第80話 奇跡を起こす者

「いやあぁぁっ!お姉さまあぁっ!」

「ギャアァァァッ!し、死んだあぁ!」

 剣撃で霧が裂かれ、開けた視界!

 そして、目の前で私が真っ二つにされるのを見た、ウェネニーヴとの絶望の叫び声が重なる!……って、あれ?


「ん?」

「んん?」

「んんんっ?」


 珍妙な表情になった私とウェネニーヴ、そして斬ったハズのザラゲールが思わず顔を見合わせた!

 そんな私の目の前には、真っ二つにされた私の姿が……いや、あれっ!?

 私はこの通り無事だよね!?

 え?それじゃあ、今ザラゲールに斬られたは誰なのっ!?


 わけがわからず混乱する私達の前で、両断されたが塵となって崩れ去った。


「お、お前まさか、ラトーガのように分身を使うのか!?」

「ええっ!私、分身が使えたのっ??」

 我ながら初耳だわ!


「そんな訳がないでござろう」


 変な方向へ話が飛躍しそうになっていた私達に、霧の向こう側から何者かが声をかけてきた。

 え、この口調って……。


「ふん!」

 気合いの声と共に、ザラゲールが大剣を振るった!

 その剣風で、一気にジャルジャウの作り出した魔法の霧が払われる!


 そうして開けた視界の先には、先ほど私達に声をかけてきた人物……知らない美少女・・・・・・・が、仁王立ちでこちらを見ていた!

 ……え、本当に誰?誰なのっ!?


「お久しぶりでありますな、ウェネニーヴ様にエアル殿。小生ですぞ?」

 にっこり笑ってこちらに手を振る美少女は、口調だけなら私達もよく知ってる人物に似てる。


「ザラゲール殿も、久しぶりでありますな。相も変わらぬ、恐ろしい御仁でござるよ」

 名指しされて戸惑うザラゲールを無視して、彼女はうんうんと一人で納得していた。


 ああ、もう間違いないわ。

 なんでそんな姿になっているのかわからないけど、彼女……彼女?は、ウェネニーヴにベタ惚れした、元魔界十将軍のアンデッド!

「とりあえず……助けてくれてありがとうね、マシアラ」

 そうお礼を言うと、謎の美少女マシアラはどういたしましてと、可愛くポーズを決めながら返してきた。


「なるほど、先程ザラゲールに斬られたお姉さまは、あなたが作り出したゴーレムだったんですね」

 ようやく得心がいきましたと、ウェネニーヴも頷く。

 そう、以前にマシアラはウェネニーヴの夜の一人遊び用に、私そっくりのゴーレムを作り出した事があった。

 今回もそれを作り出して、私が斬られる前にわざとザラゲールに発見されやすい所に配置してくれたんだろう。

 ……助かったは助かったけど、愛玩用ゴーレムラブドールに救われたっていうのは、ちょっと引っ掛かるわね。

 たぶん、あの美少女の姿も自分で作ったゴーレムに乗り込んで、それっぽく操作しているんだわ。


「マ、マシアラ?こいつが?」

 先の出来事に私とウェネニーヴが理解を示したのに対して、ザラゲールの方はまだ少し混乱しているみたいだった。

 あー、マシアラに対するイメージが魔界十将軍の時のままだったら、確かに戸惑うわよね。

 無数のアンデッド風ゴーレム軍団を操る死の化身が、今や美少女風ゴーレムを操り、尚且つ自分をそんなガワで包んでるんだもん。


「お、おいっ!貴様、本当にマシアラなのか!?」

「その通りでございます!」

 ザラゲールの問いに誇らしげに答えると、美少女ゴーレムの顔にピシリと縦に線が走る。

 そして、顔面が両サイドに観音開きでゆっくりと開き、露になった内部にはキーホルダーサイズのスケルトンが、ちょこんと鎮座していた。

 うわっ、なにそのギミック!


「フフフ、いかがですかな?小生の自信作、搭乗型MGマシアラ・ゴーレム─019の出来栄えは!」

 すごい自信満々だけど……うん、顔面が開いてる絵面が思ったり酷くて、正直キモいわ。

 私以外もそう思ったようで、やはり他の人達からもウケてはいない。

 その芳しくない反応に、マシアラは無言でゴーレムの顔面を閉じると、ものすごく可愛い仕草で、「ひどいですぅ!」とぷんぷんしながら怒りを表現してみせた。

 それをやってるのが、変態スケルトンじゃなければ可愛かったんだろうけどね。


「……どうやら、だいぶ変わり果ててるが、本当にマシアラのようだな」

「左様。小生は、ウェネニーヴ様のお陰で愛を知り、生まれ変わったのござるよ」

 まぁ、死んだままではあるんですけどね!と、マシアラはHAHAHA!と笑う。

 うーん、これがアンデッドジョークってやつなのかしら。


 あ!でも、待ってよ?

