マブシンのアゼル
南極ぱらだいす
第1話アゼルは舞い降りた1
それは期末試験が終了し、夏休が目前に迫った七月のある日のことだった。
ホームルームが始まる直前、クラスメートのヒデアキがいつものように俺に話しかけてきた。
「よー、どうしたツトム。またギャルゲーに熱中して徹夜か?」
「バカ!何いってんだよ」
ここは都内にある私立特光大学園高等部1年B組の教室。
俺の名前は水谷ツトム。
この春ここに入学したピカピカの一年生だ。
「ダメだぜ、いくら若いからってやり過ぎるのは。XXXXは一日三回までな!」
「あのなー、ヒデアキ、おまえと一緒にするなよ」
いま俺に話しかけてるヤツは安藤ヒデアキ。
中学からの腐れ縁で、どこの学校にもいるいわゆるムードメーカーというヤツで、悪い男じゃないんだが、どうにも性格が軽い。
「ハハハハ、冗談はさておき、オヤジさんたちが外国に転勤してからもう一月だろ。どうよ、一人ぐらしの感想は?」
「思ってたほどいいもんじゃないよ。家事とか全部自分でやらなきゃいけない分、かえって自由に使える時間が減ったよ」
俺は素直な感想を述べた。実際お袋は一人で毎日こなしてたわけで、今さらながら頭が下がる。
そのお袋も単身赴任している親父を追って二週間前にブラジルに行っちまった。
「セイジ君(俺の親父の名前)を一人にしておけないわ!お母さんがついていなきゃダメなの~~!(余談だが、お袋は元宝塚ジェンヌだけあっていい声してんだよな)」
お袋はこう言って、一人息子を残し日本を去った。
まったくいい歳して何いってんだか。
言われたこっちが赤面しちゃうよ、ホント。
「またまたよくゆーよ。家事なんて島村の奴にやってもらえばいいじゃんか。いいよなー、隣に幼馴染の彼女が住んでるなんて…ちくしょー!うらやましいー!ギブミー幼馴染!」
ヒデアキのヤツが急に話しを変えたので、俺は慌てて言い返した。
「アホか、それにサエコのヤツとはそんなんじゃないって。本当にただの幼馴染みで……」
俺は必死に言い訳したが、ヒデアキの奴がしつこく食い下がってくる。
「えーえー、そーですとも。彼女のいる奴はみんなそーゆーんですよ。一人モンに遠慮してさ。でも、かえって残酷なんだぜ。そーゆーの」
このての話になるとしつこく絡んだよな。実際幼馴染なんて世間の男子たちが憧れるほどいいもんじゃない。
自分のガキの頃の恥ずかしい話を他人に覚えられてるなんてすげー嫌なだけだ。特に相手があのサエコだと思うと。
「イジケるなっつーの!第一サエコのヤツ家事なんて女らしいこと、まるっきりできやしないんだから」
「マジかよ?…意外だな。」
そうなのだ。
島村サエコ。
俺の家の隣に住む幼馴染で、同級生。
一見大和撫子風の美少女なんだが、外見に誤魔化されると酷い目に遭う。
一年生ながら剣道部のエースで、全国大会に出場したほどの腕前なのだ。
しかも運動だけでなく勉強もできるという完璧超人なので、昔からなにかと比べられてきた俺としては大変面白くない。だが、そんなあいつにも弱点はある。
「マジも、大マジ!特に料理なんて酷いもんだよ!」
サエコのヤツ、家が洋食屋のくせに料理がからっきしダメなんだよな。
ああ、神様って本当にいるんですね。
これで家事なんかも完璧だったら、俺はもう何を信じて生きていけばいいのやら。
「いやー、一度あいつの作ったカレー食ったけど、その後二週間お粥以外身体が受け付けなかったよ」
だがその時、背後に密かに忍び寄ってくる人影に俺は気がつかなかった。
「まー、あれはある意味天才といえるかもな。カレーを作るハズが全然別の物質を作り出したワケで、ほとんど魔界の錬金術師といっても…」
「お、おい、ツトム!」
突然ヒデアキが叫び、背後にただならぬ気配を感じた俺は後ろを振り返った。
「だ~れ~が魔界の錬金術師ですって~!」
その時俺が目にしたのは、鬼のような形相で仁王立ちしているサエコの姿だった。
「ひっ!サエコ!…いえ、サエコさん、い、いつからそこに?」
俺は爆発しそうな心臓を抑え、なんとか笑顔を作ってサエコに話しかけた。
「あたしが家事がまるっきりダメってあたりよ。で、ツトム、誰が魔界の錬金術師なのかしら?」
サエコは冷たい目で俺を見下ろしながら、尚も詰問した。
「えーと、そんなこと俺言ったかな?なあ安藤君」
俺は薄氷を踏む思いでヒデアキにボールを投げた。
頼む!お前の天才的な口車で、なんとかサエコの爆発を抑えてくれ!
