第8話大反撃2
「あー!ちょっと待ってよ!……あーあー、行っちゃった」
自分の静止を無視して、脱兎のごとく走り去るアゼルを見送りながら、一人その場に取り残されるサエコ。
「ふう~、しょうがないわね」
ポツリとタメ息をつくと、サエコは道端で気絶しているヒデアキの腕を掴み、ズルズルとツトムの家の中へ引きずって行った。
「あれ?でも確か、あのラブホテル、大分前に潰れたんじゃ……」
「あら、ようやくお目覚め?」
俺の耳に、さっき知り合ったばかりの、巨乳の銀髪ユルフワヘアーのお姉さんの声が届いてきた。
朦朧とした意識がしだいにハッキリしてくる。
「いてててて!」
突如後頭部に鈍い激痛が走る。
くそ~、なんだか最近、俺気絶ばかりしてね~?
「なんなんですか!いきなり踵落としをくらわせるなんて!」
そりゃあ、入浴中に覗こうとした俺も悪いけど、タオルを取ってくれって言ったのはお姉さんの方なんだし。
「まあ、ごめんなさい。手加減したのですけど、でも、元から大したお頭じゃないみたいですから、それ以上悪くなることはないですわよ」
おい、おい、それが人に謝る態度ですか?!
いくら温厚な俺でも我慢の限度ってもんがあるんですよ!
「ちょっと、お姉さん!加害者のくせに、失礼にもほどがあるでしょ!って、うわ!何だ?何で俺、椅子に縛られてるんですか!」
俺は椅子に座った状態で、腕と足は縄で縛られていた。
SMプレイの一種だろうか?
考えてみれば、お姉さんの態度も先ほどとはまるで違い、高飛車で、高慢な物言いだ。
も、もしかして、このお姉さん隠れ女王様?
まあ、どっちにしろ、俺はそっち方面の趣味はないんだけどさ。
ところが、お姉さんの口から思いもよらない言葉が飛び出してきた。
「あなたには「マブシンのアゼル」をおびき出す餌になってもらいます。ですから、逃げられないよう拘束させてもらいましたの」
俺は一瞬にして、今自分が置かれた状況を完全に理解した。
「「マブシンのアゼル」って、お姉さん、アゼルの知り合い?」
間違いない。このお姉さんは人間じゃないし、俺と出会ったのも偶然なんかじゃない。
「そうでした。自己紹介がまだでしたわね」
次の瞬間、凄まじい閃光で目の前が一瞬真っ白になる。
そして、真紅の軍服姿の女性が現れた。
「お初にお目にかかります。ワタクシ、天帝近衛師団装甲騎兵大隊所属、エリザベス・マクリーン中尉です。以後お見知りおきを」
お姉さんは、カーテンコールに応える女優のように、もったいぶったお辞儀をしてから、俺を見下すように笑いかけてきた。
「くそ、天界から来たってことは、お姉さんって、天使?」
「理解が早くて助かりますわ。その通りです。ワタクシたち天使は、天界の、いえ、5大世界を統べる偉大なる主の僕にして、その御威光をあまねく世に知らしめるための使者であり、その指し示す道のりを邪魔する不届き者に鉄槌を加える栄ある戦士なのです」
十字を切った後、恍惚とした表情で、祈りのポーズをとるお姉さん。
畜生!ふざけやがって!
こんなことなら、躊躇わず、さっさと風呂場に突入して、お姉さんのナイスバディをこの眼に刻み込んでおけばよかったよ。
あ~あ、自分の理性が恨めしい。
それにしても、俺の人の良さを利用するなんてけしからん!
ここは一つビシッと言ってやれないとな!
「栄ある戦士が聞いて呆れるよ!人を騙して、気絶させたうえ、椅子に縛り付けて拘束するなんて、どう見たって悪党のすることだろ!」
「あら、縛られるのがお嫌なら、背中の皮を椅子に縫いつけて、足をコンクリートづけにしても良かったのですけど」
「………人道的配慮に感謝いたします」
なんか、どこかの誰かさんが言いそうなセリフでした。
まあ、相手は年上みたいだし、あまり熱くなるのも大人気ないよな。
ここは少し、落ち着いて話をしようじゃありませんか。
えっ?!決して、さっきのお姉さんの言葉にびびったわけじゃありませんことよ!
あ、あたくし、そんなチキンハートじゃなくてよ!
