第5話誇り高き少女2



「ああ……ここが天国が。想像してたより、ショボイところだな」

 

今、俺の目の前には光の輪が浮かんでいる。

これがいわゆるエンジェル・ハイロウってやつか。

そんなことをぼんやり考えていたら、だんだん視界がはっきりしてきた。


「なんだ!ここ俺んちじゃねーか!」


よく見ると光の輪はただの蛍光灯で、その後ろには見慣れた我が家の薄汚れた天井が広がっていた。


俺は部屋の中をあらためて見回した。

この間買い換えたばかりの大型のハイビジョンTV、お袋のお気に入りの食器棚、そして所狭しと置かれた親父の悪趣味な海外土産の置物。

間違いなく、ここは俺の、水谷家の居間だ。


校舎の屋上からジャンプした後、俺は意識を失ってしまい、多分アゼルのヤツがここまで連れてきたのだろう。


だが、アゼルの姿はどこにも見えない。


「ったく、アゼルのヤツ、どこ行きやがったんだ?」


時計を見ると、もう夜の11時過ぎだ。

よろよろと立ち上がる俺。

身体の節々が悲鳴をあげている。


「くそー、汗ビッショりだよ。シャワーでも浴びてサッパリするか」


ボロボロの制服を脱いで、パンツいっちょの姿(因みに俺はトランクス派だ)で風呂場に向かう。

威勢良く脱衣所のガラス戸を開けると。


「!」


「……アゼル?」


そこには下着姿(スポーツブラと定番の縞パン)のアゼルがいた。

目と目が合う二人。

一瞬の静寂の後。


「死ねー!このド変態!」


鬼のような形相で洗面台を壁から引き剥がし、投げつけてくるアゼル。

間一髪で避ける俺。

脱衣所のガラス戸がこなごなに砕け散る。


「バカヤロー!投げるならシャンプーとか洗面器にしろ!覗かれた時のマナーも知らんのか!」


「うるさい!そんなマナーがあるか!」


俺は慌てて居間に逃げた。

下着姿のまま追いかけてきて、部屋の隅に俺を追い詰めるアゼル。

コイツ、マジで俺を殺す気かよ!


「落ち着け!とにかく俺の話を聞け!」


なんとか落ち着かせようとするが、アゼルのヤツ、まるで聞き耳を持たない。


「黙れ!一度ならず、二度までも自分の娘の下着姿を覗き見るとは!一瞬でもキサマのことを信じた私がバカだった!」


「まさかオマエが風呂場にいるなんて知らなかったんだよ。第一ここは俺んちだろーが!シャワーを使うなら、一言え!」


「しかたなかろう!気絶などしてるキサマが悪い!」


このアマー!

一体誰のせいで気絶したと思うんだ!

コイツら魔族とっちゃ、空を飛ぶことなんて歩いてコンビ二に行くようなもんかもしれないが、俺にとっちゃ、まさにミラクル初体験。

遊園地の絶叫マシーンでさえ苦手な俺にはほとんど拷問だよ。

ホント失禁しなかったのが奇跡だ。


「誰だって気絶するさ!あんな目に遭えばな!」


俺がマジで怒ってるのに察したのか、慌てて話題を変えるアゼル。


「ええい!とにかく私はシャワーを浴びたいんだ。さっさとそこをどけ!」


甘いぜ!ここは一つビシッと言ってやらないとな。

俺は、こほん!と咳ばらいしてから。


「待ちなさい!父親を差し置いて、それでいいと思ってるのか?オマエには親孝行する気持ちはないのか!どうなんだ?ちゃんと答えなさいアゼル!」


と、まるで昭和の頑固親父のような口ぶりでアゼルに説教する俺。

だが、アゼルのヤツ。


「うるさい!キサマなど父親と呼べるか!」


と、反抗期真っ盛りの中学生のような口答えをしやがった。

こうなると、もう俺の昭和の頑固親父魂についた炎は燃え盛るのみ!