ヒデアキはこれ以上ないというくらい素敵な笑顔をつくり、そして。
「ええ、それはもう完全に疑う余地もなく、パーフェクトに仰いましたよ」
と、答えた。
「………」
茫然自失とする俺を尻目に、笑顔でヒデアキに向かって親指を立てるサエコ。
「安藤、グッジョブ!」
「キタねー!!ヒデアキ、裏切りやがって!」
俺の涙ながらの訴えもヤツには届かない。
「すまん……誰しも自分の身が一番大事なのだよ!アデュー!」
そう言うと奴は俺たちを残して、教室から脱兎のごとく姿を消した。
ちくしょー、男の友情なんて、やっぱこんなもんかよ。
「こらー!一人で逃げんじゃねー!」
俺は見捨てられたのだ。
敵陣のど真ん中で。
ああ、孤立無援!絶対絶命のピンチ!
「ふふふ、さーて、それじゃツトム、ゆっくり二人で話し合いましょうか」
たった一人取り残された俺にサエコが近づいてくる。
その姿は獲物を捕らえた捕食獣。
まさに女プレデター!!
「ま、まて、サエコ、話せば、話せば分かる。ほら、僕らに必要なのは戦うことじゃない、愛し合うことだって言った人もいただろ?え、知らない?ちょっとネタが古すぎたかな。まあ、俺たちの生まれる遥か以前の番組だし、でも最近リメイクされたし…てっ、ちょっと、何なんだよ、その木刀は!いくら剣道部だからってそんなモン教室に持ってきていいのかよ!サエコさん?…悪かった、本当に反省してるって、だから、ねっ、お願い許して……」
その後俺の断末魔の悲鳴が教室に響き渡った。
「はーい、みんな席について。ホームルームを始めるわよ!」
始業のチャイムとともに、担任の土井先生が教室に入ってきた。
土井ミナト。
一年B組の担任で、今年28歳の女教師。
美人で面倒見もよく、多くの生徒から慕われている反面、直情型で思い込みが激しく、突っ走しったら止まらない性格で、あだ名は「暴走特急」。
「いててて。チクショー、本気で殴りやがって。少しは加減てもんを考えろよ」
くそー、暴力女め。
俺はサエコの会心の一撃でできたタンコブを撫でながら、恨めしそうにアイツに文句を言った。
「大げさね。ちょっと小突いたくらいでしょ」
サエコは呆れ顔でそう言った。
「ふざけんじゃねー!」
俺は怒りのあまり思わず大声で言い返した。
「ちょっと小突いたぐらいで、こんなタンコブができるかよ!」
「何よ、そもそもツトムが悪いんでしょ!人の悪口陰でコソコソ言うから」
むかーっ、堪忍袋の緒が切れた!
「悪口じゃない!厳然たる事実だろ。おまえの料理が大量破壊兵器なのは!」
「何よ、大量破壊兵器って!」
「そのまんまの意味じゃ!」
俺たちはホームルーム中だということも忘れて、大声で怒鳴りあった。
そのうち外野から「いいぞ、もっとやれー!」などと野次が飛びかい、クラス中大騒ぎと化した。
だが、こんな無法地帯を「暴走特急」が黙って見ているハズがない。
おもむろに教卓の中から特大のハリセンを取り出すと…。
「シャーラープ!!」
と、大声で叫び、黒板をハリセンでバシバシと叩いた。
一瞬のうちに教室の中が静まりかえった。
「二人とも夫・婦・喧・嘩はそのへんにしなさい!続きをしたきゃ、家に帰ってからにしてちょうだい。今はホームルーム中よ!」
土井先生の目が据わっている。
やばいぞ、これは。
「それともなに?あんたたち、恋人いない歴7年、28にもなってまだ独身街道爆走中のこのアタシに対する嫌味でやってるわけ?」
そういえば、先生この間18回目のお見合いもダメだったって言ってたっけ。
わざわざ生徒に言わなければいいと思うのだが、どうしても自分の失恋話というものを人に話しまうのが人間の悲しいサガなのだろうか?
