第73話 魔界十将軍の脅威

 ジムリさんが報告してくれた、ヌイアー砦が落ちた経緯はこうだ。


         ◆


 アーモリーの最北端に位置する、ヌイアー砦。

 その砦がある地域は魔界とのゲートが開きやすく、度々魔族や魔獣との戦いが繰り広げられていて、まさに最前線の戦場である。


 ぐるりと周囲を囲む堅牢な城壁と精鋭の騎士隊、そして手練れの冒険者達等が常駐しており、またそれらを相手取る商人達等の非戦闘員の数も含めれば、砦とはいうものの、ちょっとして町と言っていいほどの規模を誇っていた。

 そんなヌイアー砦に異変が起こったのは、その日の夜が明けて間もない頃。

 交代間際だった見張りの兵が、砦に近づいてくる数人の魔族を発見したのが始まりだった。


 大剣を背負った鎧の戦士、金のたてがみをなびかせる獅子人間ライオンマン、水槽のような水の塊に浮かぶ魚人間フィッシュマン、青い肌の魔族の男と眼鏡の女、ボロボロのローブに身を包んだ小柄な人影……。


 時折、魔族の襲撃をうけているとはいえ、こんな小人数による襲撃などは初めて(というか有り得ない)だし、まれに現れる同じ魔族同士の小競り合いに敗れて放逐された、敗残者といった風でもない。

 念のため、見張りの兵は近づいてくる魔族達に警告を発するが、彼等は平然とした様子で歩みを止める事はなかった。

 その様子から、彼等は襲撃者と判断され、即座に迎撃の体勢がとられる!


 まず、先行して砦から出てきたのは冒険者達。

 魔族や魔獣を倒して、その素材や賞金等を生活の糧にする彼等からすれば、騎士隊に蹂躙される前に獲物を狩るのは必須条件!

 それ故に、その動きも早かった!


 しかし、先行した百人近い冒険者達は、たった一人の獅子人間に返り討ちにあってしまう!

 彼の首を守る鬣は魔法の武器ですら防ぎ、彼の爪や牙は冒険者達の鎧や盾を易々と切り裂いた!


 圧倒的な強さを見せる獅子人間に対抗すべく、突撃槍を構えた騎兵隊が砦から出陣していく!

 だが、魔族の女が放った炎魔法に足止めをくらい、騎兵の命ともいえる突進力を奪われてしまった!

 さらに、その炎魔法には毒が含まれていたらしく、兵や軍馬がバタバタと倒れていく!


 城壁の上からその様子を見ていた指揮官は、即座に攻撃手段を切り替える事を選択した。

 弓兵と魔術師による、遠距離攻撃を軸にして、再び攻撃を開始する!

 それに対して魔族側からは、砦側の攻撃に負けぬほどの物量で、魚人間による砲撃のような水弾が撃ち返されてきた!

 だが、地獄のような射撃戦が繰り広げられる中で、人間側の攻撃は魚人間と同じように水魔法を使う魔族の男に遮られ、なおかつ彼が魚人間の水弾に付与した毒の効果が、徐々に砦の兵達を苦しめていく!


 人間サイドがジワジワと押されていく最中で、砦の内部で更なる混乱を巻き起こすような事件が起こる!

 部隊をまとめるべき指揮官達が、次々と暗殺されていったのだ!

 命令系統が遮断されかけ、混乱の極みともいうべき状況に対して、残った上位の兵達は籠城戦をとる事を選ぶ!

 急いで外に出ている兵達を引かせると、重く堅い城門を閉じて壁の中に閉じ籠った!


 あとは砦に潜り込んだ暗殺者を探しだし、通信用の魔道具を使って王都への連絡をとつて、防御に徹するまでだ。


 そうやって、兵士達の目が砦の内部に向き始めた頃合いを見て、剣を背負った魔族の戦士が動いた。

 城門の近くまで歩み寄ると、背負った大剣を音もなく抜き放つ!


 そして次の瞬間、魔族達の動きを監視していた見張りの兵は信じられない物を見た!


 大上段から振り下ろされたその剣撃は、堅牢な門を破壊し、高い城壁を断って、砦その物を両断・・したのだ!


 悪夢のような想いを抱えた兵士達と共に、破壊の轟音と膨大な粉塵を撒き散らして、ヌイアー砦は見るも無惨な最後を遂げたのであった……。


          ◆


「……以上が、ヌイアー砦から周辺の砦に退却できた、生存者からの報告です」

 重苦しい口調で、ジムリさんがそう締め括る。

 ……いや、なにその話?

 できれば、『ドッキリ大成功』とか書かれた看板を持った人が、そろそろ出てきてほしいんですけど!?


 信じられない話を聞いて、軽く現実逃避しかけた私と違い、レルールの方は青い顔をしながらも、ジムリさんから聞いた話を必死で受け止めようとしていた。

「……それで、その魔族達は現在どうしているのですか?」

「壊滅したヌイアー砦の周辺を探索した結果、いまだに現地にたむろっているそうです」

 え?それって……。


「誘っているのでしょうね。私達、《神器》使いを」

 や、やっぱりそうなのかしら。

 でも、大規模な破壊を行える事を誇示しながら進軍してこないのは、魔界十将軍じぶんたちに対抗しうる敵勢力に向けてのメッセージとしか考えられないもんなぁ……。

 ようは、ここで私達が動かなければ、被害はもっと拡大するという脅しかしら?


