人間同士の吸収合併はおすすめしない

ちびまるフォイ

自分にひもづく価値

「なんだこの成績は! こんなんじゃ大会で勝てないぞ!」


「そ、そんな……」


チームメイトからは"あいつは終わった"という声が耳に入る。

才能をはじけさせてアスリートとして活躍できたのは昔の話。


人生の時間をすべて練習に費やしてきたので、

今さらアスリートとしての人生以外の選択肢など残っていない。


「お願いです! 見捨てないでください!

 俺には大切な妻も子供もいるんです!

 アスリートとして終わったら、もう何も守れない!」


「だったら吸収合併でもしてこい」


「きゅ、吸収合併……?」


「もはやお前ひとりの才能や能力では限界がある。

 他の人間を吸収して合併すれば変わるかもな」


それからしばらくして、人間同士の吸収合併ができることを知った。

吸収合併するための場所に向かうと、見知った顔がちらほらいた。


自分に気づくと嬉しそうにやってきた。


「"お水王子"じゃないか!」


「そのニックネームやめてくれよ。もうずっと前のものだし……」


「お前も人間合併しにきたのか。わかるよ。

 この頃になるともう自分ひとりの力の限界を感じる。

 合併して新たな可能性を試したいよな」


「誰と人間合併するかはもう決まってるのか?」


「もちろん。買収とまではいかなかったけど。

 やっぱり人間と吸収合併するなら、プラスになる方がいいだろう?」


人間合併では人間の才能や功績を評価してランク付けされる。

高いランクの人間ほど吸収合併するにはお金がかかるらしい。


さらにお互いの意識を50%ずつ同居させるのが人間合併で、

人間買収となると相手の才能を100%自分の体にうつせるらしい。

そのぶんお金はめちゃめちゃかかる。


「あ、呼ばれた。それじゃ先に合併してくるわ。

 次に会うときは生まれ変わった新しい人間だぜ」


「お、おお……」


アスリート仲間は合併室へと案内された。

戻ってきたときにはすでに別人のような顔になっていた。


「俺の体だぞ! 俺に使わせろ!!

 うるせぇなぁ、合併したからには僕にも権利がある!」


「おい大丈夫か!?」


慌てて駆け寄るも、差し出した手をはねかえされた。


「ありが余計なことございますんじゃねぇ!!!」


「ま……混ざってる……」


人間合併で他の人間の才能を入れたことで人格が保てなくなっている。

怖くなってしまい合併せずにその場を後にしてしまった。


競技の練習会場へ戻ってきた。


「おお帰ってきたか。で、人間合併はうまくいったか?」


「ええ……ま、まあ……」


「それじゃ練習だ。合併で新しい可能性を手に入れたところを見せてくれ」


合併していないことがバレれば、もう誰も自分を期待してくれない。

なんとかいい成績を残そうと努力したが結果は変わらなかった。


「……なんだこの成績は?」


「その今日は……合併したてで、あんまり馴染んでなくて……」


「そんなわけあるか! お前はもうチームにはいらん!!」


会場から追い出されると同時に自分の未来が閉ざされたのがわかった。

練習しかしてなかった自分はこれからどうやって家族を支えれば良いのか。

バイトすらしたこともないのに。


「はぁ……これからどうしよう……」


家になんとなく帰りづらくバーで時間を潰していた。

カウンターの横に座っていた客がこちらに気づいて声をかけた。


「あの、もしかして"お水王子"ですか?」


「ええ……もう10年以上も前ですけどね」


「いやぁ驚いたなぁ。こんなところで会えるなんて! 練習はいいんですか?」


「ハハ……もういいんですよ。どうせもう選手生命は終わりなんです……」


酔った勢いも手伝って、その男にこれまでのいきさつを話した。


「……というわけなんです。ちゃんこ専門店でも開こうかなとか思ってます」


「そんな危ない挑戦するくらいなら、私に買収されませんか?」


「買収?」


「私は社長なんです。仕事ひとすじで今まで頑張ってきました。

 しかし、お金と名声はあっても運動神経は手に入らなかった。

 だから私はあなたを買収したいんです」


「買収されたら俺はどうなっちゃうんですか」


「どうもなりませんよ。あなたが私に運動神経を買収すると同時に、

 あなたも私の社長としての才能を得ることができます」


「社長としての才能……!!」


自分がどう逆立ちしても得られない経営センスや知見が獲得できる。

そのためには自分のこれまで培ってきた運動神経を手放す必要がある。


けれど、もうそんなものに未練はなかった。


「妻と子供に良い生活をさせたいんです! 買収してください!」


「わかりました、買収登録をお願いします」


人間買収のサイトにお互い登録する。

自分が買収人間の商品一覧に並ぶのは変な感覚だった。


「SOLD OUT」になると、自分の体からは運動神経や鋭い感覚が抜き取られた。


その代わりに社長としての知恵や知識などが身につく。


「すごい! 生まれ変わったみたいだ!」


居ても立ってもいられずにバーを出るとその足で会社を設立した。

買収を経て取り出せるようになった社長的な才能を生かし、

選手時代よりも圧倒的なお金を稼ぎ出してしまった。


「いつまでも過去の栄光にすがってるんじゃなく、

 もっと早くに新しい挑戦すべきだった!」


上機嫌で久しぶりの自宅に帰ると、中には誰もいなかった。

愛する妻と子供の出迎えを楽しみにしていたのに。


「おおい、誰か。誰かいないのか!?」


喧嘩して実家に帰っているとかならまだわかる。

けれどその連絡もなにもなくこつぜんと姿を消していた。


連絡が来てないかと再度スマホの電源をつける。

画面には直前まで見ていた自分の買収商品ページが真っ先に表示された。


そのとき、画面に目が止まった。



『この人間を買収した人は、一緒にこんな人間も買収しています』



その下には自分の妻と子供が「買収済み」となっていた。

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