とにかく俺は自分の軽率な行動を後悔したが、後の祭りだった。
「えーえー、こちとら見合いの破談回数新記録更新中、行き遅れの三十路目前の女教師でございますよ!」
土井先生の声が、地獄の底から響き渡る亡者のうめき声の様相を呈してきた。
こうなった土井先生は、もう誰も止められない。
「だいたいヒロミのやつなにが『もう男なんかいらないわ。これからの女性は自立した生き方を選ぶべきよ』なんてぬかしてたくせに、見合いでいい男ゲットした途端『やっぱ女の幸せは家庭にあるのよねー』なんてほざきやがって!あたしと結んだ独身女同盟をいとも簡単に破棄して!くそ~裏切りモノ~!」
ほとんど場末の飲み屋で、酔っパラって、クダをまいてる中年親父である。
普段が美人で知的なイメージが強いだけに、そのギャップがもの凄い。
「いいこと、女子はよーく憶えておきなさい。花の命は短いってよくいうけど、女の賞味期限はもっと短いのよ!今はちやほやされてても、すぐに飽きられてポイされるのがオチなんだから。米やウナギの偽装表示はできても女の賞味期限の偽装はできないんだからね!」
事態を収拾すべく、意を決してクラス委員長の久川(もちろんメガネでお下げという最強装備の)が捨て身の直訴に打って出た。
「あ、あの~、先生…いまホームルーム中なんですけど」
その少々涙声まじりの声を聞くや、先生の顔が見る見る温和な表情へと変わっていった。
なんだか大〇神みたいだな。
「そ、そうだったわね…こほん、それじゃあ、気をとり直してホームルームを始めます」
先生は教壇にハリセンをしまうと、何事もなかったかのように話し始めた。
「えーと、実はですね。このクラスに転校生がやってくることになりました。(ドアの方を向いて)いいわよ、入ってらっしゃい」
先生がそう言うと、一人の女の子が前の扉を開けて、教室に入ってきた。
転校生?
もうすぐ夏休みだっていうこの時期に?
「みんな紹介するわね。今日からこのクラスの仲間になるアゼル・シュタイナーさん。みんな仲良くしてあげて下さいね」
俺たちの目の前に現れたのは、流れるような金色の髪、エーゲ海の海を思わせる碧い瞳、透き通るような白い肌を持つ、まるでファンタジー小説に出てくる妖精のような美少女だった。そして美しい完璧な日本語でこういった。
「アメリカから転校してきました、アゼル・シュタイナーです。みなさんよろしくお願いします」
それが俺とアゼルとの最初の出会いだった。
「アゼルさんはお父様の急な転勤で日本に引っ越してこられましたが、子供の頃日本でくらしていたことがあるそうで、ごらんのとうり日本語はお上手です。だからみんなも遠慮せず、どんどん話し掛けてあげて下さいね」
土井先生が彼女を紹介する間に、このクラスの男子は例外なく、ほぼ全員彼女の虜になっていたと俺は断言できる。(それにはもちろん俺も含まれているわけだが)それぐらい彼女の……アゼルの美しさは圧倒的なものだった。
「えーと、それじゃあ、アゼルさんの席だけど、とりあえず水谷君の席の隣が開いてるんで、あそこに座ってちょうだい」
「はい、わかりました」
「新学期になったら改めて席替えをしましょう。それじゃあ、さっそく授業始めるから。えーと、今日はこの前の続きだから…」
ウソだろ!マジかよ。
彼女は俺の席の方に向かって、まっすぐ歩いてきた。
「よろしくお願いします。水谷君」
「あ、いえ、こ、こちらこそよろしく」
俺は緊張のあまり舌を噛みそうになった。
情けないとは思いつつ、サエコ以外の女子と普段まともに会話したことのない俺にとって、まさに今は非常事態!