二人の口論は激化の一途を辿っていく。


「アゼル!ワシはお前をそんな娘に育てた覚えはないぞ!」


「まだ育ててないだろーが!第一未来のキサマにも育ててもらった覚えはない!」


興奮のあまり、アゼルの腕を掴み、俺はそのまま説教を続けた。


「まったくああいえばこういう。情けないぞ!オマエはワシが腹を痛めて生んだ大事な一人娘だというのに!」


「ふざけるな!腹を痛めたのは、母上だろーが!!」


そんなこんな、二人で楽しく(?)親子漫才をしていたら。


「……何してるのツトム?」


と、背後からよく知った人物の声が聞こえてきた。

慌てて居間の入り口に目をやると、そこには二階から降りてきたサエコの姿があった。



以上、回想終了。



「で、どうするつもりだ?」


アゼルの使った後、俺もシャワーを浴びてから、私服に着替え、居間でよく冷えた麦茶を飲みならアゼルに尋ねた。


「何がだ?」


片手で麦茶の入ったグラスを持ち、テレビでやってる今日のニュースを横目に、そう答えるアゼル。

因みにシャワーから出た後、学校の制服以外用意してないというので、しかたなく今は俺のTシャツと短パンを身に着けている。

一応お袋の服ならあるのだが、、両親の部屋に入るのは個人的には勘弁してもらいたかったので、アゼルのヤツ、かなり不服そうだったが、まあ、我慢してもらうことにした。


「何がって、サエコのヤツに見られたんだぞ!明日学校で大騒ぎになるだろーが!」


アゼルはグラスに残ってた麦茶をグイっと飲み干してから。


「心配いらん。あの女には記憶改ざんの魔術をかけておいた。私とキサマは遠い親戚で、今日からキサマの家で同居させてもらっている、と今頃記憶が書き直されてるハズだ」

  

と、余裕タップリに答えた。

記憶改ざんね~。

あまりいいことじゃね~よな。

けどこの際、やむを得ないか。

あんな修羅場は二度とごめんだし。


「でも、先生やクラスの連中は?」


と、俺が再び尋ねたら。


「さっき学校から帰る際、校内に入った人間は全員、同様に記憶が書き直されるようにしておいた。だから心配はいらん」


これまた自信タップリに答えた。

まあ、俺のことを更正させるためにワザワザ魔界から来ただけのことはあるか。


「やるねー。さすがは魔界のエリート軍人さん、抜かりはないてっか」


「ふん、あたりまえだ。私はキサマとは違うのだからな」


珍しく感心したので、褒めたらこうだよ!

ホント、可愛くねーな。

せっかくの美少女がもったいなさすぎる。


「くそー、半分は俺のDNAで出来てるくせに」


「何か言ったか?」


ちょっと嫌味をいったら、おもいっきり睨みつけてきやがった。


「いいえ、何でもないです」


俺も残ってた麦茶を一気に飲み干した。



で、12時も過ぎ、いいかげん寝ることになったワケだが。

  

「じゃあ、寝るとするか。十分な睡眠は体調管理の基本中の基本だからな」


てな具合に、涼しい顔で、この部屋の主である俺のベッドを堂々と不法占拠しやがるんですよ!アゼルのヤツ。

しかも着替えを持ってきてないくせに、愛用の枕(ピンクの可愛らしい豹のイラストの書いてある)は、なぜか持参してるし。


「おい待てよ、何でオマエが俺のベッドで寝てるんだ?」


俺がそう言うと。


「まさかレディに床で寝ろと言うつもりなのか?なんて恥知らずな男だ!」


なんていいやがっるんですよ!

あのな~、そもそもレディは男の部屋で寝たりしないだろーが。


「そうじゃねーよ。親父とお袋の部屋のベッドが空いてるだろ。あっちで寝ればいいじゃないか」


「ふざけるな!あんな恥ずかしい部屋で寝られるか!キサマがあっちの部屋で寝ろ!」


どうやらアゼルのヤツ、俺が気絶してる間に一通り我が家の探索は済ませたようだ。


いや、確かに親父たちの部屋は、息子の俺から見てもかなり恥ずかしいんだよな。

部屋中、お袋の手作りの乙女ちっくな品(お袋は手芸が趣味なのだ)で溢れかえり、その上、親父とのツーショットのラブラブ写真で壁中埋尽くされているので、とてもじゃないが常人には5分と耐えられない。


「そんな恐ろしいこと言うなよ!あの部屋で寝るくらいなら居間でザコ寝するほうがマシだ!」


ん?そういえば、コイツの乙女趣味ってやっぱお袋の遺伝か?

なんて考えてたら。


「じゃあ、そうすればいいだろう」


と、アゼルの会心の一撃でゲームセット。


ひ、ひどい!

コイツには血も涙もないのか?

悪魔かコイツは!


……まあ、魔族だしな。


てな具合で、俺はこの世で唯一の安息の場である自分の部屋まで娘に取り上げられてしまいました。



「くそー、今日は酷い一日だったな」


真っ暗な居間で横になっていると、つい愚痴の一つもこぼしたくなる。

結局、あれから一睡もできない。

まあ、しかたないか。

昨日一日で全人生(それ以上?)のバッドイベントが一度に発生したようなもんだ。


「あ~あ、明日からどうなることやら」


ホント、明日をも知れない我が身とはこのことだよ。



ん?


