第2話アゼルは舞い降りた2

勢い良く封を切り、俺は彼女からの手紙を読んだ。


「水谷ツトム様。是非ともあなた様にお話ししたいことがあります。二人だけでお会いしたいので放課後屋上まできていただけるようお願い申し上げます。初対面のあなた様にこのような手紙を差し上げたご無礼をどうかお許し下さい。アゼル・シュタイナー」


俺は手紙を握り締め、立ち上がりながら叫んだ。


「キター!ついに来ましたよー!」


彼女いない歴16年のこの俺に、ついに春がきたのだ!

しかも相手があの超絶パッ金美少女ですよ!

これが喜ばずにいられようか。

いやない!断じてないのである!


「うおー!俺は今猛烈に感動してる!神様ありがとー!!」


俺は誰が何と言おうと世界の中心で愛を叫んじゃいます!

反対意見なんか却下!

所詮恋愛は惚れられたモンの勝ち!


「それにしても俺の魅力に気付くとは、さすがはメイド・イン・アメリカのお嬢様。東洋の島国の娘ッ子どもとは一味も二味も違いの分かるゴー〇ドブレ〇ドですな。う~んマ〇ダム」


もう自分でも何を言ってるか理解不能。

でも気持ちは察してくれよ。

なんせ色恋沙汰でこんなに舞い上がったことなど、我が16年の短い人生において経験がないんだから。まさに今の気分は、今ここで朽ち果てても我が人生に一片のくいなし!ってな感じですよ。


「嬉しい、来てくださったのね」


「あたりまえじゃないですか。それにしてもアゼルさん、あなたから手紙を頂けるなんて、最初信じられませんでしたよ」


「はしたない女の子だと思われたのじゃなくて?」


「まさか。とんでもない」


「良かった。わたくしこんな気持ち初めてなの。最初あなたを一目見た時から胸の高まりが収まらなくて」


「僕も同じですよ。きっと僕たち二人は運命の赤い糸で結ばれているに違いない」


「ええ、きっとそうですわ」


「アゼルさん」


「水谷君」


すみません。

全部俺の魍魎……じゃなくて、妄想です。

俺の脳は完全に臨界点を突破しちゃいました。

いや~、妄想の暴走って簡単には止まらないもんだな。

とにかく絶対に失敗は許されない。

まさに世の全ての男子にとって背水の陣!

三国志的には赤壁の戦いであります。


「くぅ~、ファーストキスが学校の屋上なんて出来すぎじゃねー?」


傍から見ればただのアホかも。

でもいいのさ。

多分この先こんな幸運二度とないだろうから。

こうして俺、水谷ツトムは授業が終わるまで一人でトイレの個室で延々と喋り続けたのでありました。

自分でいうのもなんだが、救いがたい大馬鹿野郎だよな、俺って。


「よし、これで完璧だ!」


俺は終業のチャイムとともにトイレから屋上に向かってダッシュした。

つまり午後の授業を完全にサボったわけだ。



階段を駆け上がり屋上に出ると、すでにそこにはアゼルの姿があった。

夏の眩しい日差の中にたたずむその姿は神秘的なほど美しかった。


「もう来てたんだ」


俺は話しかけながら、ゆっくりと彼女に歩み寄った。


「いきなり手紙なんかくれるから ビックリしちゃったよ」


うわー、キモ!

自分で言ってて鳥肌が立っちゃうよ。でも女の子ってこういうベタな展開が好きだってヒデアキが言ってたし。

彼女は俺に背をむけたまま、フェンス越しに遠くの空を見つめている。

(我慢、ここが我慢のしどころだ)

俺は無理やり自分にそう言い聞かせ、話し続けた。


「でも嬉しかったよ。君が、そのー、僕に好意を持ってくれるなんて」


「!」


彼女の肩が一瞬小刻みに震えたように見えた。

彼女も緊張しているのだろうか?

俺は話を続けた。


「白状するとね、僕も最初君に一目会った時から、君のことがなんだか他人とは思えなくて」


……もうダメだ、そろそろ限界っす。


「……」


一瞬何か呟いたようだが、声がか細くてよく聞こえない。

俺はもう一度訪ねた。


「今なんて?」


「歯をくいしばれ」


「はいっ?」


次の瞬間、彼女は振り向きざまに俺を力一杯張り倒した。


「歯をくいしばらんか!この大バカ者!」


俺は屋上のコンクリートに叩きつけられた。


何なんだ一体?


