第4話誇り高き少女1
「……ツトム」
「……水谷ツトム」
「これって」
「これは一体」
「どーゆうことよ!」
「どーゆうことか説明せんか!」
二人の少女が俺の家の居間で睨み合っている。
時間は夜の11時を少し過ぎたところだ。
一人は隣に住んでいる幼馴染で同級生の島村サエコで、もう一人は今日俺のクラスに転校してきた魔界の武装親衛隊少尉アゼル・フォン・シュタイナーだ。
二人は既に臨戦態勢。
いつ武力衝突に発展してもおかしくない状況だ。
いや、この様子じゃそんなもんじゃ済まないだろう。
第三次世界大戦レベルの危機だ。
「ちょっと、ツトム、黙ってちゃ分からないでしょ!」
事態を静観してた俺に我慢できず、先に戦端を切ったのはサエコだった。
「何で転校生のアゼルさんがあんたの家に居るのよ!しかもこんな時間に!」
うっ、痛い所を突いてきやがって、さすがは剣道部。
「え~とだな、これには深い事情があって」
俺はしどろもどろに答えた。
「どんな事情があれば、今日外国から転校してきたばかりの女の子が、こんな時間に……しかも……し、下着姿で、あんたの家に居るってーのよ!ふざけんじゃないわよ!」
サエコのヤツ、マジに切れかかってやがる。
う~ん、確かにこの状況はまずいよな。
今、俺とアゼルは下着姿なんだよな。
いや、別にエッチなことしてたわけじゃねーぞ。
「夜になっても帰ってこないから、心配になって来てみれば、下着姿のアゼルさんの腕を掴んで押し倒そうとしてたくせに」
二階の俺の部屋とサエコの部屋は手を伸ばせば届くくらい近いもんで、子供のころからお互い窓から出入りしてるんだが、さすがに今日はマズかった。
まさかアイツがこんな時間にやってくるとは想定外だったよ。
二階の俺の部屋から入ってきたサエコは、ちょうど居間で言い争ってる俺たちと鉢合わせしちまった。
「だから誤解だって!俺たちはただシャワーを浴びる順番のことでちょっとモメてただけで、決してお前が考えてるような不埒な行為に及んでたワケじゃ」
「シャワー!ツトム、あんたシャワー浴びるようなことしてたの?!」
ああ~、なんだか泥沼の様相を呈してきたよ。
そんなこんな、俺が何とか平和的に問題を解決しようと努力してたら。
「さっきから、ギャーギャーうるさい小娘だな。キサマ、確か島村サエコとかいったな。これは我々二人の問題だ。部外者は黙っていてもらおうか」
と、アゼルが見事な援護射撃をしてくれました。
「ギャーギャーうるさい小娘?アゼルさん、あなた……」
もう、修羅場確定っす。
俺は自分の急速に鼓動が早くなるのを感じた。
やばい、このままポックリ逝きそうだぜ。
「だいたい、水谷ツトム、こいつは何なんだ?こんな夜更けに若い男の家に恥じらいもなく忍び込んでくるような破廉恥な尻軽女なんかと付き合っているのか?こいつはキサマの何なんだ?納得のいくよう説明してもらおうか」
「だから~、こいつは、俺の幼馴染のお隣さんで……」
「誰が尻軽女よ!私はツトムの保護者よ!ブラジルに行ってるおじ様とおば様にツトムのこと頼まれているんだから!あなたこそ、何なの?!」
保護者って……俺より三ヶ月早く生まれただけだろ。
事態は急速に悪化の一途を辿っている。
ああ、もう、いいかげんにしろってーの!
などと考えていたら。
「私か?私とこいつは他人ではない」
と、アゼルのやつ、いきなり爆弾発言をかましやがった。
しかもメガトン級だよ、こりゃ。
「他人じゃないって、まさか?」
「そうだ、この男、水谷ツトムと私は運命で結ばれた、いわば一心同体ともいってよい間柄だ」
そりゃ、俺たち親子ですからね。
でも、まあ、まともな人間はそんなこと思いもしないだろう。
当然、サエコのヤツの思考は、もっと思春期の青少年にありがちな不健全な想像に至った。
「やっぱりエッチしたんじゃない!このドすけべ!変態!歩く公然わいせつ罪!」
「ちょっと待てー!いくらなんでもいい過ぎだろ!何だよ、歩く公然わいせつ罪って?それにアゼル、おまえも誤解を招くような言い方すんな!」
「何だ、事実を言っただけだろう。私とキサマは他人ではないんだからな」
だからもう、頼むから黙っててちょーだい!!