 まぁ、どういう意図があるにせよ、こちらから出向かなければならない状況に、追い込まれてしまっているわけだ。

 くっそー、敵ながらイヤらしい心理的プレッシャーをかけてくるわね。


 それにしても、毒を付与した炎や水魔法の使い手は、ルマルグとベルフルウの姉弟きょうだいだろうし、暗殺者はラトーガのことだろう。

 そうなると、百人の兵を一蹴した獅子人間ライオンマンに、砲弾みたいな水魔法を放つ魚人間フィッシュマン、そして砦を剣で破壊した重戦士が、まだ会ったことのない魔界十将軍達か……って、まったく!

 ほんとに、ふざけないでって感じだわ!

 いくらなんでも、世界観が違いすぎるでしょうがっ!?


 何よ、剣で砦を斬るとかバカじゃないの!?

 そんな一撃、私の盾でも防ぎきれないわよっ!

 しかも、こちらの駒はまだ揃いきっていないというのに、向こうは全力で殴りに来てるときたもんだ!

 せめて、コーヘイさんやモジャさん達が間に合ってから来てほしかったつーの!

 ……はぁ。


「無い物ねだりをしていても、仕方がありません。ここは、ワタクシに任せてください、お姉さま」

 意気消沈する中、頼もしい声をかけられて、振り向いた私の視線の先には、自信満々で胸を張るウェネニーブの姿がっ!

「ワタクシに一計があります。その策を使えば、魔界十将軍など、『借りて来られたその日のうちに、別の人に貸し出された猫も同然』です!」

 おおっ、言葉の意味はよくわからないけど、とにかくすごい自信だわ。

 あと、その猫にいったい何があったの!?


「たぶん……『なす術なく蹂躙できる』的な事をおっしゃりたいのでしょうが、どうするおつもりなのですか?」

 竜であるウェネニーブの力は信じているけれど、報告にあった魔界十将軍の力も信じられない物だったからだろう。

 レルールは不安を隠せないといった表情で、ウェネニーブに問いかけてきた。


「なぁに、簡単な事です。奴等の攻撃が届かない上空から、ワタクシのドラゴンブレスを撃ちまくればいいのです」

 な、なるほどっ!?

 確かにそれなら、一方的なワンサイドゲームが可能だわ!

 すごい、さすがウェネニーブ!賢い!可愛い!

 しかし、私がべた褒めしながら彼女をナデナデしていると、血相を変えたジムリさんがストップをかけてきた。


「ちょ、ちょっと待ってください!壊滅してるとはいえ、ヌイアー砦の中には、まだ多くの生存者がいる可能性があります!」

 なんですって!?

 それじゃあ、周囲を巻き込むような、大規模攻撃はできないというのっ!?


「おそらく、それも魔族達が動かない理由のひとつだと思われます。砦の者達はいわば人質でもあり、盾でもあるという……」

 くっ……なんて事なの。

 ズルい!さすが魔族はズルいわっ!


「……ですが、ウェネニーブ様のアイデアは、捨てがたい物があります」

 ポツリと呟いたレルールに、ジムリさんが「正気ですかっ!?」とでも言いたげな顔を向ける。

「つまりは、砦を守りながら、ウェネニーブ様にドラゴンブレスで爆撃していただけばいいのですわ」

 その一言で、ジムリさんがハッとした表情になった。

「そうか……あの古の大結界魔法……」

 むむ?なんだか凄そうな名前……なんなのそれは?


「それは高い魔力を持つ神官達が、数人がかりで発動させる究極の防御魔法です」

 そ、そんな魔法が……。

 でも、その魔法で砦の逃げ遅れた人達を守れれば、ウェネニーブの策が使えるって事なのね!

「はい。ですが……」

 なにやら歯切れの悪いレルールが、少し困ったようにモジモジとしている。

 いったい、どうしたっていうの?


「たいへん言いにくいのですが……エアル様のお力も、お貸していただきたいのです」

「なによ、そんな事!もちろん、良いに決まってるじゃない!何でも手伝うわよ!」

 大規模な結界魔法を使うって言うんだから、猫の手も借りたい状況ってやつでしよう?

 私にできる事なら、雑用でも何でもドンと来いよ!

 そう言って胸を叩く私の姿に、レルールもホッとした様子でニコリと微笑んだ。

 うーん、やっぱり美少女ね。


「それで、エアル様にお願いしたい事なのですが……」

 うんうん。

「私達が、防御魔法を発動させる少しの間、魔界十将軍を引き付け・・・・・・・・・・ておいてください・・・・・・・・!」

 ………………ん?


 ワタシタチガ、ボウギョマホウヲハツドウサセルスコシノアイダ、マカイジュウショウグンヲヒキツケテオイテクダサイ?


 数秒経ってその言葉の意味を理解した時、胃の中からさっき食べた食事の内容がリバースしてくるのを、私は感じていた。

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