「な、なにするんだよ、いきなり?」


「さっきから黙って聞いてればいい気になりおって!この軟弱者めが!」


呆然とする俺を尻目に、さっきまでとは別人のような鋭い眼差しで、彼女は俺を見下ろして言った。


「午後の授業をサボって何をしてるのかと思いきや、女を口説く練習をしてるとは、まったく救い難いヤツだなキサマは」


痛いところを突かれた俺はシドロモドロに反論する。


「バ、バ、バ、バカいえ、だ、だ、だ、誰がそんなこと」


彼女は胸ぐらを掴み、俺の身体を引き起こした。

そして俺の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。


「いいかよく聞け水谷ツトム。キサマは今ここで死ぬんだ!」


「死ぬ!?」


ショックのあまり俺は言葉を失った。

彼女、今なんて言った?

確か俺が死ぬって言ったよな。

何で俺が今ここで死ななきゃならないんだ。


「死ぬって、この俺が?」


俺は聞き間違いだと思い、もう一度訪ねた。

だが、彼女は表情一つ変えず。


「そうだ水谷ツトム。キサマは死ぬんだ」


と、答えた。

聞き間違いではなかった。

彼女の話はまだ続いているようだが、もう俺の耳には届かない。

殴られたせいで、俺は完全に冷静な判断力を失っていた。



俺は本当に死ぬのか。

今ここで。

なぜ?

どうして?

どうして死ななきゃ、いや殺されなきゃならないんだ。

俺が彼女に何をした。

善からぬ妄想したからか?

妄想であんなことやこんなことやそんなことをしたからか?

でもどうして俺の考えが分かるんだ?

エスパーなのか?

彼女はエスパーなんだな!

とすると今俺の考えていることも筒抜けなわけで。

当然逃げることなんか無理なわけで……。



「水谷ツトム、今ままでの怠惰で無気力なキサマはここで死に、今日から新しくまったく別の人間に生まれ変わ……」


「いやだー、死にたくねー!だって俺、まだあんなことも、そんなことも、ヤってないのにー!二人で夜明けのコーヒー飲んでねーのにー!」


俺は絶叫し、半狂乱に陥った。

彼女は呆気にとられて、俺を見つめている。


「お、おい、ちょっと落ち着け!最後まで話を……」


「うわー、こんなことならヒデアキのヤツに誘われた時、アキバの怪しげなメイド喫茶行っときゃ良かったー!バカ、バカ、バカ、俺の自制心のバカー!」


「いいから落ち着かんか!」


「そうだ!ベッドの下のアレだけは始末しないと……ああ、もし、アレを誰かに、特にサエコのヤツに見られでもしたら……いやだー!そんな屈辱耐えられない!陰険なアイツのこった。毎回法事の時に、親戚や知合いの前で……。ああっ!くそー、こうなったらマイトと抱えて、全校生徒道れに校舎もろとも木端微塵に」


次の瞬間、鋭いパンチが俺の目の前に飛び込んできた。


「いいかげんにしろといっておるだろーが!」


彼女の鉄拳制裁を受け、俺はようやく落ち着きを取り戻した。


「……ず、ずびばせん」


「まったく、いらん手間をかけさせおって、いいか二度と同じことは言わんぞ。水谷ツトム、今日からキサマは別の人間、言い換えるなら人類史上最高の頭脳と肉体を持つ『至高の存在』へと生まれ変わるのだ」


俺は自分の耳を疑った。


「し、至高の存在?」


何を言ってるんだ?この娘は。


「そうだ。そしてこの私、魔界の13大貴族の一員にして、栄えある魔界武装親衛隊少尉であるアゼル・フォン・シュタイナーが貴様を直々に指導、監督してやるからな」


「魔界……貴族……親衛隊?」


ってことは君は悪魔かなんかなワケ?


「そうだ。貴様を鍛え上げるため、禁断の魔法を使い、わざわざこの世界にやってきてやったのだ。感謝するがいい」


「……感謝ね」


あのね~、お嬢さん。


「私の訓練は厳しいぞ。徹底的に鍛え直してやる。これからキサマは毎日血ヘドを吐き、血の涙を流し続けるだろう……」


日本はともかく、まさか全世界的に若者が総オタク化してるとは。


「キサマは私を憎み、殺したいと思うに違いない。だが、いつの日にか貴様は私に感謝することになるだろう。私との特訓で貴様が成し遂げた偉大な成果に対して……ん、おい、こら、ちょっと待て!待たんか!」


