯に近い。
後ろは多少スペースがあるがステージに近い方はぎゅうぎゅう詰めだ。
そろそろ時間なので携帯の電源を落とす。
足元が見える程度に付いていたライトが消えてステージの壁面に張り付いていたライトが一気に輝いた。
観客の拍手に迎えられて2人の女性が出てきた。
小柄で黒髪、前髪で顔を隠している方がピアノの前に。
長身でスラッとしている金髪ショートの方がマイクの前に立った。
どちらも華奢だ。
いきなり曲が始まった。
その瞬間、その細い身体から出ているとは到底思えない低く力強い声が耳というより全身の毛穴から飛び込んできた。
ずしん、ずしんと響くピアノが身体を震わせる。
よく会場との一体感が心地よかったみたいな感想を聞くが、
この時、自分の身体が会場に溶け込み
「音を響かせるだけの空気」になった気がした。
棒立ちになっている疲れなど微塵も感じない。
周りに対する恥ずかしさもない。
ただただ音に合わせて自分が震える。
気持ちいい
身体の感覚が戻ってきた頃にはもう終わりだった。
観客に礼をして二人がステージから去っていく。
観客は拍手で返す。
明かりがついた、終わったらしい。
早く会場を出たかった、何故か走りたかったのだ。
今回の歌手が本物だったのかライブハウスという環境が良かったのかはわからない。
わからないが、次回公演のパンフレットは受け取った。
空気になる 真谷大史 @mrz6
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