誰かが階段を下りてくる足音が聞こえる。


まさかサエコのヤツが報復に?


慌てて狸寝りする俺。

でも、よく考えたら、その可能性はないか。

アゼルがアイツの記憶を改ざんしたんだからな。

じゃあ、誰が?

まさかアゼルのヤツか?

でも今頃なんの用で?

そんなことを考えていたら、足音が俺のすぐ傍で止まり。


「……」


狸寝りしているのも気づかず、アゼルは無言で俺の身体にタオルケットをかける。


そして去り際に一言、ポツリと。


「まったく……世話のやける男だ」

 

すごく優しい声で、そう呟くのが聞こえた。


そして彼女の足音は再び、暗闇の中に遠ざかっていった。



翌日。


二人仲良く(?)並んで登校する俺とアゼル。

結局、あれから一睡もできなかった。

あ~、気が重い。

このまま学校フケてしまいたのが今の本音だ。

だが、そんな俺の心の中の怠惰な気持ちを察知したのか、アゼルのやつ、いきなり厳しい口調で話しかけてきた。


「おい、ちゃんと我々の関係は覚えたんだろうな?」


「ええっと……オマエは俺の親父の従兄弟の親戚の兄弟の旦那の兄貴の娘だっけ?」


今朝覚えたばかりの設定だけど、あまりにも無理があるよな。


「違う!兄弟ではなく、姉妹だ!」


「そんなのどっちでもいいだろ!」


ホント、どっちでもいいよ。

アゼルが昨日言ったことが本当ならみんなの記憶は改ざんされてるわけだし、まあ多少無理があっても問題あるまい。

でも、そこで満足できないのがコイツなんだよな。


「何事も正確無比。準備万端怠らないのが、勝利の秘訣だ」


これ以上言い争いしてもしょうがない。

大人の俺が折れるか。


「はいはい分かりましたよ」


「『はい』は一回だ」


「……」


もう、どうせいっちゅーんだ!!



校内に入ると、さっそくアゼルの言葉が正しかったことが分かった。

正門の所で、俺たちは担任の土井先生に出会ったのだが。


「おはよう!海外から転校してきたばかりの親戚の女の子をエスコートして登校とは感心感心!」


やっぱり、アゼルが言ったとうり、俺たちのことを親戚だと記憶が書き直されているようだ。


「アゼルさんは凄い美人なんだから、悪い虫がつかないように、あなたが注意してあげなさいよ」


そう言って、土井先生は職員室へと去っていった。

アゼルは俺の方にチラッと目をやり。


「それじゃあ、私たちも教室に行きましょう」


と、気持ち悪いくらいの満面の笑顔で俺に微笑んできた。



教室の前の廊下を歩いていると、今度はヒデアキが俺たちに話しかけてきた。


「よー、ツトム、さっそく同伴登校かよ。いいねー、こんな美人の親戚と同じ屋根の下で生活できるなんて」


コイツも、やはり記憶が書き直されているようだ。

俺のことはそっちのけで、アゼルの気を一生懸命引こうとしている。

我が親友ながら能天気なやつだよな。

アゼルの本当の正体を教えたら、どんな反応するか興味あるけど、もう一度三途の川の手前まで行くのは勘弁したいところだ。

そんな我が親友に、大手ハンバーガーチェーンなみの0円営業スマイルで対応するアゼル。


「おはようございます。ヒデアキさん」


「おはよーアゼルちゃん!夕べ、コイツにヘンなことされなかった?」


バカヤロー!主にヘンなことをされたのは俺の方なんだぞ!

けど、まさかホントのことが言えるわけないし。


「アホか。そんなことするわけないだろ」


面度くさそうに、そう答えるのが俺にできるささやかな抵抗だ。


「そうですよ。ツトム君は紳士ですから」


と、アゼルのやつ、嫌味たっぷりに答えやがった。


「紳士ねー。今は猫被ってるだけかもしんないよ。もしヘンなことされそになったら、いつでも俺に相談してね」


「ええ、その時はお願いしますね」


チラリと俺の方を向き、背筋の凍るような笑みを浮かべるアゼル。


……多分、その時には間違いなく俺はこの世からランナウエイするみたいです。


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あと5分で予鈴が鳴るというのに、サエコのヤツ、まだ教室に現れない。