俺が必死に火消しに奔走してる傍から、ガソリンぶちまけるような真似しやがって。
「だ・か・ら!その言い方がマズイんだってば!」
もう、ほとんど泣きそうだよ、俺。
なのにサエコのヤツ、まるで人生堕ちるとこまで堕ちた残念人間のチャンピョンでも見るかのように。
「やっぱりそうなのね……ツトム、あんた遂に超えてはならない一線を越えちゃったんだ。オタクで、ギャルゲーばっかやってる、どうしようもないヤツだとは思ってたけど、とうとう仮想世界じゃ満足できず、リアルの女の子に手をつけちゃったのね」
と、冷え切った眼差しを向け、ポツリと呟きやがった。
ホント!今すぐどこか遠くの場末の港町にでも逃げてしまいたい!
だが、そんな俺の気持ちなんか、二人ともこれっぽっちも考えちゃくれないんだよな。
今度はアゼルのヤツがまるで警察の取調べ官のように(一応断っておくが、俺は生まれてこのかた一度たりとも悪いことして警察のご厄介になるようなことしてねーからな!)俺を問い詰めてきた。
「おい、水谷ツトム、ギャルゲーとは何だ?」
そんなこと今はどーでもいいだろーが!
ギャルゲーはギャルゲーだよ!
カップ麺と並んで、独身男の必需品だよ!
……何て、とても言えた雰囲気じゃない。
とりあえず、ここは当たり触りのない返事しとくか。
「え、いや、その~、そう!ギャルゲーというのは女の子との人間関係を円満に対処する方法をレクチャーしてくれる指南書みたいなもんで……」
これで、まあ、この場はひと安心かと思いきや。
「嘘ばっかり!アタシ知ってるんだからね。あんたのやってるギャルゲーのジャンル、そんな可愛いもんじゃないでしょ!女の子を××××したり、×××とか、××××とか、果ては××しちゃったり、そんなゲームばっかじゃない!」
と、またもサエコのヤツがとんでもないこと言ってくれました。
こいつらマジで俺を社会的に葬る気じゃないのか?
とにかく、なんとかしないと。
「何で知ってんだよー!って、い、いや、俺はそんな×××なギャルゲー持ってねーよ!神に誓って!」
「じゃあ、押入れの屋根裏にあるアレは何なのよ!、他にもアソコとか、アソコとか、シラを切っても無駄!アタシ、あんたのお宝の隠し場所全部把握してるんだからね」
サエコさん!プライバシー保護って言葉知ってますか?!
いくら幼馴染とはいえ、やって良いことと悪いことがあるだろーが!!
「オマエ、そんなとこまで調べてるのかよ!俺の人格権を踏みにじるにもほどがあるだろ!」
「おい、水谷ツトム、あとで色々と聞かなくちゃならないことがありそうだな」
ああ~、とうとうアゼルまで俺のことを残念人間のチャンピョンみたいな目で見始めたよ。
「だから~、アレはヒデアキが無理やり俺に押し付けたもんで、別に俺が買ったワケじゃ……あっ!」
「ふ、どうやら馬脚を現したわね。ツトム、幼馴染のアタシを謀れると思って!」
そんなー!違う、違うんだ!
ホントに持ってただけで、プレイしてないんだ!
俺の好みはあくまでピュアで甘酸っぱい女の子との青春の1ページなんだ!
みんなは信じてくれるよな?
俺が××××したり、×××とか、××××なギャルゲーなんかしないってこと!
何だよ、何なんだその目は?!
やめろー!俺をそんな目で見ないでくれー!