俺は屋上の入り口に向って、とぼとぼと歩き始めた。

これ以上付き合いきれん。

帰らせてもらうよ、俺は。


「はぁ~、せっかく生まれて初めて女の子に告白されたと思ったのになぁ~」


「こら!待てといっておるのが聞こえんのか!」


「そりゃ俺だって、マンガもゲームも好きなプチオタだけどさ。学校の屋上でファンタジーラノベごっこするほどハードコアじゃないよ」


「命令だぞ、止まらんか!」


「だいたい何で俺が血ヘド吐くような特訓受けなきゃなんないわけ。別に天下一武道会に出るんじゃあるまいし。それに何なんだよ、至高の存在って!そんなどこぞのマンガの料理対決じゃあるまいし。どーゆう設定だよ、アニメの企画なら即没だよ、そんなの」


マンガやアニメは日本が世界に誇る文化だとか、やたらテレビとかで持ち上げる輩がいるけど、そういう連中に限って少し前までマンガやアニメなんか有害で低俗なものだとか、言ってたんだよな。今までは、『ふざけんな!』とか思ったりもしたけど、でも、まあ、確かに有害かもしれないな。異国の純真無垢な少女に、ここまで異常な行動させるようじゃ、やはり輸出の自主規制の必要も考える余地があるんじゃ……う~ん、難しい問題だよな。


「待てといっておるだろーが!水谷ツトム!」


その時、凄まじい突風が吹き荒れ、歩いていた俺はバランスを失い、屋上に倒れこんだ。

幸い軽く身体を打っただけのようだ。

俺は身体を起こし、立ち上がろうとした瞬間、彼女の声が俺の耳に届いた。


「口で言って分からぬなら、しかと見よ!真の我が姿を!」


俺は声のする方に目をやった。

そこに立っていたのは確かに彼女、転校生のアゼル・シュタイナーだった。

だが、さっきまで俺が知っていた少女とは違う姿をしている。

さっきまで着ていた俺たちの学校の制服(今じゃ珍しいオーソドックスなセーラー服)の代わりに、そこに立つ少女は上下黒で統一されたネクタイと上着、それに(ちょっとミニな)スカートという、まあ一見どこにでもありそうな制服に身を包んでいたが、俺には、俺のような人種には直ぐに分かった。

それが普通の学校の制服ではないことが。


「これが大魔界帝国陸軍、皇帝武装親衛隊少尉、アゼル・フォン・シュタイナーの真の姿だ」


彼女が着ていたのは、悪名高きナチスドイツのアドルフ・ヒットラーの尖兵にして、第二次世界大戦中最強の兵士たちと恐れられた、ナチスドイツ武装親衛隊、通称武装SSの制服にそっくりなものだった。


……そ、そんな、まさかこんな事って。


「フッ、どうやらようやく私の言葉を信じる気に」


「すげー!なに、その超マッハなコスプレ着替え術は?!」


俺は思わず大声で叫んだ。


「な、なに、コスプレだと?」


「いや~ホント、スゲーよ、その技!『コスプレ会場での着替え室の混雑緩和の切り札』とかいって、ブログで公開すれば一週間で一万ヒット間違いないよ!」


興奮のあまり我を忘れて話し続ける俺には、彼女の変化に気づくことが出来なかった。

 

「……水谷ツトム」


「でも女の子でミリタリーもののコスプレって珍しいよね。それも武装SSなんてマニアックな」


「……キサマ」


「ナチのコスプレするヤツって男が多いじゃん。それもチ〇、〇ブ、ガ〇なヤツらが。あ、でも、本物も上の連中は、〇ビ、デ〇、〇リばかりだったから考証的にはむしろ正しいのか」

 

「……いい加減に」


「うちの親父がモロにタミヤ世代で、もう家中親父のミリタリーもののプラモでいっぱいでさ。俺もガキの頃から親父のプラモ作り手伝わされてたから結構詳しいだ、そのての趣味に関しては」


「い・い・加・減・に!」


「まあ、ナカナカ良く出来てるよ、その制服。でもスカートはいただけないな。ちゃんと乗馬ズボンにしないとね。あ、エロカッコイイ目指してるとか?でも、それじゃあ、ちょっと物足りないな。やっぱナチのエロカッコイイを目指すなら、上半身裸で、乳首隠しの吊りバンしかないでしょう。『愛の嵐』のアレ。う~ん、けど、さすがに露出が多すぎて無理か。あ、でも肌色のタイツを着ればなんとか……」


「いい加減にしろー!この腐れ外道がー!!」


次の瞬間、アゼルが右手の人指し指を天高く掲げると、上空に黒雲が渦巻き、その中心から俺の目の前に凄まじい落雷が落ちてきた。


「うわー!ま、眩しいー!」


あまりの閃光の眩しさに、俺は両腕で顔を覆った。

一瞬世界からあらゆる音が消え失せたかのような沈黙が訪れ、その後屋上に彼女の冷徹な言葉が響き渡った。


「やはりキサマのような人間には、言葉ではなく、身体で理解させるのが一番のようだな」

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