「アゼルの知り合いってことは、お姉さん、エリザベスさんも未来から来たわけですよね」
「ええ、ワタクシは正規の手続きを経てね」
「?」
お姉さんの「正規の手続き」という言葉が妙に引っかかったけど、そんなことはお構いなしとばかりに、彼女は話を続けた。
「まあ、いいですわ。それよりも大人しくしてた方が利口ですわよ。どうせ、この要塞からは出られないんですから」
「要塞って、何いってんだよ!ここはただの潰れたラブホテルだろ」
そう、ここは十年近く前に潰れたラブホテルで、要塞なんて、たいしたもんじゃない。
「見かけそうですけど、ワタクシが改築して、今やここは、あの「マブシンのアゼル」を葬るためのありとあらゆる武器と罠を仕掛けた要塞、そう、ここがあの女の墓場となるのですわ!あ~あ、その時が待ち遠しいですわ!」
うわ~、マジかよ!
こういう自己陶酔型のタイプって危ない人が多いって聞いたことがあるけどさ。
なんだかもう、このお姉さん、猛烈な勢いで、あなたの知らない世界に突入しちゃってるよ。
だけど、
「どうして、そこまでしてアゼルのことを狙うんだよ?」
と、俺は最初からずっと感じていた疑問を、お姉さんにぶつけてみた。
「天界と魔界がこの人間界の覇権を争って、遥か古の昔から戦い続けてることは、聞いてます?」
俺は頷いた。
確かに、その話はアゼルのやつから聞いてるけど。
「でも、わざわざ過去にまで時間を遡って、追いかけてくるなんて普通じゃないだろ。何か恨みでもあるのか?」
まあ、アゼルの性格じゃ、天界はもちろんのこと魔界にも敵が多そうだけどな。
「あの女とは因縁浅からぬ仲なのは確かですけど。ワタクシは天帝近衛師団の軍人。私怨で戦うようなことはしませんわ。ここに来たのは、あくまで崇高な任務のため」
「崇高な任務?アゼルを葬ることがか」
「そうです。そして、それはあなたの利益にもなることなのですよ」
「俺の利益?」
お姉さんは、俺の顔を覗きこみながら、まるで俺の心の内を看破してるかのように、囁きかけてきた。
「あの女がいなくなれば、あなたは自由の身。地獄のような特訓の日々から開放されるのですよ」
「うっ、そ、それは」
ハッキリいって、俺は自分の心の動揺を隠せなかった。
「大丈夫、全部知っていますわ。あの女のせいで、あなたがどんな目に遭わされているか」
確かに今の生活は地獄だよな。
「ワタクシの任務が成功すれば、あなたにとっても悪い話ではないはず」
それから開放されるのなら少しくらいアゼルの奴が痛い目をみるくらい………。
「け、けど、いくら何でも殺すとか、物騒なことは」
思わず、俺の口から本音が漏れた。
「大丈夫ですわ。ワタクシたちは蘇生の魔術を使えます。一度ぶち殺してから、また生き返らしてあげますわ。まあ、でも、あの腐れビッチ、100年くらいはひき肉状態にしておいてやるつもりですけど。そのくらいの時間大したことありませんでしょ?」
どこの世界に自分の娘が100年間もハンバーグの材料でいることに我慢できる親がいるっーの!
「俺たち人間にとっちゃ、大した時間ですよ!今生の別れですよ!」
あんた、ホントに天使かよ?!
どこぞの獄長様がサンタさんか何かに思えるほどのヒールっぷりだよ!
「いかん、いかん、もう少しで騙されるところだった」
このお姉さん、見かけとは裏腹に、かなり腹黒い性格をしてるぞ。
「騙すなんて人聞きの悪い。ワタクシは心底あなたのことを考えて」
「よく言うよ。だいたいどうして、そこまでして、アゼルのことを葬らなくちゃならないんだ?」
そうだよ。
いくら魔界と天界が戦争してるからって、たかだか女の子一人、そんなに目の敵にしなくってもいいんじゃないか?
ところが、お姉さんは俺の顔をまじまじと見つめて、
「それは、あなたを真人間に更生させようとしてるからですわ」
などと、涼しい顔で仰いました。
「はい?」
「今から3年後、あなたは魔界から来たアゼルの母親と恋に落ち、二人は結ばれるのです」
「いや、その事は知ってるけど」
「魔界13大貴族筆頭のシュタイナー家の当主となった、あなたは放蕩三昧の末、シュタイナー家を破産させることとなるのですが、そのために魔界全体の力は大きく削がれ、情勢は、われわれの側に有利に働くこととなります」
「………」
「ですから、あなたには、更生などせず、是非このまま人間の屑でいてもらいたいのです!」
ひどい!ひどすぎるよ!!