ってな具合で、俺が心の中で色々と葛藤してる間にも二人の少女の戦いは続いていた。
「どう、アゼルさん、アタシとこいつの関係理解してもらえたかしら?アタシとこいつは子供の頃からの腐れ縁で、こいつのことなら何だって知ってるんだから」
完全に自分の勝利を確信しているサエコ。
だが、そんな彼女にアゼルは事も無げに言い切った。
「それが何だというんだ。私とこの男とは生まれた時からの腐れ縁だぞ!」
「なっ?!う、生まれた時!」
戦況は逆転。
一転してサエコのヤツ、窮地に追い込まれた。
「そうだ、しかもついさっき我々はお互いの運命を受け入れ、共に歩んでいくと誓い合ったばかりだ」
さらにトドメの一撃。
サエコはオロオロするばかりで、完全に戦意を喪失している。
「まさか、そ、そんな、嘘よ!そんなこと」
「嘘ではない、何ならコイツに聞いてみろ!」
「ツトム!」
俺に向かって必死に叫ぶサエコ。
心なしか目が潤んでいるように見えた。
アゼルのヤツ、こりゃ確信犯だな。
まあ、頭に血が上ったサエコのヤツも悪いけど、ここまで完膚なきまで叩き潰すとは……魔界武装親衛隊のアゼル、恐ろしい娘!(ここは月〇千〇先生のイメージで)
なーんて、バカなこと言ってる場合じゃない。
「いや、だから、そうじゃないんだよ、確かに俺とアゼルの間には、他人には理解し難い複雑な事情があるのは事実だけど」
「……」
サエコの耳には俺の声は届いてないみたいだ。
「サエコ?」
「……そうなんだ」
やれやれ、やっと反応したか。
俺がそう思った次の瞬間。
「バカー!」
と、大声で叫んだ後、サエコのヤツ、居間の食器棚の上の花瓶を俺の頭におもいっきり投げつけてきやがった。
「バカ、バカ、バカ、ツトムのバカ!もう知らない!」
そして、泣きながら俺の家から飛び出して行った。
あとに残されたのは、割れた花瓶と無残に横たわる死体……ではなく下着姿の俺と、そんな俺を冷ややかな目で見つめるアゼルの姿だった。
「何だ、あの女?台風みたいなヤツだな。それじゃ、シャワーは私が先に使わせてもらうからな。ああ、そうだ、私が出てくるまでに、ここをちゃんと片付けておけよ」
そう言うと、居間でダウンしてる俺を残し、シャワーを浴びるため、一人風呂場へと去って行くアゼルであった。
神様……どうして俺の周りにいる女の子は、デンジャラスで、ゴーイング マイ ウェイなヤツらばかりなんですか?
申し訳ないが、ここでちょっと時間をさかのぼらせてもらう。
時間は今から約二時間ほど前の夜の9時すぎ。
場所は俺が通う私立特光大学園高等部の校舎の屋上。
突如、アゼルの口からトンデモない言葉が飛び出してきた。
「それは!キサマが!将来私の母上と結婚して、私の父親になる男だからだ!!」
数分、いや数十分だったかもしれない。
俺が我に返るのにかかった時間は。
「……はい?」
俺の頭の中は真っ白で、彼女の言うことをなかなか理解できないでいる。
それでもどうにか、俺は言葉を続けた。
「え~と、父親って、誰が?」
「だから、キサマだと言っておるだろーが!」
「誰の?」
「私のだ!何度も言わすな!」
「……」
どうやら、冗談ではなさそうだ。
あの猛烈にプライドの高いアゼルが、冗談でも、俺のことを父親であるなどと言うはずがない。
でもな~あ、やっぱ信じられないよ。
いきなり自分と同じ年頃の女の子が娘だって言われても。
「どうした、何で黙っている?」
「う~ん、そうか、そうなのか」
「やれやれ、ようやく理解できたようだな」
「え~と、父親って、パパってことだよな」
「え、いや、確かにそう呼ぶ者もおるかもしれないが……おい、水谷ツトム、勘違いしてもらっちゃ困る。私はそんな風には呼んだことは一度も……」
「でも困るんだよな、そういうの」
「え!」
「俺ってこう見えてもプラトニック派でさ、そんな若い娘を愛人にして、パパとか呼ばせてる政治家やIT成金のオヤジどもと一緒にされるのは」
バキッ!
アゼルの肘鉄が俺の顔面にクリティカルヒット!
