「ああ、良い思いが出来た」

「嬉しい記憶は正確に記録されるものですから。時にお客様、次がラストオーダーとなります」

「もうじゅうぶんだ。いい夢を観させてもらったよ。ありがとう」

「この先の記憶を辿らなくても良いのですか」

「いいんだ。彼女は結局来なかった」

「さようで御座いますか……そうしますと、後味が悪うございましょう。嫌な思い出を残したままになりますが」

「いや、そんなことはない。私には良い思い出だった。あぁ、ラストオーダーということなら、その時が来るまでクライスラーを脳内に響かせてはくれないか」

「『前奏曲とアレグロ』でよろしかったですね」

「そうだ、彼女が好きだった曲さ。小舟に揺られて聴くには最高の選曲だ」

「かしこまりました。しかし、これもあくまで記憶なので、正確な旋律はお客様次第でございますよ」

「わかっている。たぶん、一音も外さず記憶しているよ」

「承知しました。クライスラーの『前奏曲とアレグロ』を」

「ありがとう」

「こちらこそ。それでは彼岸までの、最後の記憶をお届けいたします。良き旅立ちを」

・・・

参考音源

クライスラー『前奏曲とアレグロ』

https://youtu.be/UsAFeOhKAr8

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