 マシアラがここにいるって事は……。


「遅くなってすまなかった……」

 私がそれ・・に気づくとほぼ同時に、少し離れた森の中から一人の少年が歩みだしてきた。

 鎧の《神器》を身に纏い、さらに右手には剣の《神器》、左手には杖の《神器》を引っさげて登場したのは、人間側わたしたちの勇者!

 邪神を倒すべく、異世界から喚び出された少年、コーヘイさんその人だっ!……なんけど、ちょっと様子がおかしくない?


 立ち姿に生気が無いし、なんだか顔色も悪くて泣き腫らしたみたいに目も赤い。

 あと、どうして剣と杖の《神器》をコーヘイさんが持ってきてるのかしら?

 アーケラード様とリモーレ様は、どうしたの……?


「ねえ、勇者教の後始末ってどうなったのよ?」

 コーヘイさんの尋常じゃない姿に、彼と一緒に行動していたマシアラに、そっと小声で尋ねてみた。

「あー、それが……」

 少し困った風に語り始めたマシアラの話をまとめると、以下のような事らしい。


          ◆


「妊……娠……」

「そうだ。私と、そしてリモーレもな」

 街に戻ったコーヘイ達が、アーケラード達からかけられた第一声がそれだった。

 《加護》があったためといえ、ハーレムのような生活を送っていた訳だから、これも当然の結果といってよかっただろう。

 こうなる可能性に薄々気づいていながら、享楽に耽っていたコーヘイは、今更ながらに現実を突きつけられてショックを受けていた。


「お……俺は、どう責任を取ればいいんだ……?」

 元々はただの高校生でしかないコーヘイにとっては、かなり重い告白であった。

 が、心を入れかえた彼は、なんとか責任を取ろうと考えて二人に尋ねる。

 しかし、返ってきた返事は……。


「お前がどう取り繕おうとも、責任など果たせんよ」

「むしろ、私達と結婚でもするとか言い出したら、お家騒動になりかねないから、絶対やめて」

 そんな風に、コーヘイは二人から冷たく突き放された。


「だ、だけど、その……子供はどうするんだよ!?」

「私生児として産むわ。父親は、死んだと告げておこう」

「勇者の血が入る利点を説いて、それで家を納得させる」

 すでに合理的な対策を考えていた二人に、自分も何かしなければという焦燥感を持ったコーヘイは食い下がる。


「でも、やっぱり男として、なにか……」

「お前の《加護》にしてやられたとはいえ、我々も迂闊ではあったからな……それに、望まぬ男の子を成すのも、貴族の女として覚悟はしていた」

「どうしても責任をとりたいと言うなら、勇者としてこの世界を守りなさい。そして、私達の前に二度と姿を現さないで」

 バッサリと言い切り、二人はコーヘイを突き離した。

 勇者だなんだと言われても、自分の尻拭いすらできない情けなさにコーヘイが打ちのめされていると、アーケラード達は自分達の《神器》を彼へと渡す。


「身重では、これからの激戦についていけないからな。私達は国に帰らせてもらう」

「皆にはすまないと、伝えておいて」

 戦線を離脱するにあたって、《神器》だけは勇者のパーティに返しておこうというのは、二人の心遣いであろう。

 元は自分が撒いた種だけに、コーヘイは二人を引き留める言葉もない。

 しかし、これだけは知っておきたいと思った質問を、彼は思いきって口にした。


「二人は……俺の事を、どう思ってるんだ?」

 別に、実は惚れていてくれるなんて、都合のいい展開は期待しちゃいない。

 それでも、しばらく共に旅をした仲間として、そして男として認めてもらえていたのだろうか?

 そんなコーヘイの質問に対して、アーケラード達は静かに顔を上げた。


          ◆


「……ゴミを見るような目でありました」

「だよねっ!」

 そりゃあ、そうよ!

 ある意味、洗脳されてて、正気に戻ったら孕まされてましたなんて、最悪にも程がある。

 プライドの高い貴族である二人が、コーヘイさんをその場で手打ちにしなかっただけでも、まだ分別があるってものだわ。


「まぁ、そんな訳で、コーヘイは仲間に抜けられた事や、女性二人に酷いことをした自責の念やら何やらで、つい先日まですごい落ち込みようでありました」

 なるほど、合流が遅れたのと、憔悴してるのには合点がいったわ。

 いやー、それにしてもそんな恋愛小説なんかでたまに見る、ドロドロしたワンシーンっぽい事があったとはね。

 私達って、もうちょっとお気楽でおバカな旅をしてたんじゃなかったのかしら?