「いててて、冗談だよ!冗談!雰囲気を和ませようとしただけだろ」
「ふざけるな!状況をわきまえんか!」
あちゃ~マジで怒ってるよ。
「悪かったよ。う~ん、じゃあ、ホントなわけ?俺が、その、オマエの父親だって話?」
「ああ、認めたくないがな……本当に……本・当・に!認めるのが悔しくて、悔しくて堪らないが、偽らざる真実だ」
……何もそこまで嫌がらなくてもいいじゃん。
ん?、でも、それって。
「じゃあ、アゼル。オマエが来た魔界って、今現在の魔界じゃなくて」
「そうだ、今から20年後、未来の魔界からやってきたのだ。禁断の魔術を使ってな」
アゼルの話によればこういうことだ。
今から3年後、19歳の俺(大学生になれたかどうかは怖くて聞けなかった)は、魔界からこの世界、人間界にやっきたアゼルの母親、イルザ・フォン・シュタイナー武装SS大尉と出会う。
彼女も魔界の武装親衛隊の隊員で、特別な任務で人間界にやってきたのだが、運悪く、敵である天界近衛騎兵連隊の偵察隊と遭遇し、戦闘で傷を負ってしまう。
そして、その彼女を匿い、介抱したのが俺なのだそうだ。
「人間界と魔界を含めて、世界って全部でいくつあるんだ?」
「まず天使どもの住む天界。次に我ら魔族の住む魔界。あとは冥王の治める冥界と精霊王の治める精霊界。そして最後にキサマらの住むこの人間界。全部で五つの世界が存在する」
アゼルの説明によれば、天界っていうのは俺たちが考えてる天国とは違う世界で、俺たち人間が死んだからって行ける場所じゃないそうだ。
また冥界も同じで、どこの世界の人間もそこで生まれ、そして死んでいく。
「じゃあ、死んだら、どうなるんだ?」
「知るか、そんなこと死んだヤツに聞け!」
……身も蓋もない答えでした。
とにかく、その天界を治めているのが天帝と呼ばれる人物で、魔界皇帝と同じように自分の軍隊、天界聖十字軍を持ち、その中でも近衛騎兵連隊は精鋭中の精鋭なのだとか。
そんで、天界と魔界は人間界の覇権を争い、もう何千年も前から戦い続けているそうだ。
もちろん俺たち人間の知らないところでだ。
人間界を奪いあう理由は?とアゼルのヤツに聞いたら。
「知らん。いや、知る必要などない!」
と、即答した。
「え、だって命がけで戦ってんだろ?普通理由くらい知りたくならねえ?」
俺は基本的に平和主義者だが、どうしても戦わなければならないという時には、やはり武器を取って戦うだろう。
でも、それには少なくとも俺自身が納得できるだけの理由が必要だ。
お偉いさんの勝手な都合や、連中の気まぐれで戦うのは御免こうむる。
でも、アゼルのヤツは。
「軍人は命令に従うだけだ!」
と、何の迷いもなく言ってのけた。
「忠誠こそ我が名誉!これこそ魔界軍人の誉れだ!」
まったく、こういうヤツばかりだと支配する方は楽でいいよな。
いちいち有権者のご機嫌とるために金とか利権ばらまかなくてもいいんだから。
どっかの国の政治家みたいに。
「キサマも私の特訓を受ければ、すぐに魔界軍人精神が身につくはずだ」
……全力で御免こうむる。
ちなみに精霊界は天界、冥界は魔界とそれぞれ同盟関係にあり、支援はするが、直接戦闘には参加しないそうだ。
アゼルに言わせれば。
「まったく、連中は日和見主義者の腰抜けどもだ」
だそうだ。
日和見というより、そっちの方が賢くねーか?
理由も分からず、戦い続けてるよりさ。
で、話の続きだが。
イルザを看病するうちに、俺と彼女は互いに惹かれあい、彼女が全快する頃には二人は愛し合うようになっていた。
まあ、よくある話だ。
そして傷も癒え、魔界に戻らねばならなくなった時、イルザは人間界に留まり、俺と一緒になることを望んだ。
なぜなら、魔界の、しかも13大貴族の内でも名門中の名門といわれるシュタイナー家の娘が、人間と結ばれることなど決して認められることではなく、もし彼女が魔界に戻れば二人は二度と会うことができなくなるだろう。
イルザは魔界貴族としての地位も名誉も全て捨てて俺を選んだのだ。
「すげーいい話!映画にでもしたら『100万人が泣いた!』とか言われそうだよ」
「ふん、そういう映画に限って駄作が多いんだ」
ひ、ひでー、仮にも自分の両親のラブストーリーだろうが。