俺のガラスのような繊細な心は、今の心無い言葉に、木っ端微塵に粉砕されちゃいましたよ!
アゼルが来てから、アイツの口から飛び出す罵詈雑言で、この手の精神攻撃にはかなり免疫が出来てきたけど、さすがに今日あったばかりの相手に人間の屑呼ばわりされるのは、もはや俺の心の安定の許容範囲を超えてるよ!
「い、いくらなんでも、それって天使様の言うことですか!仮にも人間に手を差し延べて、悪の道に染まらないようにするのが、あんたたちの仕事でしょうが!」
と、俺の心の叫びをぶつけると、
「あら、誰がそんなこと言いましたの?」
と、まるで俺の苦しみなどまるで眼中にないとばかりに、お姉さんは微笑みながら、そう答えた。
「誰って、常識でしょ!教会の神父さんや牧師さんは、そう信者さんに教えてるんですよ!」
「そんなの人間が勝手に、主の言葉だとかいって、勝手にやってることですわ。ワタクシたちにはあずかり知らないことですわ。主はあくまで、われわれ天界の民の主であり、いちいち人間たちの言うことなんか聞いておられるわけないでしよう。まあ、人間たちが勝手に崇め奉るのは勝手ですけど」
ひ、ひでーーーー!!
こんな話聞かされたら、全世界20億人のキ〇ス〇教徒は死んでも死にきれないよ。
こいつらにとっちゃ、俺たち人間なんて、ホントに顕微鏡で見ている細菌程度の存在なんだな。
「とにかく、ワタクシの任務は「マブシンのアゼル」を倒し、水谷ツトム、あなたを真人間に更生させることを阻止することにあります。そのためには手段は選びません!」
ああ~~、もう勘弁にしてくれ。
何で俺ばっかり、こんな目に遭うんだよ~~。
「それにしても遅いですわね。あのメッセンジャー、もうとっくの昔にあなたの家に着いてるはずなんですけど」
俺が意識を取り戻してから、そろそろ一時間になるころ、お姉さんは腕時計に目をやり、不機嫌そうに呟いた。
「メッセンジャー?」
まあ、自分でアゼルの奴を呼びに行くわけにもいかないだろうし、当然誰か代理を送るわな。
「ええ、駅前で適当な人を探していたら、見るからに軽薄で知性の欠片も感じさせないような風貌の男の人が声をかけてきましたので、その方にお願いしました」
軽薄で知性の欠片も感じさせないような風貌という言葉に、俺の脳裏に一人の人物の姿が浮かび上がってきた。
まさかね~。
「へ、へ~~、で、そいつ、どんな格好してました?」
「そうですわね。確かアニメ柄のTシャツに短パン姿で、サンダルを履いてましたわね。そうそう、すごく変なデザインの帽子も被っていましたわ」
間違いない!
この辺でそんなイカレた格好で、ナンパしてるやつなんて他にいるわけがない。
「………ヒデアキだ」
あいつ、妙なところで服装とかにポリシーとか持ってるからな。
「あら、お知り合いでしたの?」
「いや、まあ、一応そうなんだけどね」
俺は言葉を濁しながらそう答えた。
すると、
「………あなた、もう少し付き合うお友達は選んだ方がいいですわよ」
と、お姉さんは、ものすごく残念そうな人間を見る眼差しを向けて、本気で心配そうに、そう忠告してくれた。
「よく、サエ……他の人にも言われます」
許せヒデアキ。
今の俺にはこう答えるしかないんだ。
決してお前と同類に見られるのが耐えられないとか、そういう理由じゃないからな!
