第79話 魔剣士の一撃

 ──もうもうと、土煙が立ち込めている。

 ウェネニーヴの連続ドラゴンブレスの爆撃を受けて、恐らく地上はえらい事になっているだろうなぁ……。

 チラリとウェネニーヴの背から地上を覗き込むと、レルール達の張った結界や、モジャさん達の無事らしい姿は確認できた。

 ……なんか、衝撃で吹き飛ばされたのか、上半身が地面にめり込んでるけど、たぶん無事よね?


『とりあえず、奴等の残骸くらいは残ってるかもしれませんから、地上に降りてみましょうか?』

「そう……ね。せめて、遺品が残っていれば、埋葬くらいはしてあげないと……」

 本音を言えばミンチになっているであろう、ザラゲール達をこの目で確認しなきゃならないのは、ちょっとしんどい。

 でも、相手は魔界の最高峰……つまりは、王族みたいなものなんだから、最後にトドメを刺した者として、敬意を持ってしっかりと後始末をする義務があると思うのよね。


 地上へ降り立ったウェネニーヴは、私を地面に下ろすと大きく羽を動かして土煙を払っていく。

 あっという間に視界が開けた私の前に、ドラゴンブレスで蹂躙され尽くした、無惨な大地の姿が飛び込んできた。

 うう……いちおう農民としては、この荒れ放題な絵面には罪悪感を感じるわ。

 若干、やり過ぎだったかもしれないなぁ。


 だけど、相手が相手だったし、とても手加減なんかできる連中じゃ無かった。

 下手をしたら、逆に私達が大地の肥やしになっていたかもしれないんだ。

 ここはせめて、この地が後で肥沃な大地になることを願っておこう。


「やったワタクシが言うのも何ですが、酷い有り様ですね」

 人間の姿へと戻ったウェネニーヴが、そんな感想を漏らす。

 まあねと私が同意しようとした時、彼女が不意に「おや?」っと何かに気づいたような声を出した。


「どうしたの、ウェネニーヴ?」

「いえ……あの地点なのですが」

 そう言うウェネニーヴが指を指す方向に目を向けると、何やらこんもりと土砂が盛り上がっている。

 でも、あれ?なんだか、ぼんやりと赤く光っているような……?

「一体、なんなのかしら……?」

 調べてみようかと、近付こうとしたその時!

 突如、盛り上がった土砂が巨大な火柱に押し上げられて、爆発するような勢いで四散した!


「おわあぁぁっ!」

 思わず変な悲鳴を上げて、私は尻餅をついてしまう!

「大丈夫ですか、お姉さま!?」

 同じ爆風を受けたにも関わらず、さすがウェネニーヴはちょっと身を守る程度で、ぜんぜん平気そうだった。


「ええ、ありがとうウェネニーヴ」

 そんな彼女から伸ばされた手を取り、立ち上がって爆発が起きた地点を遠巻きに覗き込む。

 すると、ぽっかりと空いた穴の中から、悲鳴のような声が響いてきた!


「いやあぁぁっ!死ぬっ!これ、絶対に死ぬうぅぅ!」

「姉上、落ち着いて!もう大丈夫だから!」

 半狂乱で泣きわめきながら飛び出してきたルマルグを、慌てた様子で宥めようとするベルフルウ!

 どうやら、ウェネニーヴの攻撃で錯乱しているようだけど、まさか生きてるとは!?


「ちくしょう、無茶苦茶な真似しやがって……」

 さらにその後から、ザラゲールに続いてラトーガも姿を現した!

 って、まさかあの爆撃を受けて、魔界十将軍あんたらみんな生きてるのっ!?

 嘘でしょ!?


「まったく……まさか、ドラゴンブレスで爆撃なんて真似をしてくる奴がいるとは、思いもよらなかったぜ」

「だから、エアルあいつは普通じゃないと報告した……」

「ああ、骨身に染みたよ」

「理解が遅い。私も分身を使い切ってしまった……」

 ルマルグ達に比べると、随分落ち着いた雰囲気で会話をしていたザラゲール達だったけど、呆然と彼等を見つめていた私達に気づくと、なぜか軽い感じで手をあげてきた。


「よう……なんで生きてるんだ?ってツラしてるじゃないか」

 まるでこちらの心を読んだみたいなザラゲールの言葉に、内心ギクリとする。

 いや、でもそれはみんな思うか……。


 私は、内心の動揺を悟られないよう、努めて冷静を装って敵の様子を伺う。

 確かに、あの惨状の後で生き残ってたのは予想外だった。

 でも、彼等も無傷って訳じゃないわね……。


 よく見れば、ザラゲールの鎧にはあちこちに細かいヒビが入っており、かなりのダメージがあるみたいだわ。

 ラトーガも、いつもはボロボロのローブで隠してるダークエルフの正体を露にしているし、ルマルグとベルフルウはあの調子だ。

 あと……獅子人間バウドルク魚人間ジャルジャウは、まだあの穴の中かしら?