助け舟のつもりなのかどうか知らないが、斜め後ろの席のヒデアキが話しに割り込んできた。
「オレ、安藤ヒデアキ。ヒデアキって呼んでよ、アゼルちゃん!」
「はい、よろしくお願いします。ヒデアキさん」
続いて、彼女の後ろの席のサエコも話かけてきた。
「なに馴れ馴れしく話かけてるのよ!私はサエコ、島村サエコです。困ったことがあったら何でも相談してね、アゼルさん」
「ええ、ありがとう島村さん。こちらこそよろしく」
そんなこんなしてるうちに、ようやく授業が始まった。
「水谷君、アゼルさんに教科書みせてあげてね。まだ持っていないそうだから」
「あ、はい、えーと、じゃあ今日はここからで……」
俺は教科書を開くと、隣の席のアゼルが読めるように席を近づけた。
彼女の甘く官能的な香りが俺の鼻腔をくすぐる。
女の子ってこんなにいい匂いがするのか。
俺は心の中で密かにささやかな喜びをかみ締めた。
昼休み。
転校生のアゼルを囲み、クラスの女子たちがにぎやかにおしゃべりしている。
「アゼルさんって、いつ頃日本に住んでたの?」
「10年ほど前、私が小学校に入学するまで住んでました。私が小学校に入学するのと同時にアメリカに戻ったんです」
「どの辺りだったの?」
「神戸です」
「ご家族は?兄弟は?」
「父と母と、あと妹がいますけど、妹はアメリカで祖父と一緒に住んでます」
「えー、どうして?」
「バカ、そんなこと訊くもんじゃないわよ」
「あ、ごめんなさい」
「いえ、いいんです。妹はちょっと……身体が弱くて……」
気まずい空気がその場に流れた。
慌てて他の生徒が話しかける。
「それより、アゼルさんって何か趣味とかあるの?好きな音楽は?」
「あ、そうですね。クラッシックとか……」
そんな和気あいあいな光景を遠くから男どもが羨ましげに眺めている。
「いいよな、アゼルちゃんて」
「ホント、ホント、美人でおしとやかで性格もいいし」
「それに気品ってもんが感じられるよ。ありゃー、きっとどこか名門の血筋だよ。ご先祖様は貴族とかじゃね」
「ったく、それにしてもうらやましいよな、水谷のヤツ。ただでさえ幼なじみの彼女がいるってーのに」
「くそー不公平だ!俺たちは恋愛不公平格差の是正を要求する!」
教室にいるとロクなことがなさそうだ。
さっさと学食へ行こう。
財布を握り締め、俺が教室から出ようとした時、いきなりヒデアキのヤツが抱きついてきた。
「おいおい、ツトム。この幸せモンが!」
「よせよ、席が隣になっただけだろ。すぐに夏休みだし、新学期になったらどうせ席替えさ」
「いいや違うね。この世のことは全て運命づけられているんだ。アゼルちゃんがおまえの隣の席になったことも然り。きっと大いなる意味が存在してるのさ」
俺はヒデアキを振り払い、めんどくさそうに答えた。
「バカバカしい。俺はおまえと違って運命論者じゃないんでね。そんなこと信じやしないさ」
「そのうち分かるさ、おまえにもな。世の中理屈じゃないってことが」
ったく、よく言うよ。
それより早く学食に行かないと、本当に昼飯を食いっぱぐれることになりかねない。
「はいはい、わかりましたよ。それよりさっさっと学食に行こうぜ。俺は自分の昼飯の運命の方が気になる」
「ロマンのないヤツだよな。おまえって」
俺たちは足早に教室を後にした。
「どうしたの?」
俺たちが教室から出て行くのをジッと見つめていたアゼルにサエコが尋ねた。
「ねえ、水谷君って、どんな人?」
アゼルの口から出た思いがけない言葉にサエコたちはどよめきたった。
「え、なに、興味あるの?まさか一目ぼれとか」
女子の一人がそう尋ねると、サエコが横槍を入れてきた。
「バカなに言ってんのよ。そんなことあるワケ……」
だが、サエコが言い終わる前にアゼルは答えた。
「ええ、すごく興味があるんです」
一同絶句。
もはや誰も笑ってはいない。
アゼルは穏やかに微笑みながら言葉を続けた。
「彼が……水谷ツトム君のことが」
昼休みが終り、俺は教室に戻ってきた。
アゼルの周りで騒いでいた女子たちも自分の席に戻り、次の授業の準備をしている。
やれやれ、ようやく落ち着いて授業を受けられそうだ。
「さて俺も次の授業の準備をするか。次は古文だっけ、居眠りしなきゃいいけど」
自分の席に着き、古文の教科書を机の中から取り出そうした時、俺は机の中に見慣れない封筒があるのに気付いた。
「ん、なんだこりゃ?」
俺は手紙を取り出し、差出人をチェックする。
「まさか!ウソだろ」
俺は慌てて、言葉を飲み込んだ。
差出人はアゼルだった。
慌てて隣の席の彼女に目をやる。
だが、彼女は俺とは目を合わせず、黙ったままジッと窓の外を見詰めていた。
何で彼女が俺に手紙を?
ま、まさかラブレター?
バカな、そんなことあるワケ……だけど。
まだ時間はある。
俺は居ても立ってもいられず、誰にも見付からないように手紙をポケットにしまうと、ダッシュでトイレまで走って行き、男子トイレの個室に飛び込むと、カギをかけ、俺は震える手で手紙を取り出した。
「い、いくぞ!とりゃ!」
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