「このまま何もせずに待っててもしょうがないでわね。とりあえず、あの女が来るまでの間、食事を済ませておきましょうか。「腹が減っては戦はできぬ」と申しますし」
そういうと、お姉さんは部屋の奥から多量の弁当を抱えてきた。
「お、おい、まさかそれ全部一人で食う気じゃないですよね?」
どう見たって五十個近くあるぞ。
「あら、当然全部食べるに決まってますでしょ。人間界に来る楽しみといえば、これだけですもの」
と、さも当然とばかりに答えるお姉さん。
「それにしたって、いくらなんでも多すぎるでしょ。また、吐いたって、知りませんよ」
そんなに一度に食べたら、一個一個をゆっくり味わって食べれないと思うのだが。
どうやら、お姉さんには余計なお世話だったようで、
「あら、ローマ貴族は贅をつくしたご馳走を食べては吐き、食べては吐き、宴の間中そうしてたのですよ」
などと、俺にどうでもいい歴史の講釈をしてくれました。
「どう考えたって身体に悪いだろ!あと、生産者と食材に謝れ!ローマ貴族!」
そんな感じで話していたら、突然、俺の目の前で、お姉さんが床の段差につまずき、倒れてしまった。
「きゃーーー!」
「あーあ、いわんこっちゃない。大丈夫ですか?」
あんなに弁当を山のように抱えて、歩いてたら、倒れないほうが不思議だよ。
ところが、お姉さんは床に散らばった弁当をそのままにして、座ったままぴくりとも動かない。
「ん?どうしたんですか?」
あのぐらいじゃ、怪我するほどじゃないし。
う~~ん、どうしたんだろう?
「………コンタクトが外れてしまいましたわ」
必死で床の上を探すお姉さん。
天界にもコンタクトって、あるんだな。
また一つ勉強になりました。
生涯役に立つことはないだろうけど。
「ない、ない、ない、ないですわーー!ああーー!、もう、これから大事な任務を控えてるというのに、なんたる不覚でしょう!」
さっきまでのクールなイメージが吹き飛び、ただの運動オンチの天然系ダメっ娘になりさがったお姉さん。
つーか、こっちが本当の姿っぽいけど。
「まあ、これからアゼルと一戦交えようってーのに、それじゃあ、困る…」
「これから、全日本駅弁大会で購入した全四十七種類の駅弁食い倒れツアーを敢行するはずでしたのに!」
「そっちかよ!」
思わず、突っ込みを入れる俺でした。
そして、
「予備のコンタクトは?」
「ないですわ」
「じゃあ、眼鏡とか持ってないんですか?」
「……ありますけど」
「じゃあ、眼鏡をかければいいじゃないですか」
「……嫌です!」
「へ?」
「眼鏡は、ワタクシには似合いませんの」
「そんなこと言ったって、そのままじゃ不便でしょ?」
「……じゃあ、約束します?ワタクシが眼鏡をしても、決して笑わないと」
「え?ああ、別に笑ったりしませんよ」
「本当ですわね。本当に、本当?」
「ホントですよ、男に二言はありません!」
「じゃあ、ちょっと、ワタクシがいいと言うまで、目をつぶってて下さいます」
「分かりました……ほら、これでいいでしょ?」
と、なんだか、ラブコメちっくなやり取りの後。
「いいですわよ。目を開けても」
と、言う声がしたので、目を開けると………そこには。
「ぷーーー!うひゃひゃひゃひゃひゃ!な、何なんですか!その眼鏡!」
そこには、昭和のマンガやアニメに出てくようなビン底グリグリ眼鏡をかけたお姉さんがいた。
「いくらなんでも、その眼鏡はないでしょ!まさか狙ってワザとやってるとか、ひーーー!は、腹が捩れる!」
「………」
で、その後、
「ひーーーー!!ごめんなさーーーーい!」
俺の両足をバケツに入れ、無言でコンクリートを流し込むお姉さん。
俺は涙ながらに必死に懇願し続けた。
「笑いませんから!もう二度と笑いませんからーー!!」
お姉さん、怖すぎますよ!
「だから、嫌だと言ったのですわ!」
なんとか、お姉さんの怒りを静めるのに成功したものの、あかわらず不機嫌なことには変わりない(ビン底眼鏡は外しちゃいました)。
まあ、確かに人間の女の子だって、容姿のことでからかわれたら、怒るだろうし、やっぱ、ここは俺の方から謝たほうがいいだろうな。
「スミマセンでした。お詫びと言っちゃなんですけど、俺がお姉さんに食べさせてあげますから縄を解いてくれませんか?」
と、俺はお姉さんにささやかな和睦の申し出をした。
「そんなこと言って、縄を解いた途端に逃げる気ですわね!」
おもいっきり不信感丸出しで答えるお姉さん。
まあ、できればそうしたいんですけど、さっきの話じゃここから逃げるのは難しそうなんで、迎えが来るまで待つことにしますよ。
「そんなに疑うんなら、足は縛ったままでいいですから」
「でも、何で?………ハッ!まさか、あなた、ワタクシに人目惚れしたのですか?」
………つい二時間ほど前ならYESと答えたところなんだけど。
「ふ、残念でしたわね。いくらワタクシが魅力的とはいえ、ワタクシは天使。ただの人間であるあなたに手の届く存在では」
「……いえ、お姉さんの弁当を食べてる姿が、あまりに不憫で」
そう、俺の目の前で、お姉さんは、箸も使わず、弁当箱に顔を突っ込んで犬食いしているのだ。
極度の近眼のうえ、箸も上手く使えないのはしょうがないけど………。
「せめて手づかみで食べて下さい!その方がまだ文明人の欠片を感じさせてくれるから!」
「そんな、はしたないことができませんわ!」
「………」
どうやら、我々人間と、天界の天使達とではマナーに関して大きな隔たりがあるようです。
それにしても、
あ~~あ、顔中食い物のカスだらけで、こんなすごい美人がもったいなさすぎるよ。
100年どころか、1万年の恋も覚める光景だわな。
「後生ですから、何卒天使様のお食事のお手伝いさせて下さい!」
俺の魂の叫びでした。
結局、俺は腕の縄を解いてもらい横の椅子に座ったお姉さんに弁当を食べさせてやることになったわけなんだけど。
「こりゃ、確かに旨そうだ」
「そんなこと言ったって、あげませんからね」
「ちぇ、ケチ」
「さあ、早く、ワタクシに食べさせなさい」
「お、おう、じゃあ、まずはこのカマボコから。あーん」
俺は、姉さんの口の中にカマボコを一切れ入れてやった。
口の中で、ゆっくり味わった後、
「美味しい!これは何という美味なんでしょう!」
と、満面の笑みを浮かべるお姉さん。
良かった。
やっぱ、美味しい食べ物は人を笑顔にするもんだな。
お姉さん、アゼルを倒しに来たって言ってたけど、何とか説得して、穏便に帰ってもらうことができるかもしれない。
そうだよ!
俺たちは獣じゃないんだ!
いくら敵同士とはいえ、大した理由もなしに殺し合うことなんてないんだ!
きっと、アゼルがくるころには、もっとお互いのことろ理解しあって、よりよい関係を。
「じゃあ、次は、この豚肉の角煮を。ほら、あーん」
「あーん」
その時、まさにこれ以上ないというくらいのバッドなタイミングで、アゼルが、ドアを蹴破り、部屋の中に突入してきた。
「水谷ツトムーーーー!無事かーーーー?!」
………………………アゼルさん、ちょっと、というか、大分来るのが早すぎやしませんでしょうか。
一瞬、ピーンと部屋の中の空気が張りつめた後、
「………や、やあ、お早いお着きで」
と、まるで旦那の居ない時を見計らって、新婚ほやほやの新妻と浮気してた御用聞きの洗濯屋みたいに、俺は情けない声で答えた。
静まり返る室内。
「あ、あの~、アゼルさん?」
やばいな~。
こりゃ~、アゼルのヤツ、マジで怒ってるぞ。
「………おい、水谷ツトム。貴様一体ここで何をしていたんだ?」
アゼルは下を向いたまま感情を押し殺した声でそう呟いた。
「え?何って、その~」
慌てて言い訳を考える俺。
うーん、下手な言い訳は命取りになるぞ。
ここはスマートかつ、人の心に訴えるようなナイスな言い訳を考えなくっちゃな。
「え~と、そうそう!食事をするのが不自由な人のお手伝いをするボランティアの予行練習でもと。やっぱ、これからの日本社会に必要なのは助け合いの精神だと思うし」
「ボランティアの予行練習?」
いいぞ!