「……うん、あなた達が生きてた事に、かなり驚いてるわ。できれば、なんで生き残れたのか、教えてほしいくらいよ?」

 正直な所、そんな事を聞くのは、回復を計りたい相手の時間稼ぎに乗っちゃってる気はする。

 けど、相手のダメージは大きそうだし、こちらは結界を張り終えたレルール達の参戦も見込めて、まだ優位を保っていられるわ。

 それよりも、ウェネニーヴの攻撃を凌ぎきった、何か私達の思いもよらない奥の手があるかもしれない事の方が気になった。

 それが、私達の優位をひっくり返す可能性があるなら、何とかして知っておかないと……。


 だから、私はダメ元で聞いてみたのだ。

 しかし、そんなこちらの心の内とは裏腹に、拍子抜けするほどあっさりとザラゲールは種明かしをしてくれた。


「なに、簡単な話だ。お前らの攻撃が始まった時、俺は大剣こいつで地面を抉って穴を掘った。そこに全員で飛び込んだ後、この剣を軸にルマルグとベルフルウの魔力で蓋を形成し、爆撃を受け止めてやり過ごしたって訳さ」

 な、なるほど……なんて、冷静で的確な対処法なのかしら。

 というか、思ったよりも正攻法な防御だったのね。

 でも、あの猛攻の中で自分だけでなく味方の魔界将軍を全員救ったザラゲールは、敵ながら大した人物だわ。

 つい、私は彼に畏敬の念を抱いてしまう。


「解せませんね」

 感心していた私の隣で、ウェネニーヴがふと、そんな事を呟いた。

「何か、気になる事があったの?」

 ひょっとして、私なにか見落とした?

 そう思った私は、こっそりと彼女に言葉の真意を尋ねてみる。

 すると、ウェネニーヴはザラゲールの大剣を睨みながら答えてくれた。


「ワタクシのドラゴンブレスは、自分で言うのも何ですがかなりの威力を誇ります。いくらルマルグ達の魔力と合わせたと言っても、あの連続攻撃に傷ひとつ付いていないのは、おかしいです」

 そういえば、確かにザラゲールの大剣には、傷はおろかヒビのひとつも入っていない。

 彼の鎧と比べれば、そのダメージ差には違和感があるわ。


「良いところに目をつけるじゃないか……そうだ、この大剣はただの業物って訳じゃない」

 大剣の剣先をこちらに向けて、ニヤリと口角を上げたザラゲールが笑う。

「お前達が、俺達と戦うために手に入れた力……それと同じ物を、俺は邪神ギレザビーン様から与えられた」

 言いながら、彼は私達に向けていまそれを、自慢するように天に掲げて見せる。


「そう、《闇の神器》をな!」


 主であるザラゲールの台詞を肯定するかのように、彼の大剣がギラリと怪しく光を反射していた。


 って、ちょっと待った!

 《闇の神器》?

 なんで魔族のあんたが、《神器》を授かってるのよっ!?


「さあな?俺が、異世界から召喚された奴だからっていうのも、関係してるんじゃないか?」

 自分の事なのに、他人事みたいにザラゲールはあっけらかんとしている。

「それにしたって、《神器》は弱い人間が、強い魔族に対抗するための物だったハズなのに、こんなのズルいじゃない!」

「いや……《神器》使いどころか、竜まで引き連れてるお前に、ズルいとか言われたくは無いんだが……」

 くっ、そこは反論できないっ!


「そうですね……この期に及んでは、言葉は要りません!」

 言うが早いか、ウェネニーヴは地を蹴ってザラゲールに迫る!

 だけど突然、塹壕から飛び出した影が彼女を弾き飛ばした!


「きゃあっ!」

 可愛らしい悲鳴と共に、吹き飛ばされてきたウェネニーヴを、私はなんとかキャッチして受け止める!

「ガハハハ!ようやく本調子になってきたぜ!」

 高笑いしながらウェネニーヴを弾き飛ばしたのは、味方の毒霧から復活した獅子人間、バウドルクだった!


『まったくもって不覚だった。これから、ちゃんと働かせてもらおう』

 水中で話してるような声と共に、もう一人。

 魚人間のジャルジャウが、自らを巨大な水塊に浸しながら、私達の前に立ちはだかる。


「くっ……」

 いくらウェネニーヴでも、あれだけドラゴンブレスを放ちまくった後では、さすがに疲労の色が隠せなくなっていた。

 この状態で、魔界十将軍あいつらを相手にするのは、いくらなんでも分が悪いわ!


「大丈夫なの?」

 心配で尋ねると、彼女はにっこり笑って口を開く。

「平気ですよ。お姉さまとイチャラブ子作りするまでは、絶対にやられたりしません!」

 いや、そんな事を力強く言われても困るわ……。


「エアル様!私達も参戦いたします!」

 砦の方から駆けてきたレルール達が、《神器》を構えて介入してくる。

 よし!これでこちらが有利になると思った瞬間、ジャルジャウが魔法を放つ声が響いた!

 それと同時に、奴の周囲を囲っている金魚鉢みたいな水の塊から、ものすごい勢いで霧が噴き出し始める!


『ルマルグ達のような毒こそは無いが、しばらく視界は潰させてもらおう』

 そう魚人間の言うとおり、すごい濃霧に包まれた私達は数センチ先も見えないような状態に陥っていた。

 これはヤバい!……いや、でも敵も相手を見失ったハズ!


「ウェネニーヴ!私は大丈夫だから、あなたは自分の身を守って!」

 疲労していた彼女にそう声をかけて、私は以前蛙人間ジャズゴと戦った時ぶりに発動させる《加護》、【気配隠蔽】を使用してコソコソと移動を始めた。

 これで、敵からは私の気配が完全にわからなくなっているハズ。

 なので、その隙に後ろから敵を盾で殴り付けるべく、私は目を凝らして魔族達の姿を探す。

 だが!


「見つけたぜ」

 私が相手を見つけるよりも先に、突然切り裂かれた濃霧の中から、剣を構えたザラゲールが姿を現した!

 そのまま、驚愕する私めがけて、彼の大剣が振り下ろされる!

 それを防ごうとした盾ごと、肩口から斜めに袈裟斬りされ……私の体は、呆れるほど容易く両断されてしまった。

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