でも、まあ、世の中そんなに甘くはないわけで、当然イルザの父親、シュタイナー家の当主にして、魔界陸軍参謀総長のゲオルグ・フォン・シュタイナー上級大将は娘を取り戻すべく、部下の中から腕利きを選び出し、人間界に追っ手を差し向けた。
「おお、いよいよ盛り上がってきたな。で、どんなスペクタルなストーリーが展開するわけ?」
「母上が絶縁状を送りつけたら、おじい様が、二人の仲を認めるから、親子の縁だけは切らんでくれと泣いて懇願したそうだ」
「……何それ?全然盛り上がらねーじゃん!」
「ふん、事実だからな……母上は若い頃から頑固で、『魔界の鬼将軍』と呼ばれたおじい様も母上だけには敵わなかったそうだ」
「魔界の鬼将軍の名が泣くだろーが!」
まったく、どこの世界にも親バカってヤツはいるんだな。
それはともかく、まあ、そういうわけで幾多の困難(?)を克服して俺とイルザはめでたく結ばれたというわけだ。
「いやー、めでたし、めでたし。久々にいい話をきかせてもらったよ。で、この話の何が問題なわけ?」
「全然めでたくない!問題なのはこのあとだ!」
「え、なに、この『100万人が泣いた!』話に続編があるの?」
「ああ、聞くも涙、語るも涙の悲劇としかいいようがない話がな」
アゼルが憎悪に満ちた眼差しで俺を睨む。
ごくり。
生唾を飲み込むと同時に俺の頬から冷や汗が滴り落ちる。
何だか、いや~な予感がするなあ。
「母上と結婚して、シュタイナー家の当主になったキサマは、しばらくの間は大人しくしてたが、すぐにその品性下劣な本性を表し始めたのだ」
……品性下劣って、そこまでひどいかな、俺って。
「高価な宝石や調度品を買い漁るなどの贅沢三昧は言うに及ばず、。夜毎狂乱の宴を模様するは、屋敷の無駄な増改築をするは、果ては美人メイド100人隊などという、とんでもないものまで作りおって、とうとう我がシュタイナー家を破産してしまったのだぞ!」
俺はどこかの国の指導者か!
でも、完全に否定できないところが悲しい。
やりかねないかも、いきなりそんなスゲー金持ちになったら。
特に美人メイド100人隊はかなりそそるものがあるよな。
「領地も屋敷もすべて借金のカタに差し押さえられ、魔界13大貴族の筆頭であった我が家が、今では築300年、八畳一間、風呂なし、日当たり最悪の安アパート住まいだ!おじい様は心労のあまり、すっかり老け込み、今は知り合いの屋敷にご厄介になっていて……それもこれも全部キサマのせいだ!キサマが、愚かで、怠惰、非常識で、名誉とか誇りという高貴な精神を一欠片も持ちあせててない最低の人間だから、こうなってしまったのだぞ!」
まだやってもいないことで、ここまで非難される俺って。
でも、ちょっと待てよ。
「おい、借りに今の話しが事実だとして、オマエの母親、イルザさんは何やってたんだ?俺の暴挙を止めなかったのか」
「母上は純粋で心優しい方なのだ。全財産を失ったというのに、キサマが喜んでくれているならと、まったく気にかけていない。それどころか『アパート住まいの方が、愛する人のすぐ側にいられて嬉しいわ!』などと仰る方なのだぞ!」
いやー、そこまで愛されるのって悪い気はしないな。
これも俺の人徳ってやつ?
「まあ、本人たちがいいんなら、別に構わないんじゃない」
と、俺が素直な感想を述べたら。
「ふざけるな!!魔界軍創設以来の逸材と言われ、次期参謀本部次長の椅子が確実だった母上が、今では安アパートで造花の内職をしているのだぞ!これを悲劇と呼ばず何だというのだ!それもこれも、全部キサマのせいだ!それなのに何だ!さっきから人事みたいに。少しは反省せんか!」
と、猛反撃されてしまいました。
やばい、このへんで少し話題でも変えるか。
「反省って言われてもなー。それより、その~、俺の将来の嫁さんになるイルザさんの写真って、いま持ってる?」
「う、なぜだ?」
「そりゃあ、将来の嫁さんがどんな人か気にならない男はいないよ」
これは、まあホントの話。
というか、一番気にかかるところだよな。
だが、アゼルはあからさまに不機嫌そうな顔をして。
「持ってはいるが、キサマに見せたくない」
と、いいやがった。
でも、見せたくないと言われて引き下がる俺じゃない。
「え、なんで、いいじゃんケチケチするなよ」
尚もしつこく食い下がると。
「キサマに見せると母上が汚れる!」
なんて信じられないこと仰いましたよ!この女!