「しかし、そんな精神状態で戦えるのですか?」

 ウェネニーヴが、もっともな疑問を口にする。

 そうよね、戦いに対する意気込みとかって大事だと思うし……それに、《神器》の解放をしていないコーヘイさんじゃ、ザラゲールをはじめとする、魔界十将軍のトップクラスの魔族達と渡り合えるとは思えないわ。

 だけど、そんな私達の心配を余所に、マシアラは「まぁ、見ていてください」と、どこか余裕の表情でコーヘイさんへと目を向けた。


「人間の勇者がようやく現れたと思ったら、なんだか随分と疲れきってる様子だな」

「気にするなよ……自分自身の不甲斐なさに、心底へこんでいただけだ」

「ほぅ……」

「安心しろ、今は吹っ切れている」

「そうか……」

 ザラゲールは多くを問わなかった。

 たぶん、彼も戦士として色々な挫折や取捨選択を迫られてきたからだろう。

 もっとも、コーヘイさんは三下り半を突きつけられて落ち込んでただけだけど。


「ところで、お前の《神器》は鎧……だったよな?武器を持ち変えるなら、少し待ってやるぞ?」

 確かにコーヘイさんが持っているのは剣と杖の《神器》だけど、選ばれた使い手以外が持っていても真価は発揮できないわ。

 まぁ、壊れないっていう事だけは利点だけど、それだけじゃ《闇の神器》を振るうザラゲールに勝てるはずがない!


「ああ、《神器これ》で構わないさ」

「そうか……なら、行くぞっ!」

 そう言うと同時に、ザラゲールが大剣を振るった!

 その一撃を、コーヘイさんは剣で受けるけど、ザラゲールの勢いは止まらない!

 《闇の神器》である大剣を縦横無尽に繰り出して、上段からの切り下ろしで、コーヘイさんを押さえつけはじめた!

 そのまま押し潰そうと圧をかけると、大剣の刃が剣の刀身に食い込んでいく!


 まさか!壊れないはずの《神器》がっ!?

 ああ、でもザラゲールの大剣も《神器》なんだ……もしかしたら、《神器》同士がぶつかれば、こうなるのかもしれない。

 さらに剣の《神器》に大剣の刃を食い込ませながら、魔族は口元に笑みを浮かべた。


「どうした、人間の勇者!この程度か?」

「……もちろん、こんな物じゃないさ!」

 何を思ったのか、コーヘイさんは左手の杖の《神器》をザラゲールに向ける。


 そして、魔法を発動させた!


 大気が震え、光が走る!

 それは、雷が落ちた時のような轟音と共に、ザラゲールの体を貫いた!

「ごばっ!」

 苦痛の叫び声と血を吐き出しながら、後退する魔族!

 あれだけの魔法を食らって、倒れないのはさすがだわ。

 いや、でも今の魔法は何よ?

 確かにコーヘイさんはリモーレ様から魔法を習ってたけど、あんな威力が出せるほどの熟練度は無かったわよね!?


「き、貴様……異世界から来たくせに、これほどの魔法を……」

「いいや、本来なら俺の魔法一発なんて、大した威力じゃないさ。ただ、しょぼい魔法でも魔力をためて放てば、それなりの威力になる……もっとも、魔力を回復させるこの杖の《神器》の力がなくちゃ、そこまで溜めは作れなかったがな」

 え?それってどういう……。

 なぜかコーヘイさんが杖の《神器》を使うという、よくわからない事態に戸惑っていると、訳知り顔なマシアラが「フッ……」と笑みを漏らした。


「コーヘイは一度、自己嫌悪と不甲斐なさでどん底まで落ち込んだのであります。そして、そのどん底から這い上がって来た時、奴の《神器》は覚醒したのでござるよ!」

 じ、自力で《神器》の覚醒!?

 守護天使の力も無しにっ?

「じゃ、じゃあ……彼の覚醒した《神器》の能力って?」

 思わず尋ねた私に、マシアラはコクリと頷く。


「鎧の《神器》が覚醒した能力……それは、他の《神器》を装着し、全ての力を引き出す事ができるという物』

 そこでゴクリと、マシアラは息を呑んだ。


『今のコーヘイは、他の全ての《神器》を使用する事ができる……そんなデタラメな存在であります」

 うっそぉ……。

 あり得ない奇跡を起こす者、それが勇者。

 確かにデタラメなその力と存在に、驚いていいのか呆れていいのか……私は言葉も無く、彼等の戦いを見守る事しかなかった。

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