アゼルの表情がいくらか柔らかくなった。
ところが、
「誰が食事をするのが不自由な人ですの!あなたがどうしてもワタクシに食べさせたいと泣いて頼むから仕方なく、許してあげたのでしょう」
と、俺の隣にいた天界からきた天使のお姉さん、天帝近衛師団装甲騎兵大隊エリザベス・マクリーン中尉が、これ以上ないというくらいの不適切な援護射撃をしてくれました。
どうやら、失くしたコンタクトが見つかったみたいで、舌で舐めてから目にはめている。
「ちょ、ちょっと!お姉さん!」
くそ~~、せっかく上手くいってたのにー。
「………泣いて頼んだだ~?」
再び、ヤ〇ザのごとく俺にガンをつけてくるアゼルさん。
「いや、そうじゃなくて。お姉さん!別に泣いて頼んでなんかいないでしょー!」
俺は隣に座っているお姉さんに大声で怒鳴った。
「あら、『ああ~~、天使様、愚かで卑しくて救いどころのない「マブシンのアゼル」の父親であるワタクシめに、どうかあなた様のお食事のお手伝いをさせてください!』って言いながらワタクシの靴にキスをしたのは、どこのどなただったかしら?」
ちょっと、何てこと言うんですか!
そりゃ、食事を手伝いたいとは言ったけど、いくらなんでも脚色がすぎるでしょーが!
民放のワイドショーに出てくるコメンテーターなみに無責任な発言だよ!
「おい、捏造するにもほどがあるだろーが!それに靴にキスしたって、それじゃあまるで俺が危ない趣味の人みたいじゃないか!」
お姉さんがSだろうが、Mだろうがこちとら知ったこっちゃないけど、俺を「あなたの知らない世界」の住人扱いするのは大変迷惑なんですよ!
なのにお姉さんときたら、
「え、違いますの?」
と、まるで俺が当然「あなたの知らない世界」の永住権の持ち主みたいにいいやがるんですよ!
「あたりまえです!俺はそっちの趣味は1ミリも持ち合わせちゃいないんですからね!」
そうだよ!俺はいたってノーマルな性癖の持ち主なんだから。
「信じられませんわ。あなた、どこからどう見ても危ない趣味の人じゃありませんの」
ああ~~、何なんだよ、この人は!
「み~ず~た~に~、つ~と~む~」
いつの間にか俺のすぐ後ろに立っていたアゼルが、拳を握りしめながら、震える声で、呪詛を唱えるように俺の名前を呼んだ。
「バカ!こんな話信じるヤツがあるか。俺はいたって、今時珍しいくらいのどこに出しても恥ずかしくないノーマルな好青年だよ!」
「あなた、噓をつく時はほんの少し事実を混ぜとくのがセオリーだということを知らないんですの?100パーセント噓で固めた話じゃ、人は騙されませんよ」
「いいから、お姉さんは黙ってて下さい!」
俺の必死の弁明も空しく、アゼルは完全に俺がこのお姉さんとお子様には説明できないようなことをしてたと信じ込んでしまった。
そして、
「貴様というやつは心底見下げ果てた男だな。母上というものがありながら、よりによって、こんな天界の淫売天使に色目を使うとは………もはや我慢できん!」
と、不貞を働かし、家庭を崩壊させた父親を責める娘の目で俺に詰め寄ってきた。
結婚どころか、まだ未来のカミさんに会ってもいないのに、何でここまで責められなくちゃならないのーーー!!
「だ~か~ら~、誤解だって言ってるだろーが。ホントに食事の手伝いをしてただけなだからな」
「嘘つけ!貴様のような性欲魔人が、こんな歩く公然わいせつ罪の淫乱天使と二人だけでいて、何もないわけがない!」
「ちょっと!誰が歩く公然わいせつ罪ですの!聞き捨てなりませんわね」
まあ~、お色気で人を騙すような天使様ですから、身も心も真っ白とはいえないけどな。
二人の全面衝突は、もはや避けられない状況になってきた。
「うるさい!こうなったら、貴様ら二人仲良く生皮剥いで、樽に塩漬けにしてくれるわ!」
「なんなんだよ!その猟奇趣味てんこ盛りの発想は!」
こいつの危ない思考回路は誰の遺伝なんだよ!まったく親の顔が見てみたいわ!
………あっ!俺か。
「ふ、面白いですわ!返り討ちにしてさしあげますわ!」
天帝近衛師団のエリザベス・マクリーン中尉もまた臨戦態勢に入った。
顔には、さっきまで食べてた駅弁のごはん粒がついたままなので、いまいちキマってないけど。
「ああ~、もうお姉さんも挑発に乗らないで下さいよ!」
先に仕掛けたのアゼルだった。
使い魔の召還のポーズをとり、大声で叫ぶアゼル。
「出でよ!我が第一の使い魔、『鋼の牙』ウォルフィー!」
アゼルの使い魔、ヤークトパンサーのウォルフィーが現れる。
当然このラブホテルの部屋に収まるサイズではないので、壁をぶち抜き、車体が隣の部屋と廊下にはみ出した。
「さあ、覚悟するがいい!この淫乱天使めが」
ヤークトパンサーの砲身の先がお姉さんの方に向けられる。
ちょっと待てアゼル!
いくらなんでもそんなもんで撃ったらマズイだろ!
お姉さんのナイスバディが粉々の肉片になっちまうだろーが!
ところが、お姉さんはまるで動揺することなく、
「ふっ、アゼル、あなた相変わらず、そのような貧弱で無粋な使い魔を使役してるのですね」
と、切り捨てるように言い放った。
ああ~~、お姉さん、なんで挑発するようなこと言うんですか!
「何が貧弱で無粋だ!このヤークトパンサーのウォルフィーこそ、地上で最も美しく、そして最強の使い魔なのだぞ。その腐れ目ん玉かっぽじってよく見るがいい!」
だから~~、ヤーパンより………まあ、いいか。
そして怒り心頭のアゼルを尻目に、
「あら、ちゃんちゃら可笑しいですわね」
と、アゼルを小馬鹿にするかのように切り返すお姉さん。
「なに?!」
「あなたに見せて差し上げますわ。最も高貴で、最強の使い魔の姿を!」
使い魔の召還ポーズをとるエリザベス・マクリーン中尉。
「出でよ!我が第一の使い魔、『鋼鉄の城』コリンズ!」
閃光とともに、俺たちの目の前に、英国の重戦車「トータス」の姿をした使い魔コリンズが現れた。
トータスっていうのは、第二次世界大戦中英国が作った重戦車なのだが、試作車が数両作られただけで、戦争が終わってしまったので、知る人ぞ知るという超マイナーな戦車なのだ(当然こいつの馬鹿でかい車体も部屋に収まりきれず、壁をぶち壊してしまったわけだが)。
「こ、これは!」
目の前に現れたトータスを見て、さすがのアゼルも驚きを隠し切れないようだ。
「驚いたようですわね。まあ、当然ですけど。このコリンズこそ、この地上で最も美しく、高貴で、最強の名を頂くに相応しい究極の使い魔なのですよ」
意気揚々と自慢するお姉さん。
しかし、
「………不細工だな。美しさの欠片も感じられないぞ」
「ああ、これは、もう戦車というより動くトーチカか砲台だよな」
と、俺たち二人、しごく当たり前の反応してみせた。
そうなのだ。
このトータス戦車は長年ドイツの重戦車に泣かされた英国が、ドイツのタイガー戦車に対抗するために作ったのだが、タイガー戦車に対する恐怖心から異常なまでの重装甲にしたため、スピードも遅く、外見的にもお世辞にもカッコイイとは言えないシロモノになってしまったのだ。
まあ、個人的には無骨な外見が英国らしくて、嫌いじゃないんだけど。
だが、お姉さんは、自己陶酔型の人らしく、
「あなたたち何を言っているのですか!あなたたちにはこのコリンズの持つ力強さと繊細な気品と風格が分からないのですか?!」
と、強い調子で言い返してきた。
「いや、力強さはともかく、繊細な気品など微塵も感じられんぞ。この外見からは」
さすがのアゼルも我慢できず、珍しく突っ込みを入れた。
すると、お姉さんはよほどショックだったのか、ヘナヘナと床の上に倒れるようにしゃがみこみ、
「ああ~~、これだから魔界生まれの田舎者は困るのですわ。雅というものを理解する感性というものがないのですから」
と、悲劇のヒロインがよくやるお馴染みの嘆きのポーズをとり、天井を仰ぎながら、そう呟いた。
すかさず、アゼルが猛然と言い返した。
「何が雅だ!こんな戦車、うちの庭石のほうがまだましだ!」
「に、庭石ですってーーーー!!」
「庭石がご不満なら漬物石といい勝負だな。貴様のコリンズは!」
まあ、確かに採石場から切り出した石の塊みたいな感じだけどな。
「よ、よ、よくもワタクシの使い魔を辱めてくれましたわね。アゼル!今日こそあなたに引導を渡して差し上げますわ!」
「いいだろう!いいかげん私も貴様との因縁にはウンザリしてたのだ。今ここで決着をつけてやる!」
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