「傷ついた!傷ついたよ!いくらなんでも実の親にそれはないだろ!俺、レインボーブリッジからバンジージャンプしちゃうからな!命綱なしで!」
「分かった、分かったから、落ち着け。ええい、くそ、しかたがない、ほらこれが母上の写真だ」
俺の心の痛みが通じたのかどうか分からないが、アゼルのヤツ、しぶしぶ胸元からペンダントを取り出し、中の写真を見せてくれた。
そこにはアゼルによく似た20代前半の美しい女の人と、カメラに向かって愛らしい笑顔を向ける3歳ぐらいの女の子が写っていた。
「おお、これがイルザさんか。スゲー美人だな。で、この女の子がオマエか?」
恥ずかしそうに顔を背けるアゼル。
なんだコイツ、結構可愛いとこあるじゃないか。
う~ん、でも、なんかさっきから気になるんだよな、この写真。
「もう、いいだろう。あまりジロジロ見るな!」
写真の左上の部分が切り取られてて、そこには三人目の人物の顔が写ってたと思われるんだけど。
で、その人物は多分間違いなく……。
「あのさ、ここの切り取られた部分って」
「ああ、そこには極めて不愉快なものが写っていたから削除した」
……ああ、やっぱり俺ですか。
アゼルの話を聞いているうちに二時間くらい経過していた。
まあ、もう少し色々な話があったんだが、重要なことはだいたいこんなところだ。
一通り話が済むとアゼルが。
「とまあ、そういうわけだ。どうだ、水谷ツトム。これで私がこの世界にやってきた理由が分かっただろう」
てな具合に、まるで小学校低学年の生徒に話しかける先生かよ、コイツの態度。
でも、コイツの話はだいたい理解できた。
最初会った時、「人類最高の肉体と頭脳」だとか、「至高の存在」だとか、色々御大層こと言ってたけど、結局……。
「えーと、つまり、色々なんだか言ってたけど」
「うんうん」
「お前……ファザコン?」
て、ことだよな。
「違ーう!!一体どういう頭の構造しているんだ!」
「え、だって若かりし日の大好きなお父様に会うために来たんじゃないの?」
だってそうだろ。
絶対こいつファザコンだよ。
俺に対する傍若無人な態度は、どう見たって愛情の裏返しだ。
「私が来たのは、キサマをシュタイナー家の当主に相応しい器の男にするために来たんだ!そして、我が一族に降りかかるであろう恐ろしい未来を必ず回避させてみせる!」
ちぇ、何だ違うのか。
でも、やっぱりファザコン疑惑は消えないよな。
それに。
「でもさ、ヤバイんじゃないの?過去に干渉するのって」
ほら、よく漫画や映画であるじゃん。
過去に戻って、色々すると未来が変わることって。
「大丈夫だ。多少の干渉なら未来は大きくは変わらない。それに仮に失敗したとしても、あれ以上悲惨な未来は考えられないからな」
「……」
もういいです。
何を言っても無駄みたいですから。
どうやらこいつ本気みたいだし。
それに少なからず未来の俺には、コイツの家の不幸の責任があるみたいだし。
「何だ、まさか文句があるとでもいうのか?言っておくが、貴様には拒否権はないぞ!私が徹底的に鍛え上げて、母上と出会うまでに貴様を立派な真人間に更生させてみせる!」
俺は刑務所の服役囚か。
でも、やっぱり気乗りせんな~。
「どうやら、キサマの身体の再生も終わったみたいだな」
そう言われれば、いつの間にか首から下の感覚が元に戻っている。
身体を起こし、恐る恐る身体を見てみると傷一つない。
まあ、制服はボロボロになっちまったが。
そんな俺を横目に、アゼルはいきなり立ち上がったかと思ったら。
「それじゃあ、行くとするか!」
と、まるで選手宣誓する高校球児のように、ハツラツと言い放った。
「行くって、どこに?」
俺の至極まともな質問に対して、アゼルのヤツ。
「キサマの家に決まっているだろうが。今日から一年365日、一日24時間、キサマを心身ともに鍛え直してやるからな、覚悟しろ!」
などと、ほざきやがるんですよ、この女。
それにしても何でコイツ、こんなにやる気満々なのかね。
まあ、無駄なのは分かっているけど、一応ささやかな反抗を試みる俺でありました。
「おい、ちょっと待てよ、俺は嫌だからな。今日みたいなことはもう懲り懲りだ!」
「さっき、拒否権はないと言っただろうが。ほら、いくぞ!」
そういうとアゼルのヤツ、俺の腕を掴み、学校の屋上のフェンスを飛び越え、夜空に浮かぶ満月に向かって、高々とジャンプした。
そして俺は生まれてから16年の短い人生で二度目の体験、つまり、またもや失神したのでありました
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