昨日あんなことがあったとはいえ、記憶は書き直されてるハズなんだから、欠席ってことはないよな。

そんなことを考えていたら、教室の前方のドアからサエコが入ってきた。

緊張のあまり、飲み込む唾も出ない。

もし、あいつが昨日のことを覚えていて、みんなにアゼルのことを話したら。

しかし、そんな俺の杞憂はすぐに払拭された。

サエコは俺とアゼルを見て、ニコリと微笑んで近づいてくる。


「おはようツトム。それにアゼルさん」


「ああ、おはようサエコ」


「おはようございます。サエコさん」


いつもと同じように挨拶を交わす俺たち。

良かった、ちゃんと昨日のことは忘れているみたいだな。


だが、安心したのもつかの間、サエコは俺たちの横を通り過ぎる際。


「夕べのことちゃんと覚えてるからね、私」


と、他の人には聞こえないくらいの小声で囁いたのだ。


「!」


そして、呆然とする俺たちをよそに、サエコは自分の席に無言で座り、その直後教室に予鈴が鳴り響いた。


昼休み。


人気のない校舎裏で、俺とアゼルはさっきのサエコの発言について話し合っていた。


「どうゆーことだよ!何でサエコのヤツ、夕べのこと覚えてるんだ?」


「確かにあの女にも魔術をかけておいたのだ。それが証拠に他の人間は全員ちゃんと記憶が書き直されているだろうが」


確かに担任の土井先生やヒデアキだけでなく、他のクラスメートも全員、アゼルと俺が親戚だと思っている。


「でも、ハッキリと夕べのこと覚えてるって」


サエコがそう言ったのは確かだ。

だが、サエコのヤツ、午前中はあれ以降一度も話しかけてこなかった。


「分からん。何故あの女だけ、私の魔術が通じないんだ」


腕を組み、険しい表情で考え込むアゼル。

う~ん、コイツ、もしかして自分で思ってるほど優秀じゃないんじゃないか。


「たんにオマエがヘマしただけじゃないのか」


と、俺がポツリと呟くと、


「誰がヘマをしたって?」


電光石火!アゼルのヤツ、俺に逆エビ固めをかけてきやがった。


ぎゃー!背骨が折れる!


「ギブー!冗談!冗談ですからー!」


「ふん!」


ようやく逆エビ固めから解放される俺。


「はあ、はあ、はあ、せ、背骨が折れるかと思った」


ホント、冗談の一つも言えやしないよ。

立ち上がり、服の乱れを正してから、俺に話しかけるアゼル。


「大げさなヤツだ……おい、水谷ツトム。あの島村サエコとは、どんな女なのだ」


「どんな女って、俺のお隣さんの幼馴染で」


幼稚園の時、アイツの一家が引っ越してきてからの付き合いだから、かれこれもう10年以上の付き合いになるのか。


「だからそうではなく、どういう血筋の者かと聞いておるのだ」


「血筋って?」


「あの女の両親はどんなヤツらだ?」


俺にはアゼルが何を言いたいのか良く分からない。

おじさんもおばさんも普通の人間だよ。

少なくとも魔界から来た誰かさんよりは。


「おじさんは米国生まれの日系のハーフで、空手と合気道の達人で、元CIAの特殊部隊の隊員で、今は駅前の雑居ビルの1Fで「パール・ハーバー」っていう名前のレストランのオーナーシェフをやってる、ごく普通の一般市民だよ」


おじさんは長身で筋骨隆々、髪型はオールバック、お店で仕事する時以外はいつも黒づくめの服装で、格闘技経験者特有のオーラをいつも全身から放っている。

 

「全然普通じゃないだろ!!元CIAの特殊部隊上がりのシェフなんて怪しすぎるだろーが!」


と、すかさず、俺に突っ込みを入れるアゼル。


「え、そうかな~?」


う~ん、子供の頃からの付き合いだから、今まで疑問を持たなかったけど、言われてみれば確かに怪しいかも。


「でも、料理の腕は最高だよ」


そう、実はおじさんの店は地元では知る人ぞ知る名店で、いつ行ってもお客さんでごった返してる。

サエコの話では、よくテレビや雑誌の取材の申し込みがあるそうだが、「騒がしいのは好まん!」とのことで、いつも断ってるそうだ。


「まあいい。父親の方はこの件には無関係のようだ。で、母親は?」


おじさんの方の嫌疑は晴れたのか、次はおばさんのことを聞いてきた。


「おばさんの実家は、確か信州かどこかの神社で、おじさんと結婚するまでそこで巫女さんやってたらしいけど」

  

おばさんのほうは、いかにも大和撫子といった風情の日本美人で、物静かで、心の優しい女の人だ(ここだけの話、実は俺の初恋の女性なのだ)。


「ほー、巫女か」


アゼルの瞳がキラリと輝くのを、俺は見逃さなかった。

こいつ、何考えてやがる?

俺はそのまま話を続けた。


「なんでも何百年も前から続く由緒ある神社で、ご先祖様が妖怪退治した話とか、よく子供のころ話してくれたよ」


まあ、田舎にはよくある話だよな。

ご先祖様が河童や猫又みたいな物の怪を退治したたぐいの話は。

今考えれば他愛の名御伽噺なんだけど、子供のころは結構ワクワクして聞いてたよ。


ところがアゼルのヤツ。


「そうか。これで納得できた。あの女はその母親の血、退魔師の血を受け継でおるから、魔族である私の力が効かなかったのだ」


と、信じられないようなことを言い出した。



「え?でも、妖怪退治なんて御伽噺だろ?」


俺は思わず反論する。

だってそうだろ?アイツが、サエコのヤツのご先祖様が退魔師だったなんて、にわかには信じられない。


「いいや、現実に魔界や冥界から、時たまこの世界に流れ込んでくる輩、まあ、大抵は犯罪者や、良からぬ流れ者の類なのだが、そういう手合いを駆逐する能力を持つ人間はおるのだ。あの女は退魔師の血を引く者なのだろう」


イマイチ納得できないが、他にサエコだけ魔術が効かない理由を合理的に説明できない。


「あのサエコがねー。う~ん、まだ信じられないな」


「あの女に最初会った時に感じた殺気は、そのためだったのか」


……いや、多分殺気の方は父親譲りだろう。


「それでサエコにオマエの術が効かない理由は分かったけど、これからどうするんだ?」


と、俺が尋ねると、


「どうもしない。あの女の出方を待つ」


アゼルはサラッとそう答えた。

おいおい、そんなことで大丈夫なのかよ?


「でも、マズくないか。オマエのこと言いふらされでもしたら、面倒だろ?」


実際、昨日のご乱心ぶりを考えるとかなり心配である。

だが、アゼルは慎重に言葉を選びながら、


「あの女はバカではない。自分以外の人間の記憶が操作されてることから、既に私が普通の人間ではないことに気づいているだろう。下手にこちらから動くのは得策とは言えない」


と、クールに答えた。


確かに皆の記憶が改ざんされているのが分かっているのに、大騒ぎすれば、アイツの方がおかしい目で見られることになるのは必然。それが分からないほど馬鹿じゃない。


「そうか……向こうの出方を待つしかないか」



そうこうしている内に、昼休みの終わりのチャイムが鳴るのが聞こえてきた。


「一旦、教室に戻るか」

 

そういうと、アゼルのヤツ、踵を返してすたすたと歩き始めた。

俺も彼女を追うようにしてその場を後にする。


「なあ、アイツにオマエの魔術が効かないとしたら、どうするつもり……」


俺が言い終わらない内に、いきなりアゼルが立ち止まった。

彼女の目線を追うと、校舎の通用口の前に立つサエコの姿があった。


「サエコ、こんなところで何やってんだ?」


思わず、俺はサエコにそう問い詰めた。


「……」


だが、サエコは何も答えないまま、俺たちの方に歩いて来て、


「アゼルさん、ちょっと二人だけで話しがしたいんだけど」


と、真っ直ぐにアゼルの方を向き、そう話しかけてきた。


なんだ、コイツ?


無視された俺は、ちょっと腹を立て、再びサエコを問い詰めた。


「おい、無視すんなよ。アゼルに何か話があるのか?」


だが、サエコのヤツ、そのままアゼルを凝視して、


「手間は取らせないから」


と、まるで俺のことが見えてないかのように話続けた。


こんな真剣な眼差しのサエコを、俺は今まで一度も見たことがない。

アゼルは一瞬考えこむかのように、瞳を閉じてから、


「水谷ツトム、先に戻ってろ。私はこの女の話を聞いてから戻る」


と、俺に言い聞かせるように言った。


こりゃ~絶対ヤバイよな。

アゼルのヤツ、完全に素に戻ってる。

ここで二人だけにするのはあまりに危険だ。


「でも……」


なおも食い下がるが、今度はサエコが俺を説得するかように話しかけてきた。


「お願いツトム、二人だけにして」


……これ以上ネバっても無駄か。


「じゃあ、さきに教室に戻ってるから」


そういって、二人を残し、俺は独り教室